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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第一章 森と月光と王子の恋

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第九話

 力だけならまだ負けないはずだが、腕の中で抗ったその細い体を、マリオンはすぐに解放してあげた。

 また平手打ちされるのを覚悟したが、少し濡れている目で睨んだだけで、フランシスはすぐに白馬に飛び乗って行ってしまった。

(焦るな、俺)

 去っていく背中を見送りながら、マリオンは自分自身に言い聞かせた。

 相手はまだ、初潮を迎えたばかりの14歳の少女なのだから。

(だが、焦らなければならない理由もあるな)

 娘との結婚を急がせようとしている叔母の顔が浮かんだ。

 爆弾を落とす決断を、マリオンは心の中で固めた。


 少し心配したが、夕食の席にちゃんとフランシスは現れた。

 だが、まるでそこに誰もいないかのようにマリオンを無視している。

 車椅子を側近に押させて、ジェイソン国王も席に着いた。

 成り行き上、手伝うふりをしたとカイルが言っていた料理が運ばれてきて、表面上は楽し気な晩餐が始まる。

 バルトワに比べれば料理も食器も質素なものだったが、料理人の腕がいいのか、それともマリオンがいるから今日は特別なのか、口の肥えているマリオンにもおいしいと感じるものばかりだった。

 国王が堅苦しい政治の話を始めても、パトリシアの無邪気な声がすぐに話題を変えてしまった。

「楽しそうだな、パティ」

 国王が娘に笑いかけた。

「だって、いつもすぐに帰ってしまうマリオンが、初めて泊ってくださるんですもの」

 そしてパトリシアは、隣のフランシスに肉を切り分けてあげた。

「これ美味しいわよ、フランシス」

 自分の前では恐い顔ばかりしているフランシスが、姉に微笑して見せた。

 これは演技なのか、普段も仲がいいのか、マリオンには判断できなかった。

 特にパトリシアは、昼間、「かわいがってあげていないのか」と自分に問われたことが、心に引っかかっているかもしれない。

「ねえ、ジェイソン」

 食後のコーヒーが運ばれてきたタイミングで、グレース王妃が切り出した。

「昼間、マリオンには話したんだけど」

「その前に、僕からいいですか」

 その王妃の言葉をマリオンは遮った。

「このたびの、我々バルトワ軍の働きに対して、褒賞が欲しいんです、陛下」

「褒賞?」

 国王は明らかに困惑した顔をした。

 アステラがディアスと戦ったのはバルトワのためでもあることは暗黙の了解のはずで、豊かさで勝っている方の国が見返りを求めてくるとは思っていなかったのだ。

 そんな国王にマリオンは笑顔を向けた。

「もちろん、金品とかそういうものではありません。三つの要求を呑んでいただきたいのです」

 そして、まだ戸惑っている国王の返事を待たずにマリオンは言った。

「一つ目は、パトリシアとの婚約を解消すること」

 一瞬で、場が凍りついたのがわかった。

 幸せの絶頂にいるような顔をしていたパトリシアは、見る見る青ざめていった。王妃も同様である。

 それにかまわずにマリオンは続けた。

「二つ目は」

 口から心臓が飛び出しそうなほど、マリオンは自分が緊張しているのを感じた。

 言っていいのか? 間違ってはいないか?

(いや、きっとこれが、最善の道のはずだ)

「フランシスと、僕の婚約を認めてもらうこと」

 静寂の後、パトリシアの弱々しい声と、王妃の甲高い声が同時に響いた。

「なんですって?」

「マリオン、どうかしちゃったの?」

 フランシスは、パトリシア以上に青ざめていた。

「マリオン殿下!」

 さすがに非難の声を上げた国王の声を、王妃の金切り声がかき消した。

「この子は男の子よ!」

「三つめは」

 さらにその声をマリオンの声がかき消す。

「二つ目の要求を満たすために、フランシスが女性であることを公にすること」

 がくがくと震えだしたフランシスに、マリオンはいたわりの目を向けた。

「もちろん、本当はしゃべれることも」

 大きな音を立ててテーブルを叩きながら、フランシスは立ち上がった。そして憎しみのすべてを込めたような瞳で、マリオンを睨みつけてくる。

「わかってるよ、フランシス。お前と、そして陛下がどれほどそのことを隠したかったか…。だけど無理だ。見た目が男みたいな女もたまにいる。そんなふうなら騙し通せたかもしれないが、お前の容姿では無理だ。近い将来、必ずばれる。そうしたら何かとややこしい問題が起こるだろう。奇異の目で見られるだろうし、何より父上が、あのプライドの高い父上が、騙されたことを許さないだろう。真実を知った時に、俺がこの国を信用できないと思ったように」

「ちょっと待って、マリオン!」

 王妃が割って入った。

「話が理解できないわ。もっとわかるように説明してちょうだい」

「ああ、そうですね」

 そしてマリオンは国王の方に顔を向けた。

「僕から話していいですか、陛下」

 国王は大きなため息をついた。

「いや、私から話そう」

 そして妻と娘に目を向けた。

「フランシスの母親は魔術師だった。男児を身籠ったが、アステラの男児は命を狙われることを危惧して、魔法でこの子を女の子にしたんだ。だが、既に戦の神の祝福を受けていた赤ん坊は、男の心を持って産まれてきた」

 黒魔術師に触れないのは王妃を刺激しないためだろうかと考えながら、マリオンは隣の叔母に目をやった。

 これ以上ないくらい青ざめて、王妃は夫の話を聞いていた。

「どうすればいいか決めかねた私は、とにかくフランシスを世間の目から隠した。成長したこの子は、本当に中身は男だった。だからジュリアンが亡くなった時、後継者にするためにこの子をここへ連れてきたんだ。隠していてすまなかった。グレース、パティ」

 目を丸くしていたパトリシアは、やがて震えるような声で誰にともなく言った。

「でも…、でもそんなのわからないじゃない。中身が男って…。マリオンが言った外見が男みたいな女がいるように、性格が男勝りなだけかもしれないでしょう?」

「パティ、昼間フランシスが戦場に行ったことを驚いていただろう?」

 国王の代わりにマリオンがパトリシアに答えた。

「男勝りっていうだけで女が戦場で戦えると思うか? 戦の神グラディウスの祝福を受けて産まれた男の子だから、それができたんだ」

「じゃあ、じゃあ男なの? 女なの?」

 思わずパトリシアは、隣のフランシスを凝視していた。

「どっち?」

 いたたまれずにうつむいているフランシスを見ながら、パトリシアはハッと思い出して思わず口元を押さえていた。

「今朝の、血…」

 さすがに控えようと思ったのか小さな声だったが、パトリシアが何を言ったのかマリオンにはわかった。

「そんな…そんな子と、どうしてあなたが結婚するの、マリオン! 男でも女でもないなんて、まるでかたわじゃ…」

「叔母上!」

 最後まで言わせず、言葉に怒気を込めてマリオンは立ち上がった。

「あなたのようないわれのない中傷をする人間から、彼女を守るためです」

「なん…ですって?」

「バルトワの世継ぎの妻を中傷するような人間がいるとしたら、それは身の程知らずの愚か者だけだ」

「お兄様が、国王陛下が許すはずはないわ!」

「そうでしょうか、叔母上。知ってますか? いとこ同士は血が濃すぎるから、障害を持っている子供が生まれる確率が高いんです。それでも父上は、僕の妻にパティを選んだ。リスクを負ってでも、グラディウスの祝福を受けた子供を身内に欲しいんです。だったら、フランシスの方がよりふさわしい。幸い彼女にあなたの血は流れていない」

 先天性の障害を持って生まれる子供が多いある辺境の地を調べた学者が、近親結婚が多いことを報告したため、マリオンとパトリシアの婚約を危惧する声は少なくなかった。

 それでもニコラス国王は、パトリシアを自分の後継者の妻に選んだ。

 もしも健康な子供が生まれなかったとしても、その時は側室に産ませればいい。

 それが当たり前だった環境に育ったマリオンは、父の決定に何の抵抗もしなかった。もとより、結婚に義務以外の何も感じてはいなかったのだ。

ただ、選ばれたのがパトリシアだったことには、多少の幸運を感じていた。自分になついているこの無邪気な従妹に、マリオンは恋ではない愛情を確かに持っていたのだ。

 すすり泣きが聞こえた。

「ひどい…」

 いつも愛らしい笑顔しか見せなかった従妹が、いま両手で顔を覆っていた。

「ひどいわ!」

 立ち上がって出ていこうとしたパトリシアの手を、フランシスが掴んだ。

「姉上!」

 泣き顔のまま、パトリシアは呆然とフランシスを見た。

「しゃべった…」

「僕は結婚しません! こんなやつと」


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