プロローグ
今から八年前――
ここはとある村の中。
数名の男たちがある部屋の一室に集まっていた。皆がそれぞれ神妙な面持ちで下を向きながら座っている。突然襖が勢い良く開かれた。
「ば、ばばさま、ばばさま…がっ!!!」
息を切らして入って来たのは五十代と見られる小太りの男。顔面蒼白で今にも倒れそうな様子だ。
その様子を見た男達も同様に、皆青白い表情になった。震え出すものもいる。
「まさか…」
「いや、そんなはずはない…」
「し、しかし…もうそろそろ“例の年”ではないか…」
「っ…!」
「静まれ。」
口々に騒ぎ始めた男達を制したのは、中でも一番歳を感じさせる威厳のある男だった。
その一言で一瞬にして空気が変化した。
「憶測だけでは何も始まらん。聞こうではないか、佐平の話を」
佐平と呼ばれた男は、尚も表情は変わらず死人のようであったが、自分に一切の視線が注がれている事に気付き、慎重に口を開いた。
「ば、婆様の…御告が出ました。
“鬼神様がお腹をすかせたり。鬼神様の我に仰りき、来年例の年なり。村に福をもたらせたくば、生け贄を、姫を供物として捧げよ ”と」
今度は誰も騒ぐことはなかった。
ただ、皆震えながらも何かを諦めたような、そんな表情だった。
威厳のある男が再度問う。
「鬼神様は霊力の強いものを好むと聞いた」
「はい」
「では、嘉六。村一の霊力を誇るお主の嫁になるな」
嘉六と呼ばれた若い青年の身体がビクリと震えた。
「ま、待って下さい…か、覚悟はしていましたが、彼女は病気です…!!」
「うむ、だが仕方が無いことだ、他の女子たちは皆、千鶴より霊力はない」
「…っ」
言い返す言葉が何もなく、嘉六は俯いた。
村一つと一人の女、どちらを優先すべきかを理解しているのであろう。
他の物たちは恐れていた事が現実になってしまい怯えてはいるものの、自分の身内が指名されなかった安心感のため表情は心持ち和らいでいる。
そうして、この重苦しい部屋から皆開放されるかと思った。
が、それを佐平が制止した。
「ま、待って下さいっ。」
「なんだ」
「あの、何かを勘違いしている様なので…姫は、処女の女子のみです。ゆえに…千鶴さんではありえません。」
言いにくそうに佐平はそう言って、さらに言葉を続けた。
「それに…姫は私たち人間が選ぶのでは無いのです…鬼神様がお選びになるそうです。婆様が仰るには、姫に選ばれた者は身体の何処かにその印として“鬼神姫の烙印”が現れるそうです…」
その予想もしていなかった事実を聞いた男達の表情が一変した。
「そんな…!!!子供達ということか!!」
「誰が選ばれるのかわからない…だと…」
「あまりに、酷すぎる…“鬼神姫の烙印”
などと…」
誰もが選ばれる可能性があると言う佐平の言葉は皆に再び恐怖を与えた。
嘉六でさえ安心する事は出来なかった。千鶴が候補から外れたとしても、自分の子供達は新たに入ったのであるからだ。
「私は、ば婆様の所へ戻ります。詳しい事は婆様の次の御告を待つのみです」
そう言って重い足取りで佐平は帰っていった。
閉められた襖はまるで重苦しい空気を外へ出すまいとしているかのようであった。
そして、誰一人とその場を動かなかった。
夕陽が沈みかけて、辺りは薄暗くなり始めた。村はやけに静かだ。人っ子一人いない。
鴉が不気味な声で鳴いた。