第十五話
「デヴィッド・ファーガソン!」
立ちふさがる兵士たちをなぎ倒して三階まで駆け上がったマリオンは、屈強そうな二人の兵士を従えた黒髪の男と対峙した。
「よくも俺のフランシスをかわいがってくれたな」
「俺のフランシス?」
デヴィッドは不敵な笑みを浮かべる。
「なにもわかっていないな、マリオン。あの子は、生まれた時から私のものだ。私のものにするために、私の力で男にさせなかった。私がいなければ、お前はあの美しい女に会うことすらできなかったんだ、マリオン。私に感謝するがいい」
「なにを勝手なことを……」
「だが私もお前に感謝しよう。よくぞオリバー・ブロンテを連れてきてくれた。あの子の美しい顔は甦る。その自分の最後の仕事に満足して、さっさと地獄に落ちるがいい!」
二人の兵士が剣を振りかざして駆け寄ってきた。
マリオンと、後ろに控えていたビリーがその剣を受け止める。
「殿下! この二人は私に任せてください! 殿下はあの男を!」
吹き抜けになっている二階の手すりからいきなり階下に飛び降りたフランシスを見て、ショーンは仰天した。
そして多勢に無勢で苦戦しているアステラの騎士団員たちの戦いに割って入る。
ショーンは、遅れまいとして階段の手すりに勢いよく飛び乗り、そこを滑り降りた。
「フランシス様!」
「フランシス様!」
騎士団員たちが喜びの声を上げた。
「こいつらは殺す必要はない! 動けなくすればいいんだ!」
また無茶を言っている、とショーンは呆れた。
そんな器用なことができるのは、おそらくフランシスしかいない。殺さなければ殺されかねない状況だというのに。
だが、なぜか急に相手の勢いが弱まった。フランシスの出現に驚き、そして恐れているのだとショーンにはわかった。まして、剣で切り裂いたはずの顔が元に戻っているのを見れば、そこに人ならざる者の力を感じずにはいられないのだろう。
それでも死にたくない気持ちから向かってくる兵士たちを、騎士団員たちはフランシスの言葉どおり致命傷を与えないやり方で迎え討とうとしていた。結果、ただ応戦するだけになってしまうアステラの騎士団たちの中心で、フランシスは敵の足を、肩を、素早い動作と剣さばきで切り裂いていった。
殺そうと思えば殺せるはずの動きをしながらそうしないフランシスを見て、兵士たちは戸惑いを隠せないでいる。
「ピーッ!」
甲高い鳴き声を響かせて、どこからか黄色い小鳥が飛んできた。そしてフランシスの肩に乗り、まるで加勢しているようにピーピー鳴く。
「なに、この鳥……」
さすがに困惑しているフランシスに、ショーンは教えてあげる。
「そいつ、クリスだよ」
「え……ええーっ!」
黄色い小鳥はフランシスの首にすりすりと頬ずりした。
「クリス……」
半信半疑のような顔をしながら、フランシスは問いかけた。
「マリオンはどこ?」
「ピーッ!」
案内するつもりらしく飛び立った小鳥を、フランシスは追いかけた。
そのときには、敵の兵士たちのほとんどが戦える状態ではなくなっていた。
三階の広い通路に立つ一人の女の背を見て、フランシスは足を止めた。
その先で、戦闘を繰り広げている五人の男たち。
小鳥は女を追い越して、その戦闘の場へ飛んでいった。
しかしフランシスは、小鳥を追わず駆け寄って女のからだを後ろから抱きしめた。
「伯母様!」
今まさに戦闘の場へ飛び込んでいこうとしていたロビンの手には、ナイフが握られていた。
「フランシス……」
振り向いたロビンは、その顔を見て驚愕する。
「あなた、顔が……」
「ここにいてください、伯母様」
「離して! 邪魔しないで! あの人は……デヴィッドは私の命なの!」
「大丈夫です、伯母さま」
「あの人が死んだら、私も生きていけない!」
「マリオンは殺さない! あいつを殺さないから!」
ビリー一人で屈強な二人の男の相手はやはり無理があり、マリオンはデヴィッド一人に集中するわけにいかなかった。
もう少しで仕留められそうになると、横から男が切りかかってくる。その男の剣を振り払って逆に切り倒したとき、デヴィッドが切りかかってきた。
絶体絶命になったとき、小鳥が甲高い声で鳴いた。
なぜかデヴィッドが、その視線を鳥の方に向けた。
「おのれ、アダムスめ!」
その一瞬の隙を、マリオンは見逃さなかった。
「死ね! デヴィッド!」
ほぼ同時に、もう一人の兵士をビリーが倒す。そしてマリオンを加勢しようと振り向いたとき、主君の光の剣はその残像を残しながらデヴィッドを切り裂いていた。
「デヴィッド!」
ロビンが悲鳴を上げてフランシスの体を突き飛ばし、男たちの方へ駆けていった。
「え……」
フランシスは呆然と立ちつくした。目の前の光景が信じられなかった。
だが、考えるより先に振り向き、走り出していた。
「おじい様!」
使用人の男たちが連れてきた怪我人の治療をするオリバーの背を時折見ながら、ギルバートはずっと部屋の中で行ったり来たりしていた。
様子を見に行きたい誘惑に何度もかられたが、そんなことをしても自分に何かができるわけでもなく、逆に邪魔になるだけだと言い聞かせて必死にこらえた。が、そのギルバートがハッと動きを止めた。
「理事長、フランシス様が呼んでます」
オリバーが、そしてやはり同じように落ち着かない様子だったメイドのパトリシアが、同時にギルバートの方を見た。
あらかた治療を終えていたオリバーは、すぐに部屋を飛び出していった。
ギルバートも、もう我慢できずにその後に続いた。
「おじい様! おじい様!」
駆け寄ってきたオリバーに、フランシスは飛びかかるように抱きついた。
「あいつを助けて! 死なせないで! 僕の赤ちゃんが死んじゃう! 赤ちゃんが……」
その記憶からマリオンがデヴィッドを切り倒す映像を見たオリバーは、とにかくその現場へと向かった。
だがそのマリオンの様子から、おそらく孫の願いはかなわないだろうとオリバーは思った。
カイルの伝言を聞いても、生け捕りにするつもりなどマリオンにはなかったのだ。フランシスが男になってもかまわないという覚悟をしたのだろう。いやむしろ、男にしてやろうと彼は思ったのだ。
だが、フランシスの姿はまだ変わっていない。ということは、まだ息の根がある?
(それとも……)
「戦いをやめろ! この家の主は死んだ! 俺たちは、これ以上無意味な犠牲者を出すつもりはない!」
階下に向かって、マリオンは叫んだ。
その背後を通ってデヴィッドに近づいたオリバーは、男の亡骸を抱いている女の隣にしゃがみ、その首筋に手を当てた。
そして、少し離れたところで立っている孫に語りかけた。
(だめだ、絶命している、フランシス)
フランシスがその場に崩れるように倒れる気配を、オリバーは感じた。




