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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第五章 罪と再生とロイヤルベイビー

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第三話

 少し離れた部屋から、何やらにぎやかな声がした。

「アランさんが来た」

 ギルバートの言葉を聞いて立ち上がったフランシスの手を、ショーンがつかんだ。

「行くなよ。どうせ報酬もらいに来ただけだろ」

 強く引かれてまた座らされる。

「あいつさ、ねちねち嫌味言う割には、お前を見る目やばかったぞ。絶対あれは、好きな子をいじめるタイプだ」

「じゃあショーンと同じじゃん」

 鼻にティッシュをつめたクリストファーが言った。

「お、俺は違う! 俺は、こいつが男だと思ってたから、女みたいな奴だと思ってちょっかい出したんであって……」

「あ、女王が、亡くなったって……」

 ショーンよりアランたちの会話の方に耳を傾けていたらしいギルバートが言った。

「俺は女には優しいんだ! 絶対大事に……おい、フランシス!」

 フランシスは青ざめた顔でまた立ち上がり、ショーンの手を振りほどいて部屋を出て行ってしまった。


「打ちどころが悪かったんだろう。あのまま、意識が戻ることなく亡くなったらしい」

 王宮の使用人にも革命軍の仲間がいるため、公表される前にそのニュースはアランの耳に入った。

「ある意味、幸せな死に方だったんじゃないか? 暴君が死んで抑える必要がなくなった内外の批判が一斉に女王に向けられて、もっと悲惨な末路が待っていただろうから」

 部屋にはマリオン、カイル、ビリー、フィリップ、そして当主になったロビンがいた。

 アランも二人の仲間を連れてきている。

 そのアランが、話していたマリオンから視線を逸らし、開いた扉の方を見た。

 マリオンたちも振り向く。

「子供は?」

 思いつめた表情で、フランシスが立っていた。

「女王の子供はどうなるの?」

「誰?」

 アランがマリオンに問いかけた。

「フランシスだよ。わからないのか?」

 アランがまたあっけにとられた表情でフランシスを見る。

「え……男だったのか? あ……でも、母親になるって言ってたよな?」

 フランシスはいつもの白いシャツと黒いスラックスという姿だった。

 しかもせっかく伸びた髪をばっさり短く切ってしまっている。

「それにしても短くしたもんだな。双子の弟だって言っても通用しそうだ」

 頭脳明晰で怖いもの知らずのアランの混乱ぶりに、マリオンは少し愉快な気分になって言った。

「座りなさい、フランシス」

 ロビンに呼ばれて、フランシスは歩み寄ってきてその隣に座った。

 そしてアランをじっと見る。

 アランも、困惑した表情は消え、興味津々という様子でフランシスを見ていた。

「そう言えば、聞き間違えたかと思っていたけど、昨夜確かに『僕』って言ってたな。男装の麗人? 男になりたい女ってやつ?」

「そんなことはどうでもいいだろう、アラン。フランシスの質問に答えろ」

「質問? なんだっけ」

「女王の子供のことをフランシスは心配している」

「心配? なんでそんな心配するの? これはあなたが蒔いた種だよ。国王だけじゃなくて女王を殺したのだってあなたでしょ? アステラの魔術ってやつで」

「女王は殺してない。忘れたのか。お前が女王に向けた銃の前に、フランシスが立ちはだかったことを」

「ああ、あの女を殺すなってやつね。でもそんな涙ぐましい自己犠牲に少しも恩義を感じず、女王はあなたたちを殺せと命じた。だからあなたの守護神とやらが頭にきて、女王を成敗したんでしょ。だったら、あなたが殺したのと同じじゃない」

「女王は殺されたんじゃない。あれは事故だ。神の仕業かどうかなんて俺たちにわかるわけないし、仮にそうなんだとしてもそれはフランシスのせいじゃない」

 アランの言葉は全部フランシスに向けられているのにすべてマリオンが答えるので、アランは呆れたような顔で苦笑した。

「僕のせいでいいよ。だから質問に答えて。子供はどうなるの?」

「どうなるかなんて、一介の平民の俺なんかにわかるわけないでしょ」

「あなたは、王族を皆殺しにすると言った」

「覚えていてくださって光栄です」

 にこやかに言ったあと、アランの声のトーンは一変して冷たくなった。

「あなたが余計なことをしなかったら、俺たち革命軍がいずれ王族全員の血と引き替えにこの国を生まれ変わらせた。民衆の怒りを思い知らせなければ、贅沢というぬるま湯にどっぷりつかりきっている貴族たちの誰が後を継いでも、きっと何も変わらないから。だけど国王も女王も死んでしまった今となっては、俺たちがその子供だけを殺すようなケチなことをしたらかえって逆効果になる。貴族たちの腐敗した政治をぶち壊すためには、何より民衆の支持が必要だから」

「すごいな。本気で国政に乗りこむつもりか」

 マリオンが感心して言った。

「それをいち早く成功させるためには、どうしても民衆を熱狂させるヒーローが必要だった。暴君を倒すヒーローが……。それを、誰かさんに奪われた」

 アランはまたフランシスを見た。

「それはしょうがないだろう」

 黙っているフランシスに代わって、またマリオンが答えた。

「俺たちには俺たちの事情がある。フランシスはこの国の人質にされていたんだから。それにどう考えても、昨日の時点ではお前たちの革命が成功するめどなど立っていなかったし、いつかそれが成し遂げられるとしてもかなりの時間を費やし、多くの犠牲を払うことになっただろう。結果的には、フランシスの行動はお前たちの大きな助けになったはずだ。ヒーローには、これからいくらだってなれる。平民が国政に進出するなんてことをやってのけられれば」

 アランはしばらく黙ってマリオンを見ていたが、やがてフッと笑って目を伏せた。

「まあ、確かにそうだね。腹の虫はおさまらないけど、感謝しなきゃならないのかな、このお姫様に」

「子供に手を出さないと約束してください」

 アランは顔を上げてフランシスを見た。

「感謝なんかいらない。子供たちを……」

「そういうところが気に入らない」

 アランはフランシスの声を遮った。

「女を殺すな。子供を守れ。でもそいつらを不幸にしたのはあなただ。自分のしたことを棚に上げてきれいごとばかり……」

「アラン!」

「じゃあその子供が成長してあなたに復讐しようとしたら、あなたは喜んで殺されるのか?」

「やめろ、アラン!」

 マリオンは立ち上がった。

「彼……いや、彼女か? 彼女のために言ってあげているんですよ。子供の心配をするくらいなら、最初から人殺しなんかしなきゃいい」

「これを持って、さっさと帰れ!」

 マリオンが指し示した報酬が入った紙袋を、カイルが歩み寄ってアランに手渡した。

 アランは黙ってそれを受け取り振り向かずに後ろにいる仲間に渡すと、テーブルを回ってフランシスの前に歩み寄ってきた。

「おい!」

 マリオンがその前に立ちはだかる。

「何もしませんよ、こんな強いお姫様に。でも……」

 そして体を傾けて背後のフランシスを見ると、口元にだけ笑みを浮かべた。

「最強なら最強らしくしていてください。いい子ぶらずに」

 そう言うとまたマリオンに目をやった。

「それが言いたかっただけです。それじゃ……」

 そして歩き出したアランたちは、入り口のところで立っている三人の少年を見て足を止めた。睨んでいるショーンに苦笑してみせると、黙って彼らの横をすり抜け、部屋を出る前に一度振り向いた。

「あなた方の国もせいぜい気をつけてください。民衆の反感を買わないように」

 出ていったアランたちと入れ替わりに、ショーン、ギルバート、クリストファーが部屋に入ってきた。

「気にするな、フランシス」

 マリオンは黙っているフランシスの前にしゃがんだ。

「反体制派の人間っていうのはああいうもんなんだろう。頭にはくるが、あいつの言うことも一理ある。だけど……」

 そしてマリオンは、自分を見ないフランシスの手の上にその手をのせた。

「お前が子供の心配をするのも当たり前のことだ」

「昨日も言ったでしょう? 間違った親ならいない方がいいって。ちょっと乱暴な考えかもしれないけど」

 ロビンも、フランシスの肩に手を置きながら言った。

「あなたが国王を殺さなかったら、あのアランの言葉通り、本当に革命軍の手で王子も王女も殺されていたかもしれない」

「そうだな。おそらく、ウォートン公爵か誰か知らんが、次期国王が子供たちを養子にするんじゃないか? そうすれば、反対勢力が子供を利用して政権を奪おうとすることも抑止できるし。まあ、次期国王に実子がいたら面倒なことになるのかもしれないが、そんなことは俺たちが心配することでもない」

「フランシス様」

 聞きなれない声がして、やっとフランシスは顔を上げた。

「どうしても心配だったら、私がここに残って様子を見ましょうか?」

 ビリーだった。

「バルトワの王子の家臣がここに残って監視していることを知らせておけば、次期国王も殿下の意に添わない行動はしないんじゃないでしょうか? 後継者のことまでは口出しできないでしょうが、子供の安全くらいは保障してくれるのでは?」

 マリオンはまじまじとビリーの顔を見た。

「本気か?」

「そのことがなくても、今後のためにこの国の動静をしばらく注視する必要があるのではないかと思っていました」

「そうしてもらえればもちろん助かるが、お前はそれでいいのか?」

「この家の兵士たちも大半が出国したがっているようですが、そうなるとここがすごく不用心になるのではという心配もあります。もちろん、ファーガソン夫人が私の滞在を許してくださればですが……」

「ご心配いただいてありがとうございます」

 ロビンはビリーに頭を下げた。

「滞在していただくのは全然かまいません。ただ、この家に私兵が多くいたのは、夫が特殊な任務を国王に命じられることが多かったからです。今となってはそれもないでしょう」

「ですが、昨夜あなたをスパイよばわりする奴もいた。もしかしたら、しばらくは身辺の安全に注意した方がいいかもしれない」

「その心配は無用だ。ファーガソン夫人は俺たちと一緒にアステラに行く」

「え、そうなんですか!?」

 マリオンの言葉に、ビリーは驚いてロビンを見た。

「まだ決めたわけでは……」

 ロビンは困惑した様子でマリオンから顔を逸らした。


 だが、ロビンの決心を促す出来事が翌朝起こった。

 ドアを激しく叩く音に驚いて、起きたばかりだったロビンはネグリジェにガウンを羽織ってドアに駆け寄った。

「伯母様……」

 フランシスが涙を浮かべながら立っていた。

「僕……流産したかもしれない……」 

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