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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

時は経ちつづけ

作者: 広田コウ
掲載日:2025/12/25

恋愛短編小説です。昔の時代と現代が錯綜した物語になっています。読んで頂ければうれいしいです。

今から300年以上前、一人の武士がいた。名前は、|義央(よしなか)という。

まだ働き始めの若い武士だった。働きながらもちろん道場にも通う。道場で同じ歳くらいのもう一人の武士と出会った。相手の名は、忠相(ただすけ)という名前だった。

二人は始めこそ軽く挨拶をするくらいだったが、しだいに毎日顔を合わすうちに仲良くなり、友人になった。道場の稽古が終わると一緒に帰る事も多くなった。

何気ない会話をしていくうちにうちとけあった。そんな日を続けていくうちに忠相に対してある気持ちが沸き起こってきたのである。自分は女性が恋愛対象なのにその相手に対して思いもかけない気持ちが出てきた。その相手に対する恋愛感情である。

こんな気持ちになったことは一度もなかった。何かとても恐ろしいものを手に入れてしまったかのようだった。その気持ちはどんどん膨れ上がり、自分でも抑えられなくなる。義央は、自分でも男を好きになったことにとても混乱していた。

女性にしか色気は感じなかったのに、相手に抱く気持ちは、例えると黒い何かを常に抱えているような気分だった。

相手の姿を見るだけで、うれしくなる。目を合わすだけで心が動揺する。会話をすればもっとずっと一緒にいたいと思う。

こんなものは彼の気持ちが、多角形な石だとするとその一面をただ表現しているだけにすぎない。恋だなんて、春色だと言うけれど彼にとっては黒い大きな恐ろしいものにしか感じなかった。

ある日、忠相と一緒に帰った。義央は胸に詰まる思いがした。もう言わずにいるのがこらえられなくなったのだ。義央は、相手に言った。

「好きだ。」と、

「それも、恋愛感情の好きだ。」と、

相手と目を合わした。相手は、

「俺も好きだ。君と同じ気持ちだ。」

と言ってしばらく沈黙が続いた。二人はまた目を合わすとお互いにはにかんだ。

義央は、相手のそのはにかんだ顔が目に焼き付いた。永遠にその顔は、忘れることがないくらい心に刻まれたようだった。

毎回、忠相と道場で会うたび想いは強くなっていく。それも最初のどす黒い感情より、相手を自分のものにしたいという欲望がわいてくる。相手も思ってくれているのなら、自分のこの気持ちをぶつけても良いだろうと、思うようになる。もう他の女性のことなど目にも入らなかった。

家に帰り、一人で思いつめる。ただ道場で会って、一緒に帰る。一緒に帰っても別かれ道になれば、もう別れなければならない。そんな日が続くだけなのか、いや、続ける事すらできなくなるのではないか、なぜならお互い男同士、いつか女性と結婚する日が必ず来るだろう。そうするとこの関係も終わる。そのことを考えたくなくても考えてしまう。心がそれに支配されてしまう。もう目をそむけるしか方法が思い浮かばなかった。思いが強すぎて、自分のこの気持ちをどう表現して表に出せば良いのかもわからない。出す事もできない。この気持ちを直視すれば、相手との明るい未来がみえず、「この世で愛し合うことができないのならばせめてあの世で愛し合いたい。」と思うようになり無理心中をしでかしそうになる気がして、目を背けることしかできず、そんな日が続いた。忠相も同じように、いやそれ以上に想っていたのである。

それでも毎日道場で忠相と会う。忠相と会話しているときの義央は、誰が見てもその相手のことが好きだとわかるほどだった。そのわかりやすさは彼自身も感じていて、それを他人に悟られないよう、忠相を避けるほどだった。

ところが、ある日友人に道場で稽古をしていた時に聞かれた。

「お前、忠相のことが好きなのか?」と、

「好きではない。」と、とっさに答えた。

その言葉を放った時、わが身可愛さの保身の気持ちは一切なかった。自分の気持ちを隠すのに必死だったのである。

その一部始終を忠相も聞いていたのである。

義央は、急いで身支度をして一人で帰った。いつもなら忠相と一緒に帰るところを、我先にと一人で帰ったのである。忠相は、一緒に帰ろうと呼び止めようとしたのを、義央は無視して帰ってしまった。

忠相の心はまるで死んだようだった。義央と同じ、いや、それ以上の気持ちを持っていたので、「好きではない。」と言われ、そんなものは嘘だとわかっていても、そんな言葉は聞きたくないと思っていた。

このまま疎遠になって、いつか義央は女性と結婚してしまうかもしれない。そんなことになるくらいなら、一緒に死んであの世で愛し合いたいと思った忠相は、彼と無理心中しようと決めてしまったのである。

気持ちがそれにもう支配されてそれしか見えなくなってしまった。

二人は、翌日道場前で鉢合わせした。

目が合っても義央は直ぐに目をそらし、どこかへ行こうとしたが、そうはさせなかった。

忠相はその人間を本気で斬りにかかったのである。

義央は、驚いた。がしかし、忠相の目を見た彼は、すぐに悟った。自分を殺めようとし、自分を斬った後には、忠相も一緒に死ぬ気だということを…。

忠相に斬りに掛けられるたび、彼は全てを見通したような目になっていった。その目を向けられた人はその鋭さに皆、動揺するであろう。そんな目だった。

忠相は、義央の全てを見通すような鋭い目つきに、動揺していたが、それでも意志は固い。なおも義央に対して斬りにかかっていった。

義央は思った、自分を殺めた後、忠相は自死することになる。そんな苦しい想いは、絶対させたくない。そんな気持ちが起こった彼は、その一心のみで、相手を斬った。

義央は、自分の事よりも大事に想っている人を、自分の手で葬り去ったのである。

その後はもう語ることすらできない。覚えているのは、家に帰り家族と一言もしゃべらず夕ご飯をただ食べた事だけだった。

これは、相手と出会ってたった数か月のことだった。


 それから義央は変わった。最も信用していた人に斬りにかけられたからか、表面的には人を受け入れている様に見えるけれども心の中では、人を全く受け入れようとしない。人を拒絶し、時には初対面の人に対し自分の身を何故だか守ろうと内心、闘争的に向いてしまうほどだった。

一見するとかつての友人と一緒に話していても変わりが無いように見える。しかし、両親だけは彼の見えない、隠そうとしている変化に気づいていた。

彼は、月日が経つうちある感情が起こってきた。一番信用していた人に、斬りにかけられ、裏切られたような気持ちだったのだ。もはや斬られそうになっていた時の忠相の本心を見抜いていたが、その気持ちを直視し、そして忠相が遠くに行ってしまったかと思うと自分も後をおってしまいそうだったから、その気持ちを隠すように、裏切られた憎しみへ目を向けるしかなかったのである。

そのうち、彼に婚期が来た。両親は縁談を進めたが、彼は結婚しようとはしなかった。亡き忠相以外に受け入れる心が到底なかったのである。

がんとして、結婚はしないと静かに両親に言った。両親は、「理由くらいは言いなさい。」と冷静に言ったが、彼は理由は答えなかった。答えることもできずただ、「できません。」と静かに言うのみだった。

そして、生涯独身ですごした。

亡き忠相のことは、心の内では「そんな裏切るような人間は知らん。」とばかりに、憎しみの念を抱きつつ、しかし真実を少しでも直視すれば後をおいかねない気持ちのまま目をそらし続け、ついに天寿をまっとうした。

 

 亡き忠相は、亡くなってから義央の心の動きを全て見ていた。そして思ったのである。「裏切るようなことをして申し訳ない。君が許してくれるまで天国へは行かない。この世に留まり続ける。」と、


 それから、300年以上すぎた。

義央は、またこの世に生まれ落ちたのである。女の子として、

名は「雪」という名前だった。前世の記憶など勿論ない。すくすくと育っていった。内弁慶で家では笑いを誘うとするような子だった。しかし、何故か子どもの頃から友人が少なかった。それはやはり、前世の事から人を内心どこか信用できず、拒絶し受け入れようとしないのが魂レベルで刻まれていたからである。

中学は友人が全くできず、ずっと一人でいたほどだったので、通学がつらくてついに不登校になっていた。そして、十八歳をすぎてから獣医を目指すために浪人をした。三年間、浪人生活を両親は許してくれたが、それでも獣医学部に受かることができなかったので、他の学部に入学して大学生になった。大学に通いながらアルバイトをしていた。

バイトの帰りに駅に向かう途中、店が立ち並ぶ中にいつもは見ない所に、机と椅子二つに簡単な壁と看板が立っているのを見つけた。看板には「霊視します。一時間千円。」と書いてあり、霊能者らしき人が椅子に座っていた。どうやら各地方をまわっているらしい。

彼女はこれからの人生がちゃんとやっていけるか無性に不安に思っていたから、未来のためになにか聞けるかもしれないと思い、思わず霊視を頼んでみた。もし何か売りつけられたらすぐ帰ろうと思っていた。

椅子に座りお願いすると、開口一番に

「あなたは前世武士だった。」と言った。

それを聞いたとき彼女は一気に惹きつけられた。なぜなら「自分は前世武士だったのではないか?」と子どもの頃からふと思うことが何度もあったのである。言い当てられた気がした。

そして霊能者は続けた。

「ある相手がいて相手は同じ武士で恋愛関係であり、相手と想いは通じ合っていた。しかし、あなたは相手との関係が他の人にばれそうになり、嘘をいってその場をしのいだが相手はその言葉にひどく傷つき、あなたと無理心中しようとした。しかし斬られそうになっていた時その本心を見抜いたあなたは相手のためを思う一心で相手を斬った。その相手はあなたが相手を許すことができないのを知ってまだ成仏していない。あなたが許しさえすれば成仏する。」と言った。

霊能者は続けた。

「この話が信じられないのならば、あなたは今から数年前、妙にリアルな夢を見たと思う。それは、外国人とソファに座っている場面だ。ちょうど相手の両親と結婚の承諾を得て食事を済ませた後、結婚相手とソファに座っている場面である。その夢は予知夢だから実現させなさい。そうすればこの話は全て真実だと信じられるだろう。」

と言って、その日は終えて家に帰った。

彼女は信じることができなかったが、霊能者に夢の事を言い当てられ、半信半疑だった。しかし、本当だったらとんでもない話だ。雪は、とにかく想った。

その前世の相手に対して、

「今はすぐに完全に許すことが出来なくても良いからとにかく天国へ行って成仏して欲しい。」

そう強く念じた。それしか彼女には出来なかった。

それを何日間か毎日続けていた。

 

 それからある日の夜中、彼女は目が覚めたと同時になぜだかさっきまで夢の中で前世の相手と会って話していたような気がした。その感覚と同時にすごく恋しい気持ちになったのである。そんな日が毎晩の様に続き、その感覚を覚える回数を重ねるたび、恋しさが増してきた。その気持ちは確実にあったのだ。

ある時、彼女は思った。「毎晩のように会っていては、私に対する執着が残って早く天国へ行って成仏することができない。それでは良くないから、今晩からは絶対に一切会うことをよそう」という気持ちになって眠りについた。

その晩である。

彼女は、夜中に目が覚める感覚とともに体から離れる感じがして、それと同時に「会いたい。」と言葉が頭の中にしっかりよぎった。しかし、それではいけないと思いすぐ自分の体に戻り、寝返りを打ってすぐにまた眠りについた。


 こんなことが実際に起きたものだからやはりこれは本当なんだと実感とともに信じる気になった。頭がおかしいと自分でも思っていてもこの事実を裏付けるような出来事がそう信じられずにはいられなくなった。それ程鮮明にはっきりと感じたのである。そう思うと涙が急に出てくる。そのうち嗚咽まで走ってきた。数時間ずっと泣いていた。自分でも急の涙に驚く程だった。

 急に姉が部屋に入って来て、雪は急いで涙をふき、平常心を保った。

姉は、洗濯物を置きに来てくれたようだった。そしてなにも悟られずにすぐに部屋を去っていった。しかし、雪はしばらくするとまた泣く。これが、その日から毎日のように続き、ほぼ一日に一回は泣くような日が一年半以上続いた。家族にも、誰にも悟られないように泣いていた。

そして、こんな事も起こった。

ある日、家で勉強し休憩のために座椅子に横になって眠っていた時、ふと目が覚めた瞬間すぐに後ろを向いて「えっ?」と声を無意識に出した事があった。背中に前世の相手がいたような感覚がしたのである。彼女は、霊感も霊能も一切ない。しかし、そう思わずにはいられない程、確信に近いものを感じた。


 こんな事が続いると、もう信じる気に徐々になっている自分がいた。彼女はとても混乱していたが、今度またあの霊能者に会ってより確かめたいと思うようになった。そしてまたその霊能者に会いに行ったのである。

バイトの帰りにまだその霊能者はいるか不安に思ったが運よくその日は前回と同じところにその霊能者はいた。

さっそく椅子に座り視てもらうようお願いした。一番初めに雪が聞いてもいないのに「あなたが座椅子で眠っていた時、背中に彼がいた感覚がしたのは真実だ。」と言った。

雪は、もちろんその言葉に驚いた。が、その霊能者はまた続けた。「それでもあなたは、まだ完全に信じ切れていないようだから前に言った予知夢を実現させてみなさい。そうすれば信じきれるだろう。そのためには、英会話を勉強しなければならないが、あなたなら、きっとそれをやるだろう。」

「左手の薬指に最近からずっと何か感覚があると思うが、それは、予知夢の結婚するかもしれない相手からあなたと結婚したいと思って送られてくる霊的なものだ。その相手は、あなたが相手の国に旅行に行く時に出会うだろうが、彼はその出会える日まで待っているつもりだ。」と言った。

確かに、左手の薬指だけなぜかここ最近感じるものがある。霊能者の話をどこまで信じてい良いかもはやわからなかったが、彼女は前世の事を確かめ、確信を得たいがために、予知夢とやらを実現させたいという気持ちに駆られていた。

前世の相手のことが本当ならば、300年以上自分のせいでこの世に留めさせた事をちゃんと自分が自覚しなければいけないと思ったのである。

また霊能者は言っていた。

「予知夢の結婚するかもしれない相手は、きっと結婚生活を送る中で、自分より好きな人があなたにはいる事を悟るだろう。しかし、彼は二番目でも良いから、あなたと結婚生活を送りたいと思うだろう。もちろんあなたは彼のことは好きになるだろうが、どうしたって一番は、前世の相手だという事は、とうてい変えることはできない。」

「そして、あなたは死後あの世では、前世の相手と永遠に愛し合うことになるだろう。」


 彼女は、大学を卒業し、社会人になった後、毎日英会話を猛勉強した。一年半以上たった頃、貯まったお金とともに、その国に旅行へ一人で行った。その国はイタリアである。ツアーをくまず完全一人旅である。まずマルペンサ空港に着くとそこからミラノ中央駅に向かい、まず初めにコモ湖へ行く予定だったので、ミラノ中央駅からコモ湖最寄り駅の直通電車に乗った。

コモ湖には、思い入れがあった。なぜなら雪の母が独身の時、一人で紀伊半島を自転車で乗って民宿やユースホステルに泊まりながら長期でまわる旅をしていたのだが、その道中あるユースホステルの受付で、ある外国人が英語で受付の人に話しかけていたのだが、受付の人は英語がわからないので困っていたところを、ちょうど英語の塾講師をしていた母がその通訳として助けてあげたのだ。

それをきっかけで、その外国人と夕食を共にしていた。

彼は、イタリアの人でコモ湖に住んでいるらしい。母と同じ年くらいの人で、親の事業の助けをしていたが、親の許可をとって約半年くらいの間、海外のあちこちを旅行していると言っていた。どうやら親の手がける事業もそんなに忙しい時期ではないらしく余裕があるようで、快く許可したようだった。

イタリアの人と言えば、陽気なイメージだが、彼は落ち着いた感じの人だったらしい。のちに母は雪に、それが意外だったという気持ちを語っていた。

彼は、母に

「お金のことについてどう思うか?」と聞かれ、

「なくてはならないものだが、ありすぎても困る。」と母は答え、

「それを聞いてホッとした。」と言った。

その夕食の席では、イタリアの人と母の他に高校生と大学生の男子とも一緒に英語で会話して話していた。

談話室で一緒に皆で話していると、イタリアの人は自販機で買った飲み物を4人分買うと好きに選ばして皆に渡してくれた。最後に残ったのを彼は飲んでいた。

翌日、皆行く予定の方向が同じだったので途中まで一緒に自転車で走った。

別れ間際に、お互いの住所を交換すると、それから文通をするようになったのである。コモ湖に住む彼は、母と文通をしていたが、のちにコモ湖の名所を紹介する本を送ってきてくれたのである。その本を母は、父と結婚してからもずっと持っていた。コモ湖の人は、「もしイタリアに来たらコモ湖を案内して、家に泊めてあげるよ。」と手紙に書いてあったが、母は、行かずにそのまましばらく文通を続けては、のちに手紙の交換は途絶えるようになった。

 雪は、子どもの頃にそのコモ湖を紹介する本をたまに見ていたのである。外国語で書いてあって何が書いてあるのかさっぱりわからなかったが、その美しい景色の写真に釘付けになった。まさか大人になって実際に行くとは当時思ってもいなかったが、そんな訳でコモ湖には思い入れがあるのだ。

 他にもコモ湖へ行こうと思った理由があった。職場で一緒で働く女性と友人になったのだが、雪は、彼女を最初に一目見た時「この人には嘘をついてはいけないな。」と直感で思ったのである。その後、彼女と意気投合し仲良くなった。彼女は昔イタリアに行ってその国が大好きになり、一人で留学し、イタリアの各地に旅をしていたのであった。

 ブドウ畑が段々になって見える景色はとても美しかった。と、彼女は言っていた。それをとてもうらやましがった雪は、「私も行ってみたい。」と言うと、彼女がおすすめする所を書いてその紙を手渡してくれた。

そこに、コモ湖、フィレンツェ、ベルガモ、などと、いくつか書いてあったのだ。それもあってコモ湖を選んだのである。

 

 やっとコモ湖に着いた。

この湖は、古代ローマ時代の皇帝が避暑地としてよく利用していた所である。今でも避暑地として有名で、湖周辺のいたるところに、邸宅と、立派な広い庭園がある。中世からのほぼ城と言って良いような邸宅がたくさんあるが、中には観光客のために、庭園や邸宅が見学できる所もある。

雪は、船の周遊チケットを買って船に乗り、ある邸宅を二つほど見ていった。庭園も見に行ったのだが、ちょうど春頃だったのでいろんな花が満開でそれは美しいものだった。庭園には、純白のクジャクが放し飼いにされており、羽をいっぱいに広げると花のある風景とあいまって、とても美しい光景が広がっていた。

湖の南端にある湖畔の中心の町へ行くと、レストランで夕食を食べた。イタリアは地域によって個性があり、その町によってまったく違う風景が見れるらしいのだが、食もまた地域によって個性があるらしい。

コモ湖では、湖で採れた魚料理がメニューにたくさんあった。

普段食べることのない異国の味である。

湖の近くのホテルにチェックインした後、夕日を見に湖畔へ行った。アルプスの南山麓を背景に、透明な湖が、沈みかける夕日を反射して、美しい景色が広がっていた。

空にはうっすら星が見えている。雪は時間を忘れて、その景色に見入っていた。しばらくして暗くなるとすぐホテルへ戻っていった。

翌日はヴェネツィアへ行った。コモ湖からヴェネツィアまでの直行電車が出ている。2時間弱の電車に乗って着いたヴェネツィアは、コモ湖と打って変わって、全く違う風囲気であった。ヴェネツィアは徒歩でも十分歩き回れる所であるが、ゴンドラに乗らないわけにはいかない。5人の旅行者と乗り合いで乗った。運河に浮く建物を眺めながら遠くから、弦楽器の演奏が聞こえてくる。ロマンチックだなと雪は思った。

その日のホテルは運河沿いの宿であった。

朝の景色を見ようと窓を開けると、運河と建物全体に朝霧がかかり、まるでモネのヴェネチアの絵をそのまま見ているかのようで、雪は感動した。

翌日の最後に行くのは、フィレンツェである。ヴェネチアからフィレンツェの直行の特急電車に2時間ほどかけて乗った。

雪は、ふと思った。

本当に霊能者が言うように、予知夢とやらの人に会うのだろうか?

不安がよぎっていたが、旅は楽しいので、「もうこのまま何も起きなくて、そのまま日本に帰ることになっても良いや。」と思っていたところに、電車の席の横を一人の男性が座った。予知夢とやらで見た人と同じ人である。

一人のアジア人が珍しいのか、彼は話しかけてきた。

「旅行者ですか?」

「そうです。」

「どこから来たんですか?」

「日本です。」

それから、2時間ほどの間二人はずっと話していた。

最後に彼は、雪に自分のメールアドレスを渡して、

「良かったら、メールを下さい。」

と言って、別れた。

雪は、夢とそっくりな人と出会ったものだから正直驚いた。

しかし、夢とそっくりな人だからといってあの夢で見た場面が再現されるとは限らない。どこまでも100%信じようとしない。

そして、フィレンツェの旅を終えた後、日本へ帰った。


 雪は迷った。生涯独身で良いと思っているくらいで、結婚願望は無い。霊能者いわく、その理由は、前世の相手のことが潜在的に忘れられないかららしい。そのくらい強い想いをいまだに持っているらしい。

そう言われて納得するものが雪にはあった。

しかし、もし真実だったのならちゃんと自覚しなければ前世の人に悪い気がする。もうこれは、確信へ行けるかどうか確かめるために旅先で出会った人にメールを送ることにした。

返事がすぐに来た。


それから、メールの交換を数か月間続けていた。メールの交換を続けていくうちに雪は彼に対して好意を持つようになった。そのうち、彼から「雪に会いに旅行がてら日本へ行く」という内容のメールが来た。

雪は、わざわざ日本にまで来てくれるのがうれしく、

「旅行の案内をしますよ。一緒に観光をしましょう。」と返信した。

それから彼は日本へ来た。その旅行中に彼からの提案で交際を申し込まれたが、雪はその気持ちが正直うれしく快く同意した。旅行は楽しいものだった。

彼が帰国してからも、メールのやりとりは続けられ、また数か月程してから雪に会いにまた日本に来るという彼からのメールが届いたのである。

そして、2度目の訪日の日、雪は空港まで出迎えに行った。

まず、雪のアパートで昼食を食べた後、東京へ行って一緒に観光する予定だ。

アパートに着くと雪は、お茶を出して一緒にソファに座った。

「わざわざまた日本まで来てくれてありがとう。うれしいです。」

「僕もまた君に会えてうれしいよ。」

「お互い遠い所に住んでいるから、なかなか簡単には会えないですよね。」

すると、彼はポケットから小さな箱を出して、中を開けて雪に見せた。二つの指輪が入っていた。

「一緒に住めばこれからもずっと一緒にいられる。よかったら僕と結婚してくれませんか?」

雪は、一瞬止まった。彼の提案はうれしかったのだが、一瞬前世の相手のことが頭をよぎったのである。でも少し考えてもその提案に同意しようと想いになるのは違いなかった。

「はい。」

と雪は答えた。

彼は、嬉しそうに微笑み、指輪を雪にはめた。

それから、一緒に料理をして昼食を食べた後、東京へ観光に行くためアパートを後にした。

旅行を終えた後、次に会うのは彼の両親に結婚の挨拶をする時だと決め、彼は帰国した。

やがて、雪は彼の両親へ結婚の挨拶をしに、イタリアの空港に着くと、彼が出迎えてくれ早速彼の実家へ行った。

両親は、雪を優しく出迎えてくれた。

席に着き、すぐに結婚の承諾のお願いをすると、いくつか彼の母は雪に質問すると、しばらくして、承諾の許可を得た。

その後、食事をし、食べ終わった食器を洗う彼の母の手伝いをした後、雪はリビングに向かい、彼の座るソファの横に座った。

その瞬間であった。その瞬間であったのである。

雪の夢が実現されたのである。やはり霊能者は真実を語っていたのである。もう100%信じ切っている雪がいた。本当に前世の想い人がいて、本当にその彼は300年以上ずっと雪のせいでこの世に留まっていたのである。真実を実感すると、もう心は飽和状態だった。少しでも油断すると涙がぼろぼろ出そうになった。この日のためだけに雪は霊能者に初めて会った時から、ずっと真実を知りたくてもがいて生きてきたのである。平静を装うのに必死だった。

夜になり、眠りにつく。部屋は彼の学生の頃のそのままの状態で保たれており、ベットが一つだけだったので、そこで雪と彼二人で眠ることにした。

彼に背を向けて眠っていた雪に後ろから彼が抱きついてきた。

雪は複雑だった。こういう事をされると、余計に切なくなる。今までずっと抑えてきた前世の人に対する気持ちが全部吹き出してきそうだった。自分が過去世で何を手放したのか、どれほど大事なものを手放したのか、それを、心の底から実感したのである。しかし、同時に雪は、好意を持っている今の彼と結婚することになると心に想った。

雪は一筋の涙を流した。カーテンのない窓から満月の光が部屋に入り、二人を照らしていた。

 

 翌日、日本へ帰国しアパートに着くと「結婚」という言葉が頭をよぎる。雪はどこへ向かおうとしているのかわからなくなっていた。まるで結婚相手をだましているかのような気持ちだった。今に至るまでの事だって本心は予知夢を実現させたいがために彼と会っていたところもある。もちろん彼と結婚しても良い程の好意はあったが、実のところ本心をさらけ出せば、前世の人の事で頭がいっぱいだったのである。これではいけない。こんな気持ちで結婚しても、相手に悪いし結婚生活を続けられる気がしなかった。雪は決めた。やはり、結婚は取りやめるという事を。


 結婚を取りやめる旨のメールを彼に送った。

数時間して彼からメールの返信が来た。

「一度会って話がしたい。」

雪は申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、誠意を示すためにも自分が彼に会いに行く旨をメールで送った。


 後日、再び雪は彼の国へ行き、彼の住むアパートへ行った。彼はコーヒーを淹れてくれた。

唐突に彼から聞かれた。

「君の本心が知りたい。」

雪は胸に詰まった。本心はわかりきっている。前世の人のことが忘れられないのである。本心を言ってしまおうかと思った。

「実は、昔の死別した恋人のことがずっと忘れられない。」

しばらく沈黙が続いた。と同時に雪は、始めて人にこんなことを打ち明けたものだから何故だか感情がこみあげてきて、涙が出てきた。ボロボロ出てくる。

それをじっと見ていた彼は思った。「彼女は今までどれほどこうやって泣いてきたのだろうか。」そう思うと彼は思わず言葉が口をついてでてきた。

「死別した人のことは想い続けても良いから、それでも良いから、僕と結婚してくれないか。」

雪は、目を瞠目した。本気でそんな事を言っているのか、疑いを持った。

それが彼に通じたようで、彼は続けた。

「誰にだって忘れられない人の一人くらいいる。君がその人の事を忘れられなくてもそれも含めて、そんな君が好きだから、僕と一緒になってほしい。」

雪は、考えた。まさかこんな提案がされるとは思いもしなかったのである。

「しばらく心の整理をしたいから、その提案も含めて少し考える時間が欲しい。」

「わかった。どのくらいの時間?」

「一週間ほど。」

と、言って二人は別れる事にした。


 再び日本へ帰国した。雪は心が少し軽くなったようだった。彼とだったら結婚しても良いかもしれない。この気持ちを抱えたままでも良いというのならば、結婚生活を続けられるような気がした。前世の人へのこの気持ちを手放すような事は出来ない。雪が愛しているのは前世の人ただ一人なのであるからだ。しかし、今の彼との結婚はずっと待っていたような気がした。彼がずっと待ってくれていたような気がしたのだ。

雪は、メールで「結婚をしたいと思っている。」と送った。

そして、二人は結婚する事になったのである。


 その後の準備はあわただしかった。

結婚は「現実」だと言うけれど、それを少しづつ感じている雪だった。

雪が、イタリアに移住する事になり、日本をたつその前日にあの霊能者に再び会いたくなった。最近、駅へ行く途中、いつもその霊能者がいる所に見かけなかったからいないかもしれないと思ったが、とにかく行ってみることにした。そしたら、奇跡的にその霊能者がいたのである。

雪は、ずっと聞きたいと思っていたことを聞いた。

「前世の人は、もう成仏して天国へ言っているのでしょうか?」

「彼は、もう天国にいる。あなたを天国からずっと見ていると言っている。あなたが悔いのない人生を送って欲しいと言っているよ。」

「そうですか。ありがとうございます。」

雪は、一筋の涙を流した。

人前で泣いたのはこれで、二度目だった。



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