第五話 後・衝突と摩擦
家からすぐ出て走り出す。
ルカの向かった所はきっとあの神社だ。今日、栗を拾ったあの場所。
ネコくんが言っていた、会いたければあの神社にって。
これは間違いない。
「リオちゃんちょっと待って」
走りながら横を見ればレオが木の上から降りてきた。
何も言わずに外へ出た私を追いかけてきたのだろう。
話を聞くために止まる。
「ルカのところへ行きたいんだよね。僕が連れて行くよ」
そう言うと私の体を楽々と抱き上げた。
今は体勢のことなんかに気が回らない。
そのままあの神社へと向かう。
やっぱり。
神社の長い階段。丁度半分登ったところには円を描いて広いスペースがある。そこに二人の姿があった。
遠くから見ても分かる。ネコくんは拳に爪の武器をつけ、ルカは剣を抜き。どちらかというとネコくんが一方的に攻撃し、ルカがそれを剣で受け止め防戦している。
途中で降ろしてもらうと二人の元へ駆け寄り、間に入る。
「もうやめて……!」
ルカを守るように背中を向け、ネコくんを訴えるように見つめる。
「ネコくんさっき、今日は傷つけ合わないって言ったよね? なのにどうして」
「そいつは暴走している。何を言っても無駄だ」
「そんなーー」
形振り構わずに攻撃してきたネコくん。それをルカは私を守るように片腕で自分のほうに抱き寄せ、構えている剣で軽く止めた。
「退いてろ」
手で示し、私の前に立つ。
その背中からは何の迷いもないように感じとれた。
どうしてこうなっちゃうの?
さっきまでネコくんは普通だったのに。
傷つけ合って、何がしたいの?
まだ続けられる交戦。
力のない私にはじっと二人のことを見つめることしかできない。
ーー……苦しい
(え?)
何か聞こえてきた。
これはネコくんの声?
「うわあああー」
急に叫びだすネコくん。
それは苦しみの叫び。
力なく後ずさり、膝から崩れ落ちる。頭を抱え、何かと格闘しているかのように悶えて。
闇がネコくんを包み込む。
クウの時と同じだ。黒く紫がかったものがネコくんの体から吹き出るように出ている。
「リオちゃん!」
レオの声。私を呼び止めたのだろう。
苦しむネコくんを見て、駆け寄らずにはいられなかった。
ぎゅっと抱きしめる。
目に見えるほどの負が身体を蝕んでいく。
ただそれを浴びているだけなのに苦しくなってくる。心が霞んでいくような、汚れていってしまうような感覚。
(なにこれ……)
私までどうにかなってしまいそう。
そんなものがネコくんの体から出ているんだ。理性に負けて狂ってしまうのも分かる。
ひとまず力が弱まった。それでもまだネコくんは私の腕の中で苦しそうにしている。
「ずっと苦しんでいたんだよ。ネコくんはずっと一人で寂しかったんだよ」
振り向き、後ろにいるルカにネコくんの心情を伝える。
「そんな気持ち、ルカには分からない? 分かりたくもない?」
こんなことしなければ、ルカは何もしてくれない。ネコくんを傷つけるだけで、複雑な今の関係を改善しようとしないんだ。
実はずっと聞こえていた。
ネコくんの嘆き。
苦しい
独りは怖い
独りは寂しい
誰か
誰か
オレを一人にするなよ
もう無理なのか?
前みたいに一緒にいるってことは、できないのか?
お願いだから距離を取ろうとしないでくれ。
お願いだからオレのこと嫌いでも、傍にいてくれよ。
雨の中、そうそうと泣き崩れ、泥化した土の上で涙を流し続けた。
そんなネコくんの過去まで見えたんだ。
だから私はこんなに必死なのかもしれない。二人が元の関係に戻ってほしいと。
「ルカ、答えて」
「俺は関係ない」
また他人事のように降り舞う。
そんなルカにまたイラつきを覚える。
「ルカのーーバカ……!」
あまり言うことのない単語を相手目掛けて叫ぶ。
あの冷静で感情の薄いルカの瞳孔が開いたように見えた。
「関係ないなんて嘘だよ。少しぐらい自分の気持ちに素直になってよ。ルカにも辛い過去は合ったと思う。でもそれは自分に嘘ついてきたからじゃないの? 心を無くそうと必死になってたからじゃないの? そんなことしないで今くらいは正直になって、ネコミミくんのために。私からーーお願い」
これで何も変わらなければもうお終いだ。これ以上ルカに言えることはないし、言ったとしてもルカの耳には届かない。
何も解決していないのに、清々しい気持ちがどこかにある。
「ネコ。何を勘違いしているかは知らないが、お前が嫌いだと思ったことはない」
「……は?」
言ってくれた。あのルカが、自分の気持ちを。素直じゃないところもあるけど、これで誤解は解けた。
ネコくんの力ない声が私の耳に残る。
「だっておまえ、今までずっとオレのこと避けてーー」
「今まで避けていたのは、俺のトラウマ……とでも言っておく」
だからそういうことをできるだけ全て話して。
そう思いながらじっと見つめる。
別に伝わることを期待していたわけじゃないが、目が合った。
はあ……と小さく溜め息を吐き。
「正直に言えばいいんだろ」
お手上げというように剣を腰にある鞘に静かにしまい、真剣な瞳をネコくんへと向ける。
「俺のせいでお前まで傷つけるーーそんな昔からの感情が付きまとっていた」
ルカ……。そうなんだ。
村の人から祟られていたルカは、自分のことを守るネコくんまでもが傷つくのを見ていられなかった。だからわざと突き放したんだ。
それをネコくんは、自分のことが嫌いだからという理由で避けられ続けていると思っていた。
「はは……なんだそれ」
ルカの真実に過去の何かと繋がったのか、から笑いをするネコくん。いろんな感情が混ざっているような複雑な顔をしている。
「なんだよそれ。それじゃあ今まで何だったんだよ。俺が今まで感じていた痛みは、孤独感は、一体何だったんだよ」
「ネコくん……」
掠れた声。
本音を口にするごとにどんどんと小さくなっていく。
頭を撫でると抱きついてきた。
背中に回った手が、ぎゅっと抱きしめる。
雨の中捨てられた猫のように身体を震わせ、助けてと言われているようだった。
やっぱり一人だったんだ。ネコくんの苦しみ、ちゃんと分かってあげられていなかった。
最初、会った時に気づいてあげられていれば良かったのに。
(ごめんね)
そっと心の中で呟いた。
「リオ」
「え? うわっ」
登校時、声につられて横を向けば、木の上から飛び降りてきたネコくんにそのまま抱きつかれた。
「ネコくんどうしたの?」
「オレ、おまえに話さなきゃいけないことがある」
真剣な顔して言うから、聞かずにはいられなく、場所を変えて聞くことにした。
草原の木の下。
ネコくんが口を開く。
「オレさ、実はルカが自分のためにわざと突き放しているんじゃないかって思ったことがある。でもレオとかいうやつと一緒にいるところ見て、なんてゆーか嫉妬? みたいなのが出て、なんか信じきれなくなってさ」
ネコくんが話している途中、私の頭の中に映像が流れた。
それはルカがネコくんに剣を向けている場面だった。
『どうしたんだよ……? せっかく人間にオレたちの姿が見えなくなったのに。もしかして何かの冗談?』
『冗談? 俺がそんなことをするように見えるか? 』
それはたぶん妖怪になったばかりの二人。どちらとも戸惑わず、別のことで話が食い違っていた。
ルカの冷酷な眼差し。
今の私には苦しそうに見える。前の私だったら、そんな風には見えないだろう。
ネコくんはそれに対して震える声で言った。
『じゃあなんでオレに剣向けてんだよ。もう人の目なんか気にしなくてもいいんだぞ 』
動物だった時、ルカは祟られていた。そんな自分といればネコくんも同じようにされてしまう。
だからネコくんを傷つけないために避け続けていた。
でも、ネコくんには自分のせいで拒絶し続けていたなんて思われたくなかったんだ。
前みたいに仲良くやったとしてもまた前みたいに同じ事が起こる。それも加えて怖かったんだと思う。
『人間の目なんか最初から気にしてない。お前が勝手に思い込んでただけだろ、俺と同党だと』
『は……? どういう意味? 』
純粋なネコミミくんは何も分かっていなかったんだ。ただぽかんとするだけで、ルカの苦しみも、吐かれる嘘も全て見抜けなかった。
『お前なんて目障りなんだよ! 勝手に近づいてきて俺のことなんか守って、人間から祟られたりして……ふざけんじゃねえよ』
その時のルカは今のように冷静な口調ではなかった。
最後に吐かれた言葉は苦しさがつまって、今にも泣き出しそうだったんだ。
そんなに決別するのが悲しいなら正直に言えばいいのに、ルカはそんな事をしなかった。
映像が途切れ、ネコくんの声が耳に届く。その時にはもう、話が終わりへ近づいていた。
「氷力石、どうしておまえの目に入ったんだろうな」
昨日のこと。ネコくんが泣き止み立とうとした瞬間、氷力石が私の右目へ入ってしまったのだ。
これで二度目。
クウの時と同じ出来事だったからそんなに驚きはしなかったけど、ネコくんは何も知らないから不思議に思っているんだよね。
結局私は、なんでだろうね、と笑ってごまかした。
「立花が遅刻なんて珍しいな」
先生の言うとおり、珍しく学校に遅刻した。
「道端に猫がいて……」
誰が聞いても良い言い訳じゃないが本当のことだ。
意外に先生は納得し、立花は猫が好きなんだな、と言われ頷いた。
朝の会が終わると、手元にあるクローバーを人差し指と親指の間でくるくると回す。
「里桜。まさかその四つ葉のクローバーを見つけ出すために学校を遅刻したとは言わないわよね? 」
「違うよ。さっきも言ったけど道端に猫がいたんだよ」
ネコくんに貰ったんだ。
はい、ってさりげなく渡された。
若葉の誤解が解けなくても、別にいいかな。対したことではないし。
学校が終わり、家に戻るといつも通り勉強机に座っているルカがいた。
「ルカ」
「……」
無言だけど、無視されているわけじゃないんだよね。
「ネコくんのこと、嫌い?」
「別に、嫌いじゃない」
少し経つと、ルカは横顔だけを向け、そう答えた。
「そっか」




