第十二話
顔の痛みだけでなく、フランシスはさっきからずっと悪寒がしていた。
ディアスの国王の前で、どこまで虚勢を張り続けられるだろうか。
意識が戻る前に夢の中であの声を聞かなかったら、こんなにスラスラと嘘をつけなかったかもしれない。けれども、おなかの子を守るためなら自分はなんだってする。たとえそれが、神への冒涜になろうとも。
「約束します」
そしてまた嘘をついた。
ディアスの国王は微笑した。
「その顔で、女として生きるのは辛いだろう。子供を産んだ後あなたが望むなら、私のこの手でデヴィッドを殺してあげてもいい」
「いえ、それは僕の手で……」
国王はまた微笑した。
「さすが、グラディウスに選ばれた姫君だ」
その言葉を残して、国王は従者とともに部屋を出て行った。
部屋を出ると、同じように青ざめた顔をしたファーガソン夫妻が立っていた。
ロベルトはデヴィッドに冷たい視線を向けた。
「アステラには、神の手を持つ魔術師がいるという。お前が知らないとは言わせないぞ、デヴィッド」
「オリバー・ブロンテですか」
「そうだ。フランシス王女の祖父だ。お前なら連れてこれるだろう」
デヴィッドは黙っている。
「今すぐにアステラへ飛べ。あの傷はあまりにもひどい」
デヴィッドは息をのんだ。
「ご覧になったんですか」
「自分から包帯をほどいて見せた。そして、お前を殺すなと私に言った。その恩を返したらどうだ、デヴィッド。罪滅ぼしにもなる」
「奥様!」
悲鳴のような声に話を遮られた。
さっき部屋にいたメイドがやはり血の気のない顔で立っていたが、ロベルトを見て口ごもった。
「どうしたの?」
ロビンが問いかけた。
「フ……フランシス様が、意識がなくて……、ひどい熱です」
部屋に入っていくロビンの後に、ロベルトもついていった。
デヴィッドも後に続く。
「氷とタオルを用意して」
メイドに指示した後ベッドに歩み寄ったロビンは、うつぶせに横になっているフランシスの顔にそっと触れた。
そしてロベルトの方を振り向く。
「傷が原因の発熱でしょう。大怪我をすればよくあることです」
ロベルトは苦笑した。
「私の前では、そんな様子はおくびにも出さなかった。たいした姫君だ」
そしてデヴィッドの方を振り向いた。
「オリバー・ブロンテを連れてくればすべて解決するはずだ。無事回復したら私のところへ連れてこい。この姫は、お前たちの手に負える女じゃない」
そしてロベルトは、返事を待たずに部屋を出て行った。
宿にあった馬車を主人の言い値で買い取り、その馬車と四頭の馬に乗って、マリオンたちはクリストファーの案内でファーガソン邸に向かった。
日が暮れる頃に着いた目的地近くの森で夜が深くなるのを待つことにして、馬と馬車もそこに隠すことに決めた。
「さあ、作戦会議だ」
マリオンは全員を車座に座らせた。
「門も玄関も施錠されているだろうが、それはオリバーがはずせるらしい」
「はい」
オリバーは頷いた。
「中に入ったらひたすらフランシスが閉じ込められている部屋を目指す。クリスの話によると、最上階の南の端の部屋だ。だがおそらく、そこにたどり着く前に侵入を気づかれるだろう。その時は、これから名前を呼ぶ者だけがフランシスの部屋を目指す。残った者で全力で敵を倒す」
そしてマリオンは全員を見回した。
「オリバー、ギルバート、ショーン」
そしてマリオンは、一番信頼している部下の名を呼んだ。
「カイル。この四人だ」
カイルは驚いて主君の顔を見た。
「殿下は?」
「俺は一番の強敵ファーガソンを倒す。そいつがおそらく黒魔術師だ。クリスは鳥に変身して、そいつが現れたら俺に教えてくれ。お前だけがその顔を知っているんだから」
「ま、待ってください。私は殿下のおそばに……」
カイルは慌てていた。
「お前は、俺に万一のことがあった時にリーダーシップをとるんだ。そして、どんなことがあってもフランシスを助けろ。あいつを助けられれば最高の戦力になる。だが、もしもオリバーの治療が間に合わなくて戦力にならなかったら、その時は、いいか、絶対に、絶対にあいつを守ってくれ。お前だから任せるんだ」
「わ……わかりました」
「オリバーとギルバートがいれば、フランシスの部屋に危険人物がいないかどうかはわかるだろう。いたとしても夜中だ。なんとか機転をきかせてやっつけてくれ。そして部屋に入ったら、ギルバートとショーンはどこかに身を隠せ。鍵がかけられるならかけろ」
「はい」
ギルバートは素直に返事をしたが、ショーンは渋々といった顔で頷いただけだった。
もしかしたら戦闘に加わる腹づもりかもしれないが、そこまでいったらもう守ってあげる余裕はない。自己責任にまかせるしかないだろう。それにもしフランシスの力があてにできなかった場合、カイル一人で彼らを守るのは荷が重すぎる。その時は、たとえ子供でもショーンの存在は心強いかもしれない。
「決行は今夜11時だ。みんな、覚悟はいいか!?」
「はいっ!」
全員が一斉に答えた。
「絶対に死ぬなよ!」
デヴィッドは眠れなかった。
何度も何度も大鷲に変身しようと試みたが駄目だった。たった一度、一度だけでいいからと願ったが駄目だった。あのフランシスの顔を元に戻せるなら、なんでもするのに。
ジュリアン公爵とジェイソン国王の魔力を奪った時、自分はこの世で最高の魔術師だと信じたが、その代償はあまりにも大きかった。
あの一番憎かったジェイソン国王も確かに息の根を止めたと思ったが、半身不随だけにとどまったのは、やはりオリバー・ブロンテの力なのだろうか。
だがまだ、フランシスは女のままだ。その魔法だけは解けていない。それとも、それも徐々に効力をなくすのか。
現実から逃れたくて強い酒をあおっていたが、少しも酔えない。
デヴィッドは飲みかけのブランデーのグラスを床にたたきつけ、立ち上がった。
とにかくフランシスのそばにいようと思った。
高熱で意識をなくしている彼女の顔に、ロビンはもう一度包帯を巻いた。
デヴィッドはそれを直視できなかった。
ただ、苦しそうな息遣いが頭から離れない。
そばにいたところで、そしてもしも魔法が解けて男の体になってしまったところで、自分にはもう何もできることはないのに、それでもあの小さな手をもう一度握っていたいと思った。
だが、ちょうど寝室を出た時に、エントランスの方で扉の閉まる音がした。そして、抑え目ではあるが、複数の足音。
(こんな時間に誰が……)
吹き抜けになっている三階の手すりから、デヴィッドは階下に目をやった。
そして明らかにこの邸の住人ではない複数の男たちの姿を見て、仰天した。しかも彼らの手には、あのフランシスが持っていたものと同じ、光る剣が握られている。
「賊だ! 賊が侵入したぞ! 全員起きろ!」
顔を上げた黒髪の男と目が合った。
(マリオン・テイラー!)
その肩の上で、黄色い小鳥がせわし気に翼を動かした。まるで何かの合図のように。
そういえばあの時、フランシスが自分の顔を傷つけた時も、窓の外で鳥が鳴いていた。
(まさか!? 鳥族!?)
デヴィッドは、武器を取るために自室に駆け戻った。
(アダムス家の人間か!?)
剣を取って戻ってきたデヴィッドは、あちこちから駆け出してきた兵士たちに叫んだ。
「フランシスを! フランシスの部屋へ……」
言いかけて、デヴィッドはハッとなり、再び侵入者の集団に目をやった。
その中に、白髪の老人が確かにいた。さっきまで、自分が連れてきたいと願ってやまなかった、あのオリバー・ブロンテが。
「殺すな! その老人を絶対に殺すな!」
デヴィッドは思わず叫んでいた。
全員が驚いてデヴィッドを見た。侵入者たちさえも。
「その老人をフランシスの部屋へ連れていけ!」
まさに侵入者たちに切りかかろうとしていた兵士たちは、拍子抜けしたように立ち尽くした。
だが、次のデヴィッドの言葉に、再び彼らは剣を構えた。
「それ以外は全員皆殺しにしろ!」




