ホームルーム:教室内では静かに過ごしましょう
教室が騒がしい。
いや、もっと正確に言おう。教室内にいる俺のクラスメイトが騒がしい。
いや、そんなもんじゃない。クラスメイトたちが教室内で暴れ狂っている。そんな感じだ……え? さっきから地の文でどうでもいいことをだらだら喋ってるおまえは誰だって?
はい、どうも……。
えーっと、んんっ! えー……まず、俺の名前は岡田純です。純粋の純って書いて、純。1年A組の生徒。二つだけ誤解しないでもらいたいのは、俺は別に変人でも何でもないってこと。あと一つは(これが結構重要だったりする)、別に俺は、この物語の語り手でも何でもないってこと。あくまで俺はこの物語が始まるにあたっての、いわゆる案内係を務めているだけなので、次の回からは、こんな風に地の文でどうでもいいことをだらだら喋ったりはしません。
さて、辺りを見渡せば、クラスメイトという名の変人たちが今日も奇行に走っている。
例えば、教室の後ろで、ロッカーの上の鉢植えに水をやっている女子。
この人、名前を宮里春実という。ルックスはまあ良し、話し方も女の子女の子しているのだが、やってることは全然女の子女の子してない。鉢植えに水をやってるんだからいい女の子じゃないか、なんて、この状況を活字で推測することしかできない人が言う言葉だ。
だって、水をやってる植物が問題だから。ロッカーの上には、某国民的RPGにでてくる赤い人食い花のような花(花……と言って良いのだろうか)が所狭しと並べられていて、宮里さんは微笑みを浮かべながら上機嫌でそれに水をやっているのだ。そう言えば、この“少女がロッカーの上の鉢植えに水をやっている現場”というシチュエーションの恐ろしさが理解いただけると思う。
さらにこの宮里さん、所属する部活は柔道部である。彼女がバッタバッタと人をなぎ倒す様を想像してみてほしい。もうこの世の何が本当で、なにが偽りなのか分からなくなること請け合いである。
そして、そこから視線を少し横にずらすと、ハンディモップで熱心に窓枠の埃を拭き取っている男子生徒がいたりする。彼は美化委員会の上野里志君だ。ちょっと話しかけてみる。
「あ、上野君、おはよう」
「……あ、おはよう」
シャイな上野君は、かわいい目と小柄な体をこちらへ向けて挨拶を返してくれた。
「なにやってんの?」
「掃除。今は窓枠の埃取り中。仕事だから」
彼が仕事ではなく趣味(?)として掃除をしているということは、すでにクラス中の知るところである。
「あ、そうなんだー。終わりそう?」
「このハンディモップは特注で、七六五センチまで伸びるんだぞ」
話題を完全に無視された。A組の生徒は、人の話を聞かない傾向が強い。っていうか、特注のハンディモップって何? そんなもん存在すんのか?
「あ、あと、たためば二十五センチになるんだ」
そんな細かい数字の情報は誰も聞いていない。俺はそそくさと上野君に別れを告げた。
さらに、このクラスは学級委員たちまで変人だ。学級委員たちといっても委員長と副委員長の2人だけなのだが、彼らの姿は教室の中ほどの席で見つけることができた。
「それの意味が俺は理解できない!」
そう叫ぶのは委員長の光村寿志君。
「お前に理解する感性がないだけだ!」
そう怒鳴り返すのは副委員長の確図定君。
何か重要なことを議論しているのだろうか? それは大きな間違いだ。続きを聞けば分かる。
「光村!なんでお前はこの漫画の良さがわからないんだ!」
「わかるも何も、ぜんっぜん中身がねーじゃねーか!」
こんな感じのことを、さっきから延々と話し合っているのだ。まったく意味が分からないが、一つだけ言えるのは、もうこのクラスは終わりだということだ。
ああもううるさい。
あちこちから聞こえてくる喧騒にため息をつきながら、俺は席に着く。
すると。
ガララ、と音を立てて教室の引き戸が開いた。教室に、一人の男が足を踏み入れる。その男はけだるげに教卓まで足を運び、というか引きずり、口を開いた。
「はぁ~い着席~。えーっと、あと十秒以内に席着かなかったら昼休み俺になんか奢らせるからな~」
それは我らがA組の担任、天地山斗その人であった。
天地先生という人をなるべく簡潔に紹介するなら、無気力の塊という一言に尽きる。
授業中でも(一応彼は地理教師だ)白くて耳に当てる部分に赤い星が描かれているヘッドホンを被っている。曲はかけていたりかけていなかったりするので、なぜ四六時中ヘッドホンを被っているのか聞いてみたことがある。なんでも、していると落ち着くのだそうだ。いまいち信憑性に欠けるので、かっこつけだろうと俺は踏んでいる。
そして、授業に平気で遅れてくる。始業のチャイムが鳴ってから十分の間に先生が教室に現れたことは、信じがたいことに今までに一度もない。しかも、全く反省が見られない。実際、今教室に入ってきた時間も、朝のホームルーム開始のチャイムから大幅に遅れている。
こうして一つ一つ例を出してみると、あたかもろくでもない人物のように映ってしまうが、不思議なことに人を集める、というか自然と先生の周りに人が集まってしまうようなところがあるのもまた事実なのだ。無気力の塊だけど。
「はぁい注目ー」
先生の声で俺は我に返る。
「え~っと……? 今日の朝のホームルームは……っと」
先生がチョークを手に取る。
カツカツとしばらく音が響き、だんだんと黒板に白い文字が現れてくる。どちらかというと下手だ。
“夜暗高合同球技大会”
「……についてだ」
すると、教室中から不穏などよめきが沸いた。
少し説明しよう。夜暗高というのは、夕日ヶ丘学園と同じ地区にありながら、エリートたちが集うセレブな私立学校で、俺たちの先輩の先輩の先輩の…………と、すなわちかなり昔から対立してきたライバル校のことである。
話を元に戻す。
「ずべこべいってもしゃーねーだろ、もうあと三週間しかねーんだよ。っつーわけで、今日の放課後から毎日一時間ずつ体育館で練習するから。ってか、するらしい。俺も監督教諭とかで参加するらしいけど、よく知らん。じゃっ、つーことで、朝のホームルーム終わり、かいさーん」
先生がそう言ってを出て行った後も、教室はなんだか異様な雰囲気に包まれていた。俺も、実のところかなり心配だった。球技に自信がないから、じゃない。夕日ヶ丘学園のメンツの心配、でもない。俺が心から心配しているのは、「このクラスで球技なんてできるのか?」という、小さいながらも最も重要な問題であった。
昨日、すでに11人もの方がご覧くださっていて、すごく嬉しかったです。まだまだ未熟者ですが、これからどうぞよろしくお願いします。