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第七話 謎の少年~前編~日本人形

 階段に座ったまま、左足にしがみつく妖人形を見下ろす。


「何が望み……?」


 その言葉にぴくりと妖人形が止まった。ゆっくりと顔を上げるが前髪が長すぎるため、その下にある表情は伺えない。


「髪、切って」


「ーーえ?」


 透き通るような綺麗な声。


「髪、切って」


 もう一度言われた。髪切って、と。


「髪を切ってほしいの?」


 確かめると、日本人形は、うん、と小さく頷く。

 なんだ、ただ単に髪の毛を切ってほしかっただけなんだ。

 ほっと一息。


「今切ってあげたいんだけど、後でいいかな」


 髪の毛を切るなんて重大な役目、こんなところでできないし。

 それに今、体育の授業でみんなを待たせてしまっているんだ。

 バトミントン勝負、勝手に放棄してしまっている状態。


「あと? いつ?」


 純粋な気持ちで訊いてくるものだから、落ち着いた声でも期待に胸を高鳴らせているんだと分かる。


「学校が終わってから、私の家で」

「家? おうち入っていいの?」


 なんて謙虚でいい子なんだろうか。まるで人間の子供のようだ。


「いいよ。でも、少しだけ待ってね」


 話を完結へ持っていこうとすると、妖人形が首をかしげる。


「少し? どのくらい?」


 さらりと長髪が重力に従う。


「学校が終わってからでーー」

「学校、いつ終わるの?」


 どうやらこの妖人形は早く髪の毛を切ってほしいらしい。

 このままでは質問攻めで時間が費やされてしまう。


「とにかく学校が終わってから。それまで待ってて」


 足にしがみつく妖人形を両手で抱え上げ、その場に下ろすと、妖人形は安心した様子で私を見上げた。


「うん、わかった。待ってる」





 みんなの元へ戻ると丁度よく授業の終わるチャイムが鳴り、若葉にとやかく言われ。なぜか、代償としてみんなで帰ることに。

 斗真と帰るのも久しぶりだけど、若葉とのほうが久しぶりかもしれない。

如月くんと帰るのは初めて。

 何でもない会話をしながら四人で帰る道。ふと森の方を眺める。


(ーー……?)


 そこには一匹の狼がいた。

 いや、こんなところに狼がいるはずがないか。だったらノラ犬?

 黒い毛並みで、金色の瞳が特徴的な狼のような犬。

 通り過ぎてもその犬を見てしまう。

 遠くを眺めていたと思ったら、私の視線に気づいたのかこちらに目を向けた。

 そんな行為とともに私は足を止める。

 交わる視線。


 金色の瞳は心を見通そうとしているかのように私を鋭く見据える。

 でも威圧的な何かはない。敵意だって感じられない。

 猛犬だとしたらすでに襲いかかってきてるだろうし。

 若葉たちもあの犬の横を通り過ぎたけど、一番近い側にいた斗真さえ気づいていなかったということは……。


「里桜?」


 斗真の声に自分の世界から戻され前を向くとみんな私より数歩先にいた。

 若葉と如月くんの間、一人分のスペースが空いている。私がさっきまでいた空間。


 これ以上あの犬のことを考えてもみんなに迷惑をかけるだけだと、後ろ髪を引かれる思いで木々の間にいる犬をなんとなく見ながら自分の場所へ戻った。

 それでも私が離すまでずっと合っていた視線。

 家に戻り、狼か犬か分からない者と道端で会ったという話をすると、心なしかレオの反応が険しく感じられた。


「狼のような犬?」

「うん、でも狼がいるはずないし、ただのノラ犬かなって思ったんだけど。一応伝えておいたほうがいいかなって」


 答えながら鞄からノートを出し、勉強机へと座る。

 もしかしたら妖怪かもしれないし、と付け加えた私は結構妖怪の存在に慣れてきたなと頭の片隅で思い、心の中で苦笑いをこぼす。


「それって、黒い狼?」

「黒い毛並みだったけど、狼かどうかは」


 目の合った狼っぽい犬を思い出しながら開いたノートへ絵を描く。形の良い耳を描き、途中まで輪郭を描いて凛とした目を描く。 そこでふと筆を止める。

 狼と断定した問い方。


「レオ、何か知って……ーーあ!」


 振り返り、逆に問おうとしたとき、大事なことを思い出した。

 黒い毛並み。黒といえば黒くて長い髪。


「あの子のこと忘れてた」

「あの子?」


 天邪鬼と同じくらい小さな人形。


「妖の人形と今日髪を切ってあげる約束したんだけど、学校においてきちゃって」


 速く迎えに行ってあげなければと持っていたシャーペンを置き、すぐさま席を立つ。

 ちょっと行ってくるね、とレオに一声かけてからドアに手をかける。


「待って。僕も行く」


 なぜか呼びとめられた。

 何かすることがあるのだろうか。ベッドから立ち上がったレオを、小首を傾げて見る。


「狼がいたら危ないでしょ」


 ……あれ、やっぱり狼なんだ。


 いつも学校へ通う道。空が青く、道脇にある木々が紅葉めいている。

 隣で歩くレオ。

 はらはらと舞い落ちる葉は、落ち葉となって地の上でおちつく。


「綺麗、だね」


 赤色や黄色のもみじ。太陽の光が輝やかせているように見えて。そのままの感想を言うとレオも木々へと視線を向ける。


「ほんとだね」


 道脇にいるレオはそのまま木々を見上げ暖かい表情をし。その背景に映る紅葉となんだか合っているようだった。


「秋って、季節の中で一番賑やかかもしれない」


 そう言って冠される言葉を並べる。読書の秋、食欲の秋。スポーツの秋。それと……芸術の秋、と。


「そんなにいっぱい行事があるんだ」

「私、一つしかクリアしてない」


なに? と諭されているようで、食欲の秋と答えた。


「食欲の?」

「ん。栗食べた」


 自分の手で栗を拾い、学校に帰って茹でたての温かい栗を食べたというちょっとしたいい体験を思い出す。


「あと、芋とか食べたいな」

「それじゃあ食欲の秋だけにお腹ぱんぱんだね」


 あ、そっか。これじゃあ食欲の秋だけが満たされてしまう。


「確か妖怪は食べなくても生きていけるって言ってたよね。けど、レオは芋とか、人間の食べ物食べてみたいとは思わないの?」


 話は少し変わってしまうかもしれないけど、実は前々から気になっていた。


 食べなくても生きていけるから食べないだけであって、本当は人間の食べ物を食べてみたいと思っているんじゃないかと。

 クウコは半信半疑で栗を食べてみたところ、美味しいと大興奮していた。ギンとコンだってクウコに進められて食べ、形で表現しないものの目では美味しいと言っていた。


 天邪鬼だって金平糖が好きだ。

 だからレオだって。

 そうだなー……、と指先を顎に当て、空を仰ぎ見たレオの答えを待つ。


「僕は、どっちでもいいかな。食べてみたいとは思わないけど、食べたくないと拒絶してるわけでもないから」


 じゃあ、と期待に胸を膨らませ次の言葉を発しようとしたとき、ふと前を向いたレオが突然私の口を塞いだ。

 何事かと思えば、人差し指を軽く当てながら言った。


「前。人が来る」


 ずっとレオのことを見ていたから気づいていなかったんだ。

 前を向くと本当に人が来ていた。

 ……て、こちらに歩いてくる人物に見覚えがあった。見覚えどころじゃない。


「如月くん、どうしたの?」


 さっき一緒に帰ったばかりの如月くんだ。

 また同じ方向へ帰ろうとしているのか。


「ああ、ちょっと忘れ物しちゃってね」

「忘れ物?」


 軽く微笑みを浮かべる如月くんの手元には何もない。


「そういうキミこそ、どうしたの?」


 何を忘れたのと問いかける暇を与えないようにか、すぐさま訊き返してきた。

 どう答えればいいだろうか。

 私は学校においてきた妖人形を迎えに行かなければいけないんだ。あはは……ーーなんて、そんなこと言えるわけがない。


「私もちょっと、忘れモノ」


 嘘は苦手だが、これはたぶん嘘に値しない。

 ふーん、と理解してくれた如月くんにほっとする。


「それじゃあ、帰り道には気をつけてね」


 気遣いに対し、うん、と返すとその背中を見送る。

 過ぎた危機にほっとし、教えてくれたレオへ視線を向けるとなぜかずっと後ろを見ていた。それは如月くんの去った方向。


「レオ?」


 名を呼べば、はっと気づいたかのように前を向き、私を瞳に映す。

 どうしたの?と聞けばーーううん、なんでもないよ、と、はぐらかされた気がした。


 ちょき、ちょき、っとハサミをいれていく。

 黒く長い艶のある髪。一直線上に切ると、妖人形の顔を露わにした。

 着物から出ている手足と同じように白い肌。

 本物の日本人形を想像していたが、あまり怖くない顔。

 ……っていうより、少しかわいい。


「後ろも」


 私に背を向ける妖人形。

 この状況、子供にせがまれているようにしか見えないだろう。

 すくい取った髪。

 目印をつけるように指で挟む。


「この辺でいいかな?」

「うん」


 了解を得てから前髪と同じように後髪も切ると、妖人形の見た目がすっきりとした。

 どうぞ、と手鏡で自分の姿を映してあげると、髪をいじったりしながらみなりを確認し。

 終わると満足そうに笑った。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 あの子が帰ったあと。


「“キクリ”だって。いい名前でいい子だったね」


 少し寂しい気持ちになった。

 レオはそんな私の変化を知ってか、何も発さず。兎姿でベッドの上に静かにいる。


「妖怪って、思っていたより悪い者だけじゃないんだ」


 それが逆にこわい。

 本当は私には見えなかった者。

 氷力石が私の右目に入っていなければこんな出会い、なかったんだ。

 もし見えていなかったら私は今、何をしていたんだろう。

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