第十話
聞いてないぞと言いたげに思いきり睨んでくるショーンに、ギルバートは心の中で答えた。
(言うわけないだろう。反対されてめんどくさいことになるんだから)
「ひとつずれろよ、ショーン」
フランシスの顔から手を離したマリオンが、不貞腐れているショーンに言った。
マリオンを玄関まで迎えに行っていたクリストファーが、椅子をひとつ持ってきてフランシスの隣に押し込んだ。
当然のように隣にいたショーンは、しぶしぶ椅子ごと移動した。
「来てくださってありがとうございます、マリオン殿下」
ギルバートは礼を言った。
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう。俺は目下アステラ城に出禁状態だから、こういう形じゃないとフランシスに会えない」
笑顔で言いながら、マリオンは隣のフランシスの顔にナプキンを当てた。
「ほら、もう泣くな。やっと会えたんだから」
フランシスは声を出すこともできず、ただ頷いた。
「信じられない。ジュリアでも泣くんだ」
ボブが目を丸くして言うと、リチャードも頷いた。
「僕もびっくり。学校ではいつも、ほとんど無表情だったのに」
「ジュリア? ああ、こいつのことか」
言いながら、マリオンはフランシスの髪をくしゃくしゃ撫でた。
「こいつは実はけっこう泣き虫だぞ」
「嘘泣きも得意だし」
やけ食いのように料理を口に突っ込みながら、それをのみ込まないままショーンが言う。
「嘘泣き?」
マリオンが問いかけると、彼が知らないことを知っていることが嬉しいのか、ショーンはにやりと笑った。
「嘘泣きしてディアスの国王を……」
「ショーン」
ロビンが小さいが厳しい声で窘める。
「あ、やばい、これはマリオン殿下には内緒だった」
気まずい雰囲気になりそうになったときに、パトリシアがマリオンの前に料理を運んできた。
「皆さんが釣ったお魚で作ったマリネです」
ナイスタイミングと、ギルバートは心の中で拍手した。
「へえ、うまそうだな」
「作ったのはパティだよ。いい奥さんになれるよね」
クリストファーは言いながら、ギルバートに笑いかけた。
ナイフで一気に料理をカットしてしまうと、マリオンは右手にフォークを握り、左手でテーブルの下のフランシスの右手を握った。
「あ、これじゃ食べられないか」
そしてマリオンは、フォークに刺した魚をフランシスの口元に運んだ。
「俺が食べさせてやる」
フランシスは、まだ濡れた目でしばらくその魚を見ていたが、ゆっくりとそれを口にふくんだ。
「やめてくれませんか!? 俺たちの前でそういうことするの!」
ショーンは本気で怒っていた。
「いいじゃないか。一ヶ月ぶりに会ったんだぞ。泣くほど会いたがってくれていた相手に」
マリオンは少しも悪びれずに笑っている。
「『殿下、大人げないです』って言う人もいないしね」
カイルの口真似をして、クリストファーも笑った。
「そう言えば、お一人でいらしたんですか?」
ギルバートが問いかけると、マリオンは今度は野菜を片手で器用にフォークにのせながら言った。
「いや、馬車の中に従者を待たせている」
「えっ」
「あまり長居はできないんだ。だから少しくらいべたべたするのは許せよ」
言いながらまたフォークをフランシスの口元に運んだが、彼女は顔をそらし、マリオンの手をふりほどきながら立ち上がった。
そして全員が驚いて見ている中、部屋を飛び出して行ってしまった。
後を追おうとしたパトリシアをロビンが制した。
「私が行くわ」
そして立ち上がって呆然としているマリオンに苦笑して見せる。
「食べるとすぐ吐いちゃうのよ」
ロビンの背を心配そうな顔で見送ったパトリシアは、ポツンとつぶやいた。
「ご病気じゃないとわかっていても、おいたわしいです」
「女って大変だね」
「せっかく殿下に会えたのに」
ロジャーの言葉に続いて、クリストファーがしょんぼりした顔で言った。
「一言もしゃべらなかったな。最初は感極まっているだけかと思ったが」
そう言いながら、マリオンはすとんと椅子に座った。
「精一杯我慢してらしたんだと思います。ご気分が悪いのを……」
パトリシアは涙ぐんでいた。
「待たせているっていう従者の方も、ここに呼んで一緒に食事してもらったらどうですか?」
ギルバートの提案に、パトリシアが涙を拭いながらマリオンの方を見た。
「お料理はたくさんありますよ。私、呼んできますか?」
「そう……だな……」
マリオンはためらっているようだった。
「じゃあ、そうさせてもらうか。ただし、ここじゃなくて別室でいい。カイルと違って、フレンドリーな奴らじゃないんで」
「そんなこと気にしませんよ。ただ一緒に食事するだけだし」
ギルバートの言葉が終わらないうちに、パトリシアが迎えに出ていった。
「まあ、隠しててもしょうがないし、あいつらが来たら変な雰囲気になるかもしれないから先に言っておく。聞かせたくない奴はちょうど席を外してるし……」
珍しく歯切れの悪いマリアンの口調だった。
聞かせたくない奴というのは、フランシスのことだろうとギルバートは思った。
「ここへ来る途中に立ち寄った店で、居合わせた客に石を投げられた」
「えっ」
少年たちは同時に驚きの声を上げた。
「従者の一人が俺をかばって軽い怪我をした。手当はしたから心配はないが、たぶんあいつらは、お前たちアステラの人間にいい感情は持っていない」
「あの……記事のせいですね」
ギルバートが言った。
「アステラの人たちにこんなに顔が知られているとは思わなかった。俺も有名人になったもんだな。次からは変装して来ないと」
マリオンはあっけらかんと言った。
「すみません。僕らも、あんな記事でたらめだらけだって、みんなの署名を集めて抗議文を送ったんです。でもどの新聞社にも雑誌社にもスルーされて」
「子供だからバカにされてるんだよ」
ショーンがまたガツガツ食べながら言った。
「ありがとう。そんなことをしてくれたのか。でもいいんだ。わかってほしい人だけわかっててくれれば。それに俺が悪者になっていれば、フランシスが批判されることもないだろう」
「かっこいーっ」
クリストファーが称賛すると、マリオンは嬉しそうに笑った。
「そうか? もっと言え、クリス」
「でも、ジュリアは辛いだろうね。好きな人がぼろくそ言われて」
リチャードが言うと、ギルバートが首を振った。
「新聞はロビンさんが必ずチェックしてから見せてるって聞いたよ。ストレスは胎教によくないから」
「低俗な雑誌はもともと見ないだろうしね」
クリストファーも言った。
「そうか。ならよかった」
マリオンがホッとした表情で言った。
そのとき、パトリシアに連れられて二人の男が部屋に入ってきた。
マリオンは立ち上がった。
「カールとジョゼフだ」
頭を下げた二人に、マリオンは少年たちを紹介する。
「みんな、俺の婚約者の友人だ。気楽に接していい」
だが、二人の笑顔はひどくぎこちなく見えた。
カールの頭には、白い包帯が巻かれている。
二人が席に着いて、メイドが追加の料理を運んできたとき、ロビンに支えられてフランシスが戻ってきた。
「つらそうだから、もう休ませるわ」
マリオンは立ち上がった。
「ごめん、みんな……」
青ざめた顔が戻らないフランシスの元へマリオンが歩み寄り、クリストファーも後に続いてその顔をのぞきこんだ。
「お風呂入る?」
「うん」
「案内してくれ、クリス」
マリオンの言葉に驚いて、ショーンが立ち上がった。
「まさか一緒に入るんじゃないでしょうね!?」
「一人じゃ心配だろう」
澄ました顔でマリオンは振り向く。
「だから、俺たちの前でそういうことしないでくださいって!」
「せいぜいやきもち妬いてろ、ショーン」
「殿下!」
フランシスの肩を抱いて出ていこうとするマリオンを、従者の一人が立ち上がって呼び止めた。
「そろそろ出発なさいませんと」
フランシスも振り向いて彼らを見た。
「あと一時間」
マリオンは片手を拝むように顔の前に立て、ウィンクして見せた。
そのマリオンの腕を、今度はロビンがつかむ。
「殿下、まだ、駄目よ」
一瞬だけなんのことだろうとキョトンとしたマリオンは、すぐに婦人科医の心配を理解した。
「わかってるよ。いくら俺でも、こんな死にそうな顔をした女の子を襲ったりしないって」




