ドロー大会! ずっと私のターン! 1
分厚く凍ったダムの水面――それが稲高女子カーリング部所有のアイスである。勿論正式なカーリング用のアイスではない。天候に左右されやすいため、公式戦は隣町のシュブ=ニグラス女学院に付設されたドームを借りて行われることになるが、普段の練習や野良カーリングを楽しみたい一般人には手頃だった。
夕日が反射して輝くアイスに、椿以外の四人が降り立つ。エミリは興奮して「ゴウランガ!」だの「カワバンガ!」だの意味不明なことを叫んでいるが、星先生はなんだか知らんがとにかくよしといった風情である。
「とりあえずコレ履いて」
岸辺で椿は遥夏に言われるままカーリング用シューズを履く。右足の裏だけゴム製で滑りにくくなっており、左足の裏は逆によく滑るようにテフロン製である。
「じゃあ、ついて来て」
遥夏は片足を軸にしてツツーッと滑っていく。フィギュアスケートのようにターンを決めてドヤ顔で振り返ると、亀のようにじっとしている椿を見て呆れ顔になった。
「あんたって人はここまで来といて……」
来たのではない。連行されたのである。
「や、私は氷がちょっと」
椿はダムの縁に佇み、他のカーリング部の面々がアイスにラインを描いていくのを見ていた。
通常、カーリングを行う場所は「シート」と呼ばれる。長さ四四・五メートル、幅四・七五メートルの長方形。
簡単にいえば五十メートルのプール二コース分といったところである。
シートの端には「ハウス」と呼ばれる直径三・六六メートルの円があり、試合ではここに向けてストーンが投げられる。
ダーツの的のように、四つの同心円が色分けされ、外側からそれぞれ十二フット円(青円)、八フット円(白円)、四フット円(赤円)、そして中央にボタン(白円)がある。ボタンはストーン一個分ほどしかない小さな円で、投げられたストーンがここに近いほど有利になる。
つまりカーリングとは、約四十五メートル先に位置する小さな円を目指して、敵味方交互に二十キロもあるストーンを滑らせて行うボーリング或いはビリヤードのようなものというわけである。
「……あんた氷読めるんでしょ? なら安全かどうかわかるから氷なんて怖くないんじゃん?」
遥夏は不思議がっている。
「氷が読めるっていうか――いや、うん。確かにそうだ」
ダムに来てからというもの、冷気に付き物のヘルの姿がない。見通しがよく、隠れる場所もない。こんなことは滅多にない。不幸の権化がこの場にいない。理不尽な不幸は起きない。他人と同じ、フェアな立ち位置。今ならいけるかもしれなかった。
「さあさあ、トゥギャザーしようぜー」
とルーが如く話す遥夏に手を引かれ、恐る恐るつま先を氷に乗せ――体重をかける。
パキパキと崩れていく氷。熱にうかされて脈打つ心臓。暗闇に飲み込まれる甲高い悲鳴。嗤うヘル。
「顔が真っ青だよ。マジでパニクる五秒前かニャー?」
ふと我に返る。足場を見てもまだ何も起きていない。脳裏にこびりついた記憶に膝が震え、冷や汗が出てきた。
「大丈夫だからほっといて。怖くなんかない」
と言いつつ全力でしがみつく。
「……でも手は放さないで」
遥夏は肩を竦めてゆっくりとエスコートした。椿もそれに合わせて進む。
「あんたに何があったかは聞かない。でも……誘っといてアレだけど、よくそんなんでカーリングしようと思ったね。いや嫌味とかじゃなくて挑戦しようっていう気概? 単純に凄いなって思う」
椿は青白い顔のまま口を歪ませた。
「だから放っといてってば。魔がさしたのよ。グッサリ」
一瞬の間の後、遥夏が声をあげて笑った。椿はキョトンとしている。雲の切れ間から乳白色の光が射し込み、二人を照らした。秋日子がそこへ割り込んでくる。
「七冬さん、ドローってわかる?」
「ドロー! モンスターカード! ずっと俺のターン!」
遥夏が超反応で叫ぶ。秋日子はじっと白い目で見る。三人の間に非常に居心地の悪い空気が流れる。流石の遥夏もこれには耐えきれない。と思いきや、
「ドロー! しゅうううんぴきゅん! アルテマ三個!」
ニヤついてまだ続けた。おいおいメンタルどんだけ強いんだよと椿が驚いて見ていると、秋日子は遥香の胸ぐらを掴んで微笑んだ。
「今すぐ口からそのくだらないクソを垂れ流すのをやめないと、あんたのライフをゼロにするわよ」
静かになった。
「で、七冬さんはドローを知ってるの? 知らないの?」
椿はしばし考え、首を振った。
「声を出して」
「知りません」
秋日子は長い髪をかきあげた。
「カーリングは交互にストーンを滑らせて敵のストーンを弾いたり狙ったところに置いたりするんだけど――円の場所――ハウスに『置くショット』のことをドローショットって言うの。そして、これから私達は簡単な遊びをするのよ。このドローだけで全員二巡して、誰が一番ハウスの中心に近づけられたかを競うの」
「でも私、歩くのでさえおぼつかないんですけど」
椿の視界の端でエミリがコントのように滑って転んだ。
「それにストーンを投げるのも初めてですし」
やはりエミリがストーンを滑らせようとして派手に転び、ウカツウカツと叫んでいる。カーリング大国から来た経験者のカナダ人がこの体たらくである。
「……なんだか大丈夫かもしれないと思えてきました、不思議と」
腕を組んで、秋日子は真顔で頷いた。
「それはナルホド結構。じゃあみんな、二十分後に集合!」




