第十四話
戸惑った顔で自分の方を見たカイルに、オリバーは頷いて見せた。
「ショーンくん、君の剣とカイルくんの木片を交換して」
言われたとおりショーンの剣と持っていた木片を交換すると、カイルは部屋を飛び出していった。
チャーリーはすっかり戦意をなくして、剣を鞘に納めてギルバートとショーンの後ろに立っている。だからカイルがいなくても大丈夫だろうとオリバーは思った。
そしてオリバーは、フランシスの治療をしながら思いがけないことを知る。
(妊娠?)
(はい、おじい様)
(だから顔を……)
(あいつを死なせるわけにはいかないんです。絶対に)
オリバーの胸に疑念が湧いた。
(本当にあの男の魔法か?)
(ほかに何が……)
(わからないが、もし生け捕りにできたら調べてみよう)
「それよりも、どうして……どうやってここへ……? 道は通行できなくなったって……」
フランシスは、みんなにも聞こえるように声を出した。
「長くなる話は後回しだ」
包帯をほどきながら、オリバーは涙声になるのをおさえられなかった。
「どんなにか、痛かったろう……。辛かったろう……」
「あ……あ……あ……」
後ろに立ってずっと黙って見ていたメイドらしい女の子が、声を震わせていた。
「フランシス様……フランシス様……」
そして床にしゃがみこんで泣き出してしまった。
「やった! さすが理事長!」
「よかった……」
ショーンとギルバートだけでなく、チャーリーまで駆け寄ってきた。
「治ったのか!? 本当に治ったのか!?」
「熱も下がったようだな」
深い安堵を感じつつも、まだ泣くわけにはいかないと気を引き締めようとしたオリバーに、フランシスは片腕だけでしがみついてきた。
「おじい様、国境の道が爆破された時、おじい様の声が聞こえました。僕はずっとずっと不安で……」
「私の心配どころじゃなかったろうに……」
そしてオリバーは、孫の体をそっと自分から離した。
「あの時は、ブランカのおかげで助かったんだ。さあ、次は右腕を治そう」
「す、すみませんでした。その怪我は、俺のせいですよね」
慌てて言うショーンに、フランシスは笑いかけた。
「なんだよ、そのしゃべり方」
「え?」
「もとに戻せよ、気持ち悪い」
「だ、だって……」
「友達に敬語で話されたくない」
「友達になれるんですか、俺たち」
冷たい目で睨まれて、ショーンは言いなおした。
「なれるのか?」
「ここまで来てくれたのに、友達じゃなかったらなんなんだ」
そんなやり取りをしている間に、オリバーはフランシスの右腕と、左足首の怪我を治していった。
「すごいなあ。たいしたもんだなあ」
ギルバートとショーンの間に割り込んで感心して見ているチャーリーを、両脇の二人は唖然として見た。
「元通りになったって聞いたら、きっとみんな喜ぶ」
「でしたら、我々の邪魔をしないようあなたの仲間に伝えてもらえませんか。我々とて、無意味な殺生はしたくない。この子を連れて帰れればそれでいいんです。ここの主人でさえ、この子は殺すことを望んでいない」
「いやあ、俺に言われても……」
言いかけて、兵士はギョッとして後ずさった。
どこから出てきたのか、いつの間にかフランシスの手に光の剣が握られていた。
逃げようとする兵士を、両脇にいたギルバートとショーンが押さえ込む。
「わ、わかった。仲間に伝えてくる。だから殺さないでくれ」
「いいよ。そいつらは僕が黙らせるから。あなたはここに乗ってこれをつけて」
フランシスは、ベッドから下りてその柵につないである足かせを兵士に示した。
兵士が言われたとおりにするのを見届けると、フランシスはギルバートとショーンに目を向けた。
「ギルバート、ショーン、おじい様と……」
そしてフランシスは、涙目で立っているメイドをみつめた。
「パティを頼む」
そのメイドに歩み寄って、肩に手を置く。
「絶対にここから出ないで」
そして外に飛び出してゆくフランシスの後を、ショーンも追いかけた。
「待て! 俺も行く!」
「殿下! 殿下!」
鬼の形相で敵の兵士を切り倒していたマリオンは、カイルの声に聴覚だけをそちらに向けた。
「早すぎないか、カイル! フランシスはどうした!?」
「そのフランシス様からの伝言です! デヴィッド・ファーガソンを殺すなと! そいつが死んだら、フランシス様は男になってしまうと!」
一瞬にして、マリオンの心を様々な思いが激流のように流れた。
(デヴィッド・ファーガソン。それが黒魔術師の名前か)
自分がこの手でその男を殺せば……。
(あの夜が、俺たちが結ばれた最初で最後の夜になる)
一瞬の逡巡の後、いいだろう、とマリオンは思った。
(あんなに男になりたがっていたお前が、俺のために女になってくれた。そのすべてを捧げてくれた。それで十分だ。今度は俺が、そのお前の気持ちに応える番だ)
「ビリー」
すぐそばで戦っている元騎士団長の名を呼んだ。
「黒魔術師はお前に討たせようと思っていた。ジュリアン公爵の仇をとらせてやろうと。だがすまない、気が変わった。それは俺にやらせてくれ」
「わかりました。私は援護します」
ビリーが答える。
(フランシス!)
心の中で呼びかける。
(お前の母君の仇をとる)
「行くぞ!」
マリオンは、ビリーに呼びかけながら階段を駆け上がった。
(15年間のお前の夢を、俺がかなえてやる!)
「男たちはみんな部屋から出て戦え! 包丁でも斧でも、武器になるものはなんでも持ってこい!」
一人の兵士が廊下を駆け回りながら叫んでいた。その男が、ぴたりと足を止めた。
フランシスを追ってきたショーンは、その背の向こうで驚愕の表情で立っている男を睨みつけた。
「か……顔……、切り裂いたって話は嘘だったのか……」
あちこちの部屋から使用人らしい男たちが出てきた。その彼らも、フランシスを見るなり呆然とする。
「フランシス様……」
「お顔が……」
「なぜ……」
「悪魔だ! この女はやはり悪魔なんだ! 早く退治しないと!」
兵士が青ざめた顔で叫んだ。
ショーンは周りを取り囲む男たちに対抗するためにフランシスと背中合わせに立ちながら、呪文を唱えて光の剣を出した。
(こ、この形だ! これが、俺が夢にまで見た形!)
しかし、夢に見たアステラの騎士としての初陣にしては、周りの敵はあまりにもお粗末すぎた。
まともな剣を手にしているのはフランシスの正面にいる兵士だけで、あとはそれぞれ菜切り包丁やらフライパンやら麺棒なんかを握りしめている。何を勘違いしたのか枕をつかんでいる男もいた。
そしてあちこちのドアから、やはり使用人らしい女たちが恐る恐る顔を覗かせている。
さらに、フランシスの言葉がショーンの高揚する心を一瞬で急降下させた。
「ショーン、彼らは敵じゃない。殺すな」
「そ、そんなこと言ったって、どうやって……」
「足を狙うんだ」
言うが早いか、素早い動きでフランシスは目の前の兵士の太ももを切りつけた。反応して兵士が剣を振りかざしたときには、もうすでにその後ろに回っている。
「うわあっ!」
何が起こったのか理解できないような顔を一瞬した後、兵士はその場に膝をついた。
そしてフランシスは、震えたり青ざめたりしながら立っている使用人の男たちを見回した。
「その人は悪魔じゃないわよ!」
いきなり、ドアを開けて叫ぶ女がいた。恐らくメイドだろう。
その声を合図に、ほかの女たちも部屋から出てくる。
「そうよ! 悪いのは伯爵様の方だって、みんな言ってたじゃない!」
一人の男が振りかざしていた武器らしきものを下におろすと、ほかの男たちもそれに倣った。
「あなたたちに危害を加えるつもりはない。この男を、僕が閉じ込められていた部屋に連れて行ってください」
フランシスは、太ももをおさえてうずくまっている兵士に目をやった。
「そこに僕のおじい様がいる。すぐに怪我を治してくれるはずです」
(い、いいのか、それで……)
オリバーといい、フランシスといい、甘すぎるんじゃないかと戸惑っていたショーンは、しかし自分に向けた彼女の顔を見た時、そんな思いは一瞬で消え去っていた。
「行くぞ、ショーン」
その顔は紛れもない、自分が憧れてやまなかった戦士の顔だった。




