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悪役令嬢、かくのたまえり

「ここからは、互いに遠慮のない殺し合いですわ」と悪役令嬢が言った。

作者: 蒹垂 篤梓

シリーズ設定「悪役令嬢、かくのたまえり」第1話


シリーズで登場人物と冒頭文を共有する短編。

王子による、婚約者への婚約破棄と断罪から始まる。

短く、テンプレ冒頭を読み飛ばせるのでタイパは抜群。

アイデア集のようなもの。


   *

【登場人物】

クロヴィス・ド・ヴァロワ

:優秀なる無能。王と王妃の寵愛を受けるが、婚約者に見放される。


エレオノール・ド・メルクール

:知性的で凛とした、古き良き名門の凄みを体現する侯爵家令嬢。


ジュリエット・バロー

:身の程知らずで欲望に忠実な男爵令嬢。


   *

【冒頭:婚約破棄から断罪へ】

とある時代、とある王国。欧州ではなく、他のどこでもないどこか。世の数多地図になく、誰かの持つ地図にはその名を記すという。いくつかの国家に隣接する、強大ではないが弱小でもない、どちらかと云えば穏やかな国。


その妄言は、王家も参列する壮麗な舞踏会の場で吐き出された。

「私、ヴァロア王国王子クロヴィス・ド・ヴァロワは、長年交わされていた侯爵令嬢エレオノール・ド・メルクールとの婚約を破棄すると、ここに宣言する」

発言の主は、当人の述べるようこの国の王子。未だ成人はしていないが、必要な教養は取得し終え、そろそろ公務にも関わろうかという年頃。一般には聡明と見做され、穏やかな為人で見目麗しく、国民の人気も高い。婚約は王命をもって結ばれ十年の間維持されたが、今此の瞬間、他ならぬ王子自らの宣言をもって、その努力は水泡に帰される。


「エレオノール、貴様は侯爵令嬢であり私の婚約者である立場を利用し、下位の者どもを虐げ、特にこの男爵令嬢ジュリエット・バローには人とも思えぬ所業でその心身を傷つけたこと明白である。その様な者に王家の者の婚約者など務まろうはずもない。即刻その立場を剥奪し、罪に対する罰として国外追放を命ずる。王都の侯爵邸へも、領地へも寄ることは許さぬ。即刻、この国を出るがいい」

自国の王子による突然の蛮行に、参列していた貴族諸侯は、当初愕然としつつも、周囲にある者と密めいて語り合い、会場内は押して引く細波が満ちるようさざめき出す。王子は我が意を得たりとほくそ笑み、隣に佇む男爵令嬢は王子の元に身を寄せ見詰め合う。王子の周囲に侍る側近たる少年達が、貴族達の中に厳しい視線を投げ、一人の令嬢を睨み付ける。


靴音高く歩を進めるその令嬢は、誰よりも優美で気高く、不敵な笑みを浮かべていた。

   *

(本編へ)

 貴族の子弟が通う学園での、卒業を賀する舞踏会。


 賢王との誉れの高い国王の臨席以前、王太子とはならない王子王女が来賓を遇するその合間、緊張を漂わせながらも、どこか弛緩した空気感の中で学園講堂広間の中央に躍り出たのは多産な王の第四子たる成人間近の王子で、国民的に人気はあれど貴族間ではそうでもないクロヴィス王子。この日のために設えられた玉座の前にまで進み出て、広間を睥睨する。これまで穏やかにして好感だけを稼いできた笑みを潜ませ、眉間に険しく皺を寄せる姿は奇異。こんな表情もできたのかと感じ入った貴族もちらほら。ただ、知る者は知る。王権に関わることなく、その恩恵にだけ預かる者の素顔を。彼は言った。まるで事実のみを語るかのような、欺瞞などないかのような厳かな調子で。


「何ぞ、申開きはあろうか」


 王子は傍らに控えていた少女、ジュリエット・バロー男爵令嬢を抱き寄せる。腰に手を当て自信の身の内に納めるように。恥じらうよう潤んだ瞳で見上げるジュリエット。その瞳を見詰め返す王子周囲から漏れる嘆息は、幾重もの意味を含んで。


 対するエレオノール・ド・メルクール侯爵令嬢は、静かに佇んでいた。驚きはなく、恐怖も焦りも、心の揺らぎ一つなく。そして微笑みのひとかけらも浮かべず、ただ。冷ややかで心のこもらない視線のその奥に、余人の気付かぬ強かな好奇の光を煌めかせて。


「何を仰るかと思えば」と侯爵令嬢は言った。


 言ってから、口元を隠していた扇子を右手に小さく振った。


 その瞬間に起こったことは、ぱたりぱたりと、幾つかの気配が消失する。何事かと周囲を睥睨すれば、幾人かの貴族が崩れ落ちるよう床に伏す。


「何が」


 王子の口から意図せず漏れる言葉。強気に滲む焦燥の影。王子の行いにこれまで過ちはない、少なくとも表向きは。けれど、これという功績もなく、また私的には叱責を受け続けてきた。その半生は、羨まれるものではあれ、憧れを持たれるにはほど遠い。


「狼狽えあそばされるな」


 侯爵令嬢の厳しい叱責。いつもの。彼を苛み続けて義務に縛り付けようとする言葉の鎖。彼の最も忌避し怖れる、為政者の声。


「これは、王家への反逆と見做されますよ」


 王子に侍る令息の一人が声を荒げる。が、


「この場に王家に連なる方はおられません」


 エレオノールの言葉に見渡せば、他の王子王女の姿がない。国王、王妃、王太子夫妻は元より参列していない。けれど、


「クロヴィス殿下がおられる。殿下に対して不敬であろう」


 ここで漸く笑みを浮かべる侯爵令嬢。可憐ではあれど、その笑みは不敵にして嘲りを含んでいた。


「そうですわね。けれどその権威はこの場では通じません。なぜなら」。


 令嬢の視線を追って改めて周囲を見渡し、「まさか」愕然と呟く側近の令息。この場にいる貴族はメルクール侯爵を寄親とする者か、派閥として呼応する家の者ばかり。その事を喝破する側近は、優秀ではあったのだろう。けれどそれだけ。それ以上でも以下でもない。大口を開けて立ちすくむ。それ以上を慮ることもできずに。


「では、少しばかりお話を致しましょうか」


 一歩、足を踏み出した令嬢に、クロヴィス等は覚束ない足で二歩三歩後退る。


「婚約破棄、承りました。ただし、そちらの有責で、こちらの方から突き返させていただきます。有無はございません。わがメルクール家の名誉に賭けて押し通しますわ。元より貴方には差ほどの価値もありませんもの。王家も容易に切り捨てるでしょう」


「馬鹿な。父上母上が私を見捨てるはずがない」


「陛下がいつまでも陛下でいられればよろしいですわね」


 どよめきはなかった。周知のことであるのか、あるいは規定のことであるのか。その周囲の冷静さ、取り囲まれる姿勢の冷厳さに、クロヴィス達は言い返す言葉を失う。


「それと、『虐げる』でしたか」


 侯爵令嬢が目を向ければ、クロヴィスに縋る男爵令嬢ジュリエットは恐れを抱いて、その身を委ねる男に縋る。エレオノールはその仕草にらしくもなく小さく鼻を鳴らし、嘲りの色を深めてクロヴィスを睥睨する。


「虐めなどと、何を温いことを仰っているのです。貴族が、歴史にも名だたる我がメルクール家が、成り上がり伯爵家から爵位を与えられた名もなき男爵家の娘如きに侮られたのですよ。それ如きで済むはずがございませんでしょう」


 侯爵令嬢の凄みに息一つ漏らせぬクロヴィスとその取り巻き。


「これまで王弟殿下が学長を務められる学園は聖域でした。彼の方がどちらにも付かぬと公言しておられたから。けれどそれも一つの条件が付けられていました。貴方が愚かな真似をなさらぬこと。もし、我が家門の許容を超える愚行を再び行えば、その限りにあらず。お解りですか。貴方は見事、その約定に抵触なさいました。すなわち、この場は既に安全地帯ではございません。たった今をもって、その禁は破られました。他ならぬ、貴方によって」


 令嬢は高らかに宣言する。


「事態は既に殺るか殺られるか。ここからは、互いに遠慮のない殺し合いですわ」


 ざわりと空気が揺らいだ。


 侯爵令嬢の側に侍っていた目立たない令嬢の、クロヴィス王子の側に控えていた地味な令息の、それぞれ身体が傾いだと思えば、その姿が忽然と消える――と思えば、両主の間で火花が散る。二人が隠し持っていた暗器が、互いのそれを弾く。


 何が起きたのか分からず目を白黒するのはクロヴィス等のみ。周囲の貴族や、侯爵令嬢の側の令嬢令息達に動揺の色はない。エレオノールは悠然とその様を見遣る。


 決着は、間もなく。互いの凶器が互いの急所を突く。悲鳴の一つも漏らすことなく絶命する。それは暗部としての矜持だったろうか。出血は最小限。怒りも悲しみもなく、崩れ落ちる。


「お互いに手札を一枚失いましたね」


 侯爵令嬢の浮かべる冷徹さに瞬きの変化があったことを多くが気付き、けれど口にせず。クロヴィス等は事の成り行きに唖然とし、怖れ、怯えて身を震わせる。「お前は、お前は」悲鳴を挙げなかっただけましだろうか。


 けれどクロヴィスは、かつての王子は、「こんなことが許されるはずがない。こんなことが。俺は王子。誰よりも尊ばれるはずの。俺は、お前は」


 譫言のような呟きに、忠義の者への悼みはない。エレオノールは、


「次の手札はございますか、殿下」


 クロヴィスの側近とされた者たちは互いを見合い、首を振り、両手を掲げて無力を示す。クロヴィスはジュリエットを掻き抱くが、そんなクロヴィスに戸惑うよう瞳を揺らす。自らの行き先を案じるその表情は愛だの恋だの信頼だのとはほど遠いように見え、そのことに気付くのはエレオノール側の者ばかりではなかったろう。


「では」


 エレオノールが持っていた扇子をへし折り、ニタリと嗤う。それは、社交界の表舞台に踊る令嬢のものではなく、貴族社会の裏の裏、深淵の闇を渡る者の笑み。悪鬼羅刹のそれ。


 侯爵令嬢エレオノールは、髪を結い上げていた簪を抜き、逆手に構える。はらりと流れる黄金の細波。その優美な儚さに見蕩れる間はない。彼女に付き従う五人の子息令嬢もまた、各々武器となる物を手に構える。


「お覚悟を」

とある王国の、有能ではあったが後世に凡愚と評される王が、その地位を追われた。次代の王が即位し、多くの貴族がそれを支持し仕えた。貴族の国家への関与が深まり制度が整えられ、商業が集中化し国家が栄えるに付け、「王権」が権威を増す。そんな時代の過渡期に起こった、些細な出来事。


   *


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