黒猫
俺は俊斗。柳谷俊斗。今、学校から帰ってきたところ。
「ただいま〜」
「おぉおかえり。」
キッチンで夕飯を作っていたパパが手を止めずにそう言った。俺はすぐに自室に行くと、リュックを下ろした。手元のスマホを開く。ロックを解除すると、早速全開の続き、SNSが開かれた。俺は最近人気が出始めた「死神が猫になった夜」さんが好きだ。すぐにイヤホンを付けると、彼女の新曲「夜に叫ぶ」を再生した。リズムカルで、聞いたら耳に残る。こういうSNSは、開けば閉じるのには一筋縄ではいかない。パパが「俊斗〜!!夕飯だぞ〜!!」と言ってくれるまでSNSから離れられなかった。
「またカレー?飽きたんだけど。」
ホカホカと暖かそうなカレーを前に、わがままを言った。
「ま、またって、良いじゃないか。」
パパは席につき、食べ始めた。俺もしぶしぶ食べ飽きたカレーを口に運んだ。
「ただいま〜」
あたふたと家に帰ってきたのは俺のママだった。
「おかえり!!遅かったな。」
「えぇ、ちょっと事務作業が増えちゃってね。」
ママは机に置かれたカレーを見ると、「わぁ〜」と声を上げた。ママはパパの作るカレーが一番好きだった。
「そうだ。俊斗。もう少しでテストがあるんだってな。どうだ?」
う、忘れてた。
「ま、まあね。大丈夫だよ」
そう言って、カレーを食べ続けた。
食後、すぐに自室に行き、またSNSを開く。結局今日は勉強なんて一切せず、SNSで終わった。
次の日、昨日と変わらず、バタバタと遅刻しそうになりながら家を出た。
「あ〜遅刻するって〜!!」
角を曲がると、段ボールに黒猫が捨てられているのを見つけた。
「ん…可哀想に…」
そう思ったが、遅刻してしまうのですぐに走り出した。
ー放課後ー
下校中、行きで見つけた猫と、また会った。ひどく痩せ、今にも死にそうだ。俺はすぐに近づいた。黒猫はゆっくりと俺の方を振り返ると、また頭を下に下げた。
俺は迷わず家に帰り、パパに相談した。なんとかあの猫を助けたかった。
「黒猫が?今にも死にそうだって?」
とりあえず様子を確認しようということでパパと一緒にあの角へと向かった。さっきより元気のない顔をしているように思った。
「ほう。確かにな。」
パパはそっと猫の頭を撫でた。
「家で少し餌をあげよう。」
パパがそう言った。段ボールごと、家に持ち帰る。俺の自室に連れてきて、すぐにミルクをお皿に注いで黒猫の前に置いた。真っ白いミルクが注がれたのを黒猫は認識するのに時間がかかったように思えた。黒猫はのっそりと身体を起こすと、ミルクを飲み始めた。そんな様子を横から見守っていた。
「可哀想だ。一体誰がこんな事を…」
窓を開け、風を入れる。空には糸のように細い月があった。星たちはその月の存在を隠すかのように光り輝いていた。と、外を眺めていると急に後ろから「ゴトン!!」なんて、聞こえるものだから「何だ?!」
と驚いた。
「…」
黒猫がいない。代わりに、汚い布を羽織った…誰がが座っていた。あの黒猫のように痩せ細り、呼吸が今にも消えそうだった。まさか…
「え、え…あ、あの…」
俺がその人の顔を確認しようと近づくと、その人は後ろに転んだ。おそらく俺から逃げようとしたのだろう。その人は、何処かの少女だった。目には確かに涙が見えていた。口からミルクが少し垂れていて、黒猫だった人だろう。
「あ、あ、あ…!?」
目の前で起きている出来事が信じられなくて、ただただ固まることしかできなかった。俺が助けたのは確かに黒猫だったはず…少女ではないはずだ…
少女は手で口から垂れたミルクを拭うと、興味深そうに俺に近づいてきた。俺はすぐに部屋を飛び出し、深呼吸をした。
「…あ…ハハ…」
ゆっくりと階段をおり、パパに相談することにした。
「黒猫が少女になったって?ハハハ!!俊斗は想像力があるなぁ。」
いや、冗談じゃない。
パパは笑いながら俊斗の部屋に向かった。
「いいかい。俊斗。猫が人間になるってことは…」
パパはそう言いながらドアを開けた。部屋の中には確かに少女がいた。渡したミルクは全部無くなっていて、皿が隅の方に置かれていた。
(な、何だ?おかしい。おかしい)
パパもそう思っているだろう。確かに黒猫は少女と化していた。
「お、おい…き、君…」
パパが不思議そうな、少し恐怖しているような顔でそう言う。
「…ぁ…」
その少女が口を開いたが、まだ言葉は発していない。
「よ、よし…取り敢えず警察に報告しよう。」
パパがそう言ってスマホのあるリビングに戻ろうとした時、少女は咄嗟にパパの方に飛び移り、部屋に連れ戻した。
「な、どうしたんだ?」
「…警察…行かないで…ください…」
小声だったが、はっきりとそう聞こえた。無力にも、全力で警察を拒んでいるみたいだ。
「あいや…でも…」
「お願いします…」
少女はその場に座り込んだ。俺もパパも何となく可哀想になって警察には言わなかった。
まずは風呂に入れた後、寝かせることにした。これで疲れも取れるだろう。
「一体なんなのさ?あれ」
俺はリビングで掃除をしているパパに言った。まだ、俺の頭は現実で起きたことを信じていない部分もある。
「…でも、確かに人間だった…」
パパは下目線で、掃除の手を止めずにそう答えた。
「…まあ、少しの間、家で保護することにしよう。」
パパがそう言ってキッチンに向かったから、それ以上のことを聞くのは辞めにした。
それから1週間。俺達の質問にはほとんど答えてくれなかった。ただ「…ぁ…」と言うだけだった。でも、10日も経てば、会話が成り立つようになった。何とも天気の良い昼下がりの土曜日。ダイニングテーブルに座り、少女に再度質問を投げかける。
「君、名前は?」
「…名前…?」
「あぁ…なんて呼んだらいいのかと…」
「…№A-198…です…」
「な、№?!」
突然の意外な回答に言葉を詰まらせる。
「あいや、番号じゃなくて…その…俊斗とか、浩一とか、そういう…」
「無い…です…」
無い?名前がない、ということか?
「私は…№A-198です…」
結局、名前は№A-198としか言わなかった。
今日の夜、俺は№A-198と星空を眺めていた。
「№A-198…?」
「はい」
「新しく俺が名前をあげるよ。」
「名前を…ですか…?」
「あぁ。そうだな…じゃあ…愛花、とか?お花とか好きそう(笑)勝手に想像してるけど(笑)」
俺はそう言って笑った。何となく、愛花といる時間が幸せに思えた。




