【三題噺】赤い花が散る神話。
僕は選べない。
選ぶのは君たちの仕事だから。
「どうして選ばなくてはならないの?」
一人の少女神がふわりと腕に抱き着いた。
絹を巻いたような髪がくすぐったくて、逃れようとすれば、体をを離さずにもう一度問われた。
「ねぇ、どうしてなの? 創世主さま」
「僕が選んだわけではないよ」
答えなければ離してくれないと思って、返事をする。
けれど、予想に反して彼女はより一層、抱き着く力を強めた。
「なら、誰が選んだの?」
「人だよ」
「嘘よ。彼らは自ら滅びを望まないわ」
むっと潜められた眉根に優しく人差し指を当てる。
きょとんとする彼女にゆるゆると首を振った。
「あの巨大都市を生かすか、世界を生かすか人は選んだんだよ」
「それはおかしいわ。だって世界が滅んだら、あの都市だって崩壊するもの」
「人にはそれがわからないんだよ」
困惑した様子の少女神に笑ってみせる。
見下ろした世界は荒れ果て、呼吸する生物はもはや存在しない。
それは彼らが選んだ結果だ。
「創世主さまは創るだけなの?」
「そう。壊すのは決まって彼らだ」
「難しいわ」
「僕らはただ創るだけだ。単純だろう?」
「違うわ。人のことよ」
少女神は疲れたのか、くたりと寄り掛かってくる。
髪飾りの赤い花が甘く香った。
小さな頭を撫でてやりながら苦笑する。
「それがアポリアなんだよ」
「アポリア?」
「解決困難な問題。どうして人は自ら滅びるゆくのか」
「私、知らなかった。創世主さまにもわからないことがあるのね?」
ひどく可笑しかったのか少女神はくすくすと笑う。
彼女が笑うたびに花びらが揺れて、次第に空気が甘くなっていく。
「あるよ。僕らがいくら創っても、人はいくらだって壊してしまうんだ。壊さないでいてくれる答えがあれば、お休みが貰えるのにね」
「私、探してくるわ。創世主さま」
彼女は僕からふわりと体を離した。
絹のような髪がさらさらと揺れ、衣の裾が風を孕んでふわりと膨らむ。
彼女は髪飾りの花を引き抜いて僕の手に載せた。
「お休みがとれたら私、創世主さまと花摘みに行きたいの」
「下に行くつもりかい?」
「アポリアを解きに行くの」
彼女は花咲くような笑顔を残して、甘い花の香りと赤い花を置いていった。
風が吹いては香りだけがさらわれ、やがて彼女の思い出は手の上の花だけになった。
「だから待っていたの?」
「そうだよ」
「彼女たちの帰りを?」
「そうだよ」
手の上にはたくさんの花。
枯れることのない永遠に美しい少女神のような花々。
「いくど世界が滅んでも、彼女たちの帰りを待ちたいから、貴方はいくども世界を創世したのね」
「少女神たちは誰もが花を置いて、下りていった。神の命を置いて、一人の少女として世界を生きては死んでいくんだ」
見下ろした超巨大都市にはまた炎が踊り、何度目かの焼け野原が広がる。
緑は姿を消し、水は濁りゆく。
「あの都市には彼女たちがいるんだ」
「どうして下りることを止めなかったの?」
問われて、少しだけ口を閉ざす。
どの少女神にも同じ話をして、同じことを聞かれ、同じ答えを返して、彼女たちはみな同じことを言って下りていった。
「僕はたぶん花を摘みにいきたかったんだ」
「くだらないわ」
「そうかもしれない。でも、人も愚かだよ」
「確かにそうね」
諦めにも似たため息が零されて、僕は久しぶりに笑った。
「さぁ、次の創世主は君だ」
「そうね」
「僕の少女神たちを頼んだよ」
「嫌よ。貴方がいなくなったら、すぐに花を燃やすわ」
手の平の花。
赤く赤く、赤い花。
甘美なその色を、その艶を目に焼き付けてゆく。
触れればこんなにも儚いのに、それでも枯れることを知らない命。
僕は凛と立つ彼女に尋ねた。
「君は一人目の少女神の生まれ変わりだね」
「知らないわ。私は私でしかない」
「でも、滅ぶ世界を憂いていたね。だから、ひとり孤独な神になろうとした」
「私は世界が好きよ。だから、滅びゆく世界を終わらせる。永遠の世界を創世してみせるわ」
無意識に握りしめられた手に、彼女は何を守ろうとしたのだろう。
家族か、友人か、風景か、それとも日常か。
そしてそのどれも守れなかった少女は、泣かずに凛と笑ってみせた。
「アポリアなんてない。だから、きっと私はあなたの代わりに創世主になるんだわ」
彼女に応えるように花びらが舞う。
赤く赤く、赤い花が散っていく。
甘い香りが一際強く鼻孔をくすぐって、目を細めた。
彼女の後ろに今までの少女神たちが淡い色で立っていた。
少女神たちは絹の髪を揺らして、衣の裾を翻して声なく笑っていた。
僕を見て、日だまりにいる様に目を暖かく揺らす。
それからさよなら、と声なき唇が優しく告げた。
少女神たちは優しく彼女に寄り添って、また一人二人と消えていく。
赤い花が、枯れることのない花が一つ二つと朽ちていく。
最後の少女神は声なき唇で僕を見つめて、アポリアの答えを伝える。
それから、あの日のように朗らかに笑って彼女と同化した。
僕はなんだか、ひどく丸い気持ちになって彼女に言葉を送った。
「おめでとう。君が新しい創世主だ」
彼女はきっと人を愛すだろう。
そして、世界を愛すだろう。
そして、滅ぶ度に涙するだろう。
だから、きっと彼女はいつか滅ばない世界を創るかもしれない。
でも、きっとそれは僕の知らないお話し。
三題噺として書きました。
ビガロポリス、アポリア、創世。