第十八話
フランシスから聞いたおなかの子の父親評は、「明るい」の前に「馬鹿みたいに」がついた。そしてその後に「傲慢で自信家」と続いた。
さすがにそれは言ってはいけないと思ったが、すでにその前に自分は失言をしてしまったのだろうかと、後ろからついてくるマリオンの不機嫌な様子を感じながらパトリシアは不安になった。
フランシスの部屋の前に立ち、パトリシアはそのマリオンの方をこわごわ振り向いた。
「もうお休みになってらっしゃると思いますが……」
マリオンは何も言わずに自分の前に立ち、ノックもせずにいきなりドアを開けた。
背の高いマリオンの後ろからちらりと覗くと、ベッドではなく部屋の中央のソファでフランシスは眠っていた。そしてなんとその隣で彼女の肩を抱いて寝ていたのは、恋人だと伯爵夫人から聞いていたギルバートではなく、最初に彼と一緒に現れた大柄な少年の方だった。たしか、ショーンという名前だった。
そしてフランシスを挟んで向こう側には、さっき着替えを届けたときに一緒にいた少年が、カーペットに座りソファに顔を伏せた状態で眠っている。
肝心のギルバートは一番遠いところで別のソファに座っていたが、マリオンが中に入っていったときにはすぐに目を覚まして立ち上がった。
「あ……」
小さく声を出すと、大慌てでフランシスとショーンの前に駆け寄った。
「ショーン! おい、起きろ!」
ショーンの肩を一度ゆすったあと、今度はマリオンの前に駆け寄ってきた。
「つ、つい話し込んで、気がついたら寝ちゃってたんです。誤解しないでください」
「誤解? 誤解されるようなことしたのか、ギルバート」
「何もしてません! さっき僕がああいうこと言ったのは、あなたたちの喧嘩を止めたかったからで……」
話が終わらないうちに、いきなりマリオンがギルバートの頬を殴った。
パトリシアは思わず悲鳴を上げた。
「なにするんだ、マリオン!」
寝ぼけ眼でこちらを見ていたフランシスの目がぱっちり開き、隣にいたショーンを押しのけて、倒れているギルバートの方へ駆け寄った。
そのショーンも驚いて立ち上がった。
もう一人の少年も起きたようだったが、表情はまだ半分寝ぼけている。
「ご立派だな、ギルバート。フランシスに口止めされてるのか? その見返りはなんだ?」
「僕に怒ってるんだろ!? どうしてギルバートを殴る!?」
ギルバートを助け起こしながら、フランシスは振り向いた。
「ああ、怒ってるさ、フランシス。だけど一番怒ってるのは、お前にまんまと騙された俺自身にだ。どうやって処女のふりをした? 頭がいいのはわかってたけど、まさかそこまでずる賢いとは思わなかったよ。バルトワの後ろ盾がなくなったら困ると思ったんだろ? そりゃ、最初は政略結婚でいいって言ったさ。だけどあんまりじゃないか、フランシス! 違う男の子供を俺の子だって偽るつもりだったのか!?」
「何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど……」
呆然としているフランシスの代わりに、ショーンがそう言いながら歩み寄ってきた。
「こいつは、ロリコンよりお前たちみたいなガキの方がいいってことさ」
「ま、そりゃそうだろうね」
あくびをしながらそう言うショーンを睨んだ後、マリオンは大きな音を立ててドアを閉めながら出て行ってしまった。
ギルバートを殴るときに床に落ちたデヴィッドの服を置き去りにして。
「あ、あの……」
パトリシアはすっかり困惑していた。
「フランシス様のおなかの子のお父さんはギルバートさんだって奥様に聞いたんですけど、違うんでしょうか……」
切れた口元を拭いながら、ギルバートは驚いてパトリシアを、そしてフランシスを見た。
「ああ、そういうことか……」
別段驚いた様子も慌てた様子もなく、フランシスは言った。
「伯母様が魔術師で、妊娠や病気を普通より早くみつけられるってことマリオンは知らないから、自分の子だと思えなかったんだ」
少年たちは、異様なものでも見るような目でフランシスを見ていた。
まだ結婚さえも考えたこともないであろう年頃の彼らにとって、同年代の女の子の妊娠は相当衝撃なのだろう。
「僕たちが結ばれたのは、まだ先月の終わりのころだから」
「あの、朝帰りの日……」
まだ戸惑いを隠せないでいるギルバートに、フランシスは少し頬を染めて、でも大切な思い出をかみしめるような顔でうなずいた。
「うん」
「ああ、あの木の上にいた日。だからあのときあんなに色っぽかったんだ」
「さっき、『赤ちゃんが死んじゃう』って理事長に言ってるのは確かに聞いたんだけど、そのときは意味がわからなかった」
「ふうん。なんだ、チャンス到来かと思ったのに」
ショーンだけは不満そうだった。
「でもなんでそれが、ギルバートの子って話になるんだ?」
「みんなが助けにきてくれるなんて思えなかったから、僕はきっとここで子供を産むことになるんだろうなって……。それがマリオンの子だって知られたら、悪事に利用されると思ったから……。ごめん、ギルバート」
「私、急いで誤解を解いてきます!」
「待って、パティ」
ドアノブをつかんだ途端、止められた。
「今は言わないで。もう少しこのままにしておいて」
「どうして!? それじゃ殿下がかわいそうだよ」
「かわいそうなのはお前の方だろう、ギルバート。とばっちりで殴られて」
「でもそういうことだったら、怒るのも無理ないじゃないか」
「パティ、救急箱持ってきてくれないか? おじい様も伯母様ももうくたくただろうから、僕がギルバートの手当てをする」
「そんなことより、早く誤解を解くべきだよ。こじれたら……」
「こじれたら、俺がおなかの子のパパになってやるよ」
肩を抱こうとするショーンをかわしながら、フランシスは軽く睨んだ。
「だいたい君がフランシス様の肩を抱いて寝てるから、マリオン殿下があんなにきれたんだぞ」
「え、またそんなことしたの?」
「パティもみんなも、いまはまだマリオンには黙ってて。僕には、まだここでやらなきゃならないことがあるんだ。それをマリオンに邪魔されたくない」
また少年たちとパトリシアはフランシスに注目した。
「喧嘩しようと思ってしたわけじゃないけど、結果的によかったと思う。それに、いまイチャイチャしてブレーキがきかなくなったらやばいんだ。流産しちゃうかもしれないから」
そう言ってフランシスはおなかに手を当てた。
「だから、ひどいこと言っちゃったけど、わざと謝らなかった」
今度はショーンも赤面していた。
「イチャイチャしたいのか?」
「そりゃそうだよ。もう二度と会えないと思ってたんだもの」
「それなのに、ロリコンの変態野郎は傑作だったな」
「変態っては言ってないよ」
話の続きが気になったが、救急箱を取ってこなければと、パトリシアは部屋を出た。




