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現代社会ネクローシス 最終章 −繰り返された過ち−

 太陽が空の頂点に君臨する頃、一人の若い元警官があえぎつつも、オレンジ色のボートをこいでいた。警官の手元には、飲料水が入ったペットボトルが一つ、転がっていた。それは、数時間前に沈没した船の中から持ち出せた、唯一の所有物だった。警官は、なぜあれほどの大きな船が横転するなどといった悲劇が起こったのか想像がつかずにいた。というかてっきり、船自体の問題で沈没したのだとばかり思い込んでいた。だからようやく彼の故郷―日本列島が水平線にその姿を現した時、その豹変ぶりに彼が息をのんだのも仕方あるまい。


 大地は赤黒一色で塗りつぶされ、命あるもの一切を寄せつけようとしなかった。燃え上がるいくつもの炎の柱は、街をことごとく焼き付くしていく。己な故郷が地獄に相応しい土地に成り果ててしまった事実ぐらい、遠くからでもよく理解できた。

 海は、元ある色を忘れ、ただ茶色く濁っていた。息苦しさすら覚えるくらいの異臭が漂う。発端は、水面を覆い尽くすゴミや、ぷかぷか浮かぶ人の形をしたモノにあるようだった。


 警官は黙って、ただボートを進めた。心がもぎとられたかのような、それは苦々しい心地だった。かみしめた唇が小刻みに震える。ポールをにぎる手に汗がにじみでる。 それでも、警官が進路を変えることはなかった。警官は一人、豹変してしまった故郷の方へひきこまれていったのである。

 警官が誰にも話しかけられないまま、ようやく河口にさしかかった頃にはもう、炎の柱はどこかへ行っていなくなっていた。表の焼かれたビル郡は、大地から沸き立つ煙を身にまといつつも、どうしてこうなったのか、どうして、こんな目にあわなければならないのか、体を大きく傾けてはじーっと考え込んでいるかのようだった。はるか彼方に、黒い針山が現れる。どれほど見渡そうが、目をこらそうが、そこには人っ子一人、いなかった。うごめく影すらなかった。沸き立つ煙のせいか、くっきり丸く、雲からくりぬかれてしまった太陽はまるで、この世の出口のようだった。警官は、黒焦げた屍という屍を押しのけかきわけ、ボートを廃墟の奥へと進めた。よどんだ川の流れは、そうたいしたものではなかったので、楽に川上へ向かうことができた。だけど、一体どうして自分はボートをこいでいるのか。生きているのか。それらの問いの答えは警官自身すらわからなくなってしまっていたのだ。ただ川原に何かが突き立っているのを見たとき、それが単なる物ではなく、人の腕だということに気付いた時、警官は知らず知らずの内に漕ぐスピードを速めていたのであった。


 警官はようやく、陸に足をつけると、迷わず歩み寄った。それは、男の子の腕だった。しかし、その顔と全容と異臭とを感知した警官は、思わずその場に立ち止まってしまった。彼はそう、つい昨日、自分が門で理不尽な言い訳をつけてつき返したあの男の子だったのだ。彼は、爪が黒く変形した右手を、空に真っ直ぐつきあげていた。その体の皮膚はひどい火傷で所々ケロイド色に変色し、服はぼろきれ同然。ほとんど全裸で横たわっている、といってもおかしくない状況にあった。 すすで汚れた手の平には、半分溶けたキーホルダーらしき物体があった。

 リサ

 警官は絶句し、しばらく動けなかった。むき出しに見開いた男の子の視線と彼から発せられる異臭、そして一つの記憶が、警官の無傷な肉体を、精神もろともつらぬき、動けないようにしているかのように思えた。

 「…。」

 男の子は、ふっと右腕を振り下ろすと、キーホルダーを大地の上に置き、視線を警官からそらした。そこでようやく我に帰った警官は、一歩前に踏み出すと、手にしていたペットボトルの蓋を開け、彼の側に座り込み、彼のはれあがった黒い唇の間へ、清らかな水を注ぎこんだ。


 「ほら、水だ。おいしい水だ。頼むから、飲んでくれ。頼むから…」


 警官の声は次第にかすれていった。男の子が、水を口にしたかどうか、確認する術は、どこにもなくなっていた。なぜなら、ペットボトルの水全てが、一滴残らず注がれた時にはもう、手遅れだったからである。恥も、プライドも、惑いも、何もない異世界へ、男の子は黙って旅立ったようだった。


 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 警官の、心からの慟哭を耳にした人は、あなたしか、いない。


           ※


 ある夜の事である。


 すっかり丸く満ちた、どこか薄赤い満月に照らされる中、男は、動かない男の子を背負い、歩きつつ、永久の朝が来るのを、静かに待っていた。

  



                                 



どうもこんにちは。小夜風 藍です。

 この度は連載小説『終末論。』シリーズの第一巻、『繰り返されたアヤマチ』を無事完結できて、うれしく思っています。暖かい感想やエールを送ってくださった方々、読んで下さった皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。


 突然ですが、なぜサブタイトルが、『繰り返されるアヤマチ』だと思いますか?どんなアヤマチを繰り返している、というのでしょう?答えは、二つあります。

 一つは、第一部『現代社会アポトーシス』の主人公、ネクローシスの方でも生まれ変わりとして出てきた、谷島 直利にまつわる過ちです。

 もう一つの答えには、私が『なんちゃって終末論。』を書く原動力にもなったある出来事が関わってきます。

 昨年の夏、生まれて初めて広島の原爆資料館を訪れた時のことです。平和公園の、中央にあるあの有名な慰霊碑に書かれてある内容。私はその、原爆による死者と交わした誓いに、何より心打たれたのです。それが二つ目の答えです。その内容をご存知の方は多いかと思います。しかし、現代を生きる私達は果たして、その誓いを守れているのでしょうか?変えられぬ過去を、未来までをも裏切って、生きているのではないでしょうか。原発ありきのこんな文明で、いつまで生きていけるのだろう?……それらの疑問を文章に託してできたのが、第一巻そのものだったのです。(次巻では、また違ったニュアンスで、空想話を語っていこうと思っています)


 未来の進歩にたよらざるを得ない危険性をはらんだ進歩は、もはや進歩とは呼べないのではないか。単なる自滅行為・破壊行為にしか私には見えないのです。少なくとも、研究所の外に出すべきではなかった、人々の生活に食い込むレベルまで活用させるべきではなかったのではないでしょうか。技術進歩の著しい現代でさえ、未だに、世界レベルで増え続けている核のゴミの危険性を下げる、有効な手段を見出すことができずにいる。これはいかにも正直に、人類の限界を突きつけている事実だと受け止めます。やはり、手を出すべきではないし、輸出している場合でもないし、廃炉・撤収の動きをもっと加速してほしいところです。

 核のゴミの問題ばかりではありません。地球に負わせた深刻な負担の数々によって生じている危機と、私たちの暮らしがいつも隣り合わせにあることを、考えずにはいられないのです。


 長々と現代に対する思いを語ったわけですが、まぁ最後に、『なんちゃって終末論。』というシリーズ名にこめた思いについても語りたく思います。


 世の中はやがていつか、終わりを迎えるのでしょう。

 だけどいつどんな形で終わるのか、どんな形が世界の終わりなのか、それは誰にもわかりきっこない内容です。古くから、終末思想は確かに、世界各地にあったようですが、今のところ世界はまだ終わっていません。

 だからといって、気を緩めてはいけないと思うのです。現状に満足してはいけない、とでも言いましょうか。現在置かれている状況を見直そうとする目を閉ざしてはならない。どんな時でも、現代社会に疑問を投げかける行為を止めてはならない気がするのです。

 終末思想は、大衆の気を一度引き締める役目を果たす、効果的な手段の一つなのでしょう。ですから、昔も今も、大小様々な世界の終末思想が作られては、人々の口を潤すのだと私は考えます。

 要するに、終末思想を、単なる悲観的な姿勢の根源のように扱わないでほしいと思うのです。一人一人の人間が死をもってして今を生きるように、社会だって。物語の形でもいい、様々な終末を危惧することを諦めない限り、充実した時を迎える喜びを、かみしめることができるのではないかと私は考えて書いていました(過去形)。


 『なんちゃって終末論。』シリーズ名は、ここから来ています。終末論に相応しく、何だかテーマ性の強い内容は、事実上、この一巻でおしまい。二巻以降はもっぱらストーリー展開にしようと思っていたのですが、私情で書き続けることが難しくなり、転がしておくのもかわいそうになったので、削除しました。なので、一巻が全てだと思ってもらって構いません。でも本当は、続いていたんですよ(過去形)。

このお話の続きは……そうですね、ご想像にお任せします。



2011/04/12 18:07:46

2013/02/27 (改)

2016/03/12 (改) 

2018/06/17 (最終)


第二巻には続かないけれど、またいつか、どこかで。皆さまお元気にお過ごしください。



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