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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第四章 剣と子守唄と殉愛の旅

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第十九話

「こうなったら、すぐに決行する。みんな協力してくれないか」

 フランシスは、表情を引き締めて友人たちを見回した。  

「きっとみんな、疲れ果てて当分起きてこないと思う。特におじい様は……。だから、抜け出すには絶好のチャンスなんだ」

「抜け出してどこへ行くんだよ」

 ショーンが問いかける。

「それは知らなくていい」

「なんでだよ!?」

「虫がいい話かもしれないけど、ただ僕を信じて、僕に力を貸してくれないか?」

「僕たちにどうしろと?」

 ギルバートは身を乗り出した。

「僕がここにいないことを、なるべく長い時間みんなに気づかれないようにしてもらいたい。クリスが僕のふりしてベッドに寝て、僕がつわりがひどくてギルバートがつきっきりで僕の看病をしていると、ショーンがみんなに言ってほしいんだ。そしたら、たぶんマリオンは意地でもここへは来ないと思う。もしかしたらそんな偽装をしなくても、僕に幻滅して近づく気なんかなくなってるかもしれないけど……」

 ショーンが腕組みして少し不貞腐れたような顔をする。

「俺たちが全員あなたに惚れてるからって、なんでも言うこと聞くと思ってるのか? せめて、何をするつもりかくらい話せよ」

「何をするつもりか、わかる……」

 考え込んだ表情のままそう言ったギルバートを、ショーンとクリストファーは驚いて見た。

 ギルバートはまっすぐな視線をフランシスに向けてきた。

「王宮へ行く気ですね」

 フランシスは表情を変えない。

「国王を討つんですね」

「さすがだね、ギルバート」

 フランシスは微笑した。

「そ、そんなの危険だよ!」

 クリストファーが悲鳴のような声を上げたとき、救急箱を取りに行っていたパトリシアが戻ってきた。

「君たちだって、危険を冒してここまで来てくれたじゃないか」

 そう言ったあと、フランシスはパトリシアに笑顔を向けた。

「ありがとう、パティ」

 救急箱を受け取ろうとするフランシスに、

「私がやります」

 と言い、パトリシアはギルバートの顔の怪我の手当てを始めた。

「僕たちは一人じゃなかった。強い戦士たちと、特殊な能力を持つ仲間がいた」

 パトリシアのことなど視界に入っていないような深刻さで、ギルバートは言った。 

「今回は、一人の方が危なくないんだ。複数いたら、犠牲者が出る危険性がある。その人たちを守らなきゃならない負担を抱えたくないんだ。僕は、一対一なら絶対負けない」

「国王と一対一になれるのか?」

 国王というショーンの言葉を聞いて、パトリシアは驚いてフランシスを見た。

「今なら、そして僕ならなれる。そうなるためには、マリオンたちがここへ来たことを国王に知られないうちの方がいい。僕が囚われの身だと思われているうちの方が」

「どうやって帰ってくるんだ?」

「そう。ちゃんと帰ってくるためにも一人の方がいい。僕一人ならなんとかなる」

「なんとかって……。まさか、自分が犠牲になろうとしてるんじゃないでしょうね」

 ギルバートと一緒に、パトリシアも心配げな視線を向けてくる。

「そんなことないさ。僕にはこの子がいるんだから」

 そう言って押さえたおなかを、愛しさをこめた目でみつめた。

「この子のために、この子の未来のために、僕はアステラの敵を倒したい」

 そしてまた、友人たちに顔を向けた。

「そしてそれは、命がけでここまで来てくれた君たちやみんなへの恩返しでもあるんだ。君たちだって、あんなことを計画する人間が隣国にいたら、おちおち勉強もしていられないじゃないか」

 少年たちは顔を見合わせる。

「考えてもみて。このまま国へ帰って、その後で今回の落とし前をつけようとしたら、また戦争が起こる。バルトワという強い味方がいるから負けないかもしれないけど、無駄な犠牲者は絶対出る。それだけおおがかりなことになっても、ディアスの国王を倒せるとは限らない。そして、戦争が起これば結局僕はアステラ軍を率いて戦うことになるんだ。身重の体で。あるいは乳飲み子を残して。それよりは、いまのうちに元凶を倒しておいた方がよっぽど楽だ」

「国王を殺したら、よけい戦争は避けられなくなるんじゃないか?」

 ショーンが言った。

「あの国王はたぶんまだ30代だ。後継者は育っていないと思う。黒魔術師と独裁者を失った国は、きっとしばらく混乱が続く。アステラとバルトワにすぐに対抗する力なんかないはずだ」

「一番上の子は10歳の女の子でした」

 ギルバートの言葉に、フランシスはなぜ知ってるのかと驚いた。

「その子の家庭教師の採用試験を受けたんです。王宮に行けば情報が得られると思って」

「不採用だったけどな」

 ショーンが嫌味を言う。

「でもそれがあったからここにたどり着けたんじゃないか」

「僕が、王宮に来ていたファーガソンの馬車に乗って追跡したんだよ」

 クリストファーが得意気に言った。

「みんな、大活躍してくれたんだね」

 手当てを終えたパトリシアに礼を言ったあと、ギルバートが言った。

「本当に、帰ってこれますか?」

「帰ってくる」

 うなずきながら、フランシスは答えた。

「心配いらない。僕は普通じゃないから。アステラを守るために生まれてきたんだから」 

「理事長が言ってた」

 クリストファーが、珍しく真剣な口調で言う。

「フランシス様が拉致されたことは、見方を変えればチャンスだって」

「さすが、うまいこと言うね、おじい様は」

「わかりました」

 ギルバートが言った。

「僕は協力します。その代わり、僕の願いもひとつ聞いてもらえませんか」

「なに?」

「無事帰国したら、また学校に来てください。もしも許可がもらえなかったら、僕が署名運動をします」

 フランシスはまた微笑んだ。

「一期生全員、誰が欠けることもなく、卒業しましょう」

「わかった」

「僕……、僕も、協力する! 条件は、あの……」

 クリストファーは恥ずかしそうにうつむいた。

「キス一回」

「俺はセックス一回」

 ショーンの言葉に、パトリシアが真っ赤になった。

 フランシスはにっこり笑った。

「協力してもらうのはギルバートだけでいいや」

「ま、待って! じゃあ、僕は、あの……フランシス様のドレス姿が見たい」

 クリストファーの必死な言葉に、フランシスは真顔になった。

「カイルさんに聞いたんだ。すっごくきれいだったって」

 フランシスはしばらく逡巡した。

 今回のミッションを成功させるために、自分は女を武器に使おうとしている。だからそれなりの格好をした方がいいに決まっている。ただ決心がつかなかった。その背中をいま押されたのだ。

「じゃあ、いま着る」

「え……」

 まさか本当にかなうとは思っていなかったのか、言った本人が一番びっくりしていた。

「パティ、眠いだろうけど……」

「大丈夫です。ドレスを持ってくればいいんですよね。伯爵様が山ほど用意していました」

 パトリシアは嬉しそうだった。

「あのまま誰も着る人がいなかったら、ドレスがかわいそうだと思っていました」

「じゃあ、俺の二番目の条件は……」

 パトリシアが部屋を出ていくと、またショーンが言った。

「ショーンはいいよ」

「聞くだけ聞けよ!」

 そして柄にもなく真面目な顔をする。

「俺はあなたの右腕になりたい。マリオン殿下とカイルさんみたいな関係になりたいんだ」

「僕はいいけど、きっとマリオンが許さないと思う」

「あなたたちはどうせ破局するよ。なんせ、エロおやじなんて言っちまったんだから」

「エロおやじなんて言ってないって」


 兵士たちの治療を終えると、ロビンは遺体を安置している地下室までやってきた。

 ほかの兵士たちと一緒に、デヴィッドの遺体もそこに安置されていた。

 その死に顔をみつめながら、ともに過ごしてきた日々を思った。

 国王から爵位と邸を与えられてからは、体面を整えたり使用人たちを束ねるために夫婦という形をとった方が都合がよかった。だから自分たちの結婚に愛などなかったことをロビンはわかっている。

 それでも、自分たちは運命共同体だった。もしかしたらそのへんのどの夫婦よりも、強い絆で結ばれていたのではないか。

 自分の人生で、デヴィッドだけが自分の理解者だった。

 そしてデヴィッドにとっても、自分以外に彼をわかってあげられる人間などいなかっただろう。

 あのデヴィッドを溺愛して魔術を教え込んだクロードでさえ、彼を本当に支配することはできなかった。

 これからどうすればいいのかわからない。

 フランシスは自分に死ぬなと言ったが、自ら命を絶たなくても、おそらく国王がこの身を制裁するのではないか。人質を奪われることをもはや止めようがないのだから。

 そうなる前に、全財産をパトリシアに譲ろう。あの子のかわいそうな弟の治療費のために。

 そう決心して、ロビンは地下室を出た。

 せめて、ロッドが育てた花を供えてあげよう。

 そんなことを考えながら窓の外を見たロビンは、ふと足を止めた。

 裏口から、そのパトリシアが外へ出ていくのが見えた。

 まだ夜が明けたばかりの時間なのに。

 不審に思って見ていると、辺りを窺っているらしいパトリシアがやがて振り向いて小さく手招きをし、もう一人の少女が姿を現した。

(エレナ!?)

 薄桃色のドレスに身を包んだその少女を見たとき、ロビンの頭に真っ先に浮かんだのはその名前だった。


「じゃあ、行ってくる」

 見送ってくれる友人たちを振り向いて、フランシスは言った。

 三人とも頬を赤らめてただポーッとしていたが、ショーンが途端に眉をひそめた。

「その話し方なんとかならないのか。美女がだいなしだぞ」

「いいんだ。国王ももうわかっているから」

 この格好ではもう馬に乗れない。馬車が止めてある場所は教えてもらったのでそこへ向かおうとしたとき、

「門の鍵は閉めさせたわよ」

 女性の声に、踏み出した足を止めた。

 振り向かなくてもわかった。

 自分の大怪我を皮切りに治癒の魔法を使い続けた祖父は、おそらく一日中寝ているだろう。

 マリオンもたぶん騙せる。

 そうなると、一番厄介だと思ったのがこの人だった。

「じゃあ、開けてもらえませんか、伯母様」

 言いながら、フランシスは振り向いた。

 少年たちの後ろで、ロビンが腕を組んで立っていた。

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