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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第四章 剣と子守唄と殉愛の旅

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第十一話

(フランシス……。フランシス……)

 遠くで誰かが呼んでいた。

(答えなさい)

 知らない声なのに、なぜかひどく懐かしい。

(男になりたいか。女でいたいか)

 誰だかわかるような気がする。

 けれども、その名を呼ぶのはあまりに畏れ多い。

(僕は、この子を守りたい)

 僕は、女でいたいです!


「フランシス……。フランシス……」

 今度の声は誰だかわかる。

 自分の手を強く握り、うめくような声で呼んでいる。

 離せと叫びたいのに、ふりほどきたいのに、声も力も出ない。激痛でそれどころではなかった。

「なぜ……どうして……こんなことを……」

 再び意識をなくしそうになるのを、必死に耐えた。

 この男がそばにいるなら、気を失うわけにいかない。

 歯をくいしばったつもりなのに、荒い息と声がもれるのを防げなかった。

 扉の開く音。

「ここにいたの、デヴィッド」

 ロビンの声。

「どこに行っていた!?」

 激高しているデヴィッドの声。

「痛がっている。なんとかしろ」

 ロビンは黙って近づいてきた。

「痛み止めを飲む? フランシス」

 優しい声だった。

「ただし、胎児に影響がないとは言えないわ」

 ゆっくり首を振った。それだけで痛みが増した。

「いらない……」

(よかった。声が出た)

 もう一人、離れたところで誰かがすすり泣いている声が聞こえた。

「伯母様……」

「なあに?」

「赤ちゃんを、守って……。僕の赤ちゃんを……」

 デヴィッドが握っている手の上から、もうひとつの手が増えた。

「わかったわ」

「お願い」

「約束するわ。あなたの赤ちゃんは、必ず私が取り上げてあげる。だから耐えるのよ」

 涙声だった。

 やっぱりこの人は悪い人じゃないと、フランシスは思った。

「耐えるのよ、フランシス」

 ノックの音がした。

「伯爵様。奥様。国王陛下がいらっしゃいました」

 手が離れ、しばらく沈黙が続いた。

「ありのままをお伝えするしかないでしょう」

 ロビンの声。

「ついていてあげて。パトリシア」

「はい……」

 やはり、すすり泣きの声はパトリシアだった。

 二人が出ていく気配がした。

「フランシス様」

 パトリシアが歩み寄ってきた。

「お力になれず……申し訳ありません」

 泣きながら言う。

「君のせいじゃない。泣かないで、パティ」

「はい……」

 けれども、返事の後に続いた嗚咽がやまない。

 またかわいそうなことをしてしまったと、胸が痛んだ。

 無意識のうちに、左手首を耳に近づけていた。

 ロビンが、はずさないでおいてくれたらしい腕時計。

 悲しくなると、その音を聞いた。今の自分とマリオンをつないでくれている、唯一の音。

 けれどもその規則正しい音が思い出させる声は、決して自分を慰めてはくれなかった。

(きれいだ、フランシス)

(きれいだ……)

 何度、その言葉を聞いたろう。

(この顔が、たまらなく好きだ)

 思わず、時計を耳から離していた。

(ごめん、マリオン)

 もしもいつかまた会える日がきたとしても、きっと彼はもう、自分を愛してはくれないだろう。

(だけど、こうするしかなかった)

 そっとおなかに触れる。

 薄い絹を、強く握りしめた。

(この子を守るには、こうするしか……)


 パトリシアは、初めてこの国の王に会った。

 伯爵夫妻だけの説明では納得できないと、従者を二人引き連れて国王は寝室までやってきた。

 夫妻も一緒に来たが、パトリシアがプレッシャーを感じて嘘の証言をしないようにと、外に出された。

 緊張してしどろもどろになりながらも、パトリシアは自分が見たことをありのまま話した。デヴィッドが厳しい罰を受ければいいと思った。

「で、肝心の剣は、どこから出てきた?」

「それは……わかりません」

 国王は、ベッドに歩み寄っていった。

「どうやら、本人に聞くしかないようだな」

 ベッドサイドの椅子に座り、身を乗り出す。

「フランシス王女。私は国王のロベルト・バースティンです。こんな形での対面になって、非常に残念です」

 フランシスが起き上がろうとするので、パトリシアは慌ててベッドに駆け寄ったが、国王が先にその体を支えた。

「大丈夫ですか?」

「はい」

「あなたが使ったという剣がどこから出てきたのか、誰も知らないと言う。そして今どこにあるのかも」

「僕もわかりません」

「そんな体で私をからかうんですか? いい度胸だ」

「僕が言えるのは、グラディウスが僕を守ってくれているということだけです」

「グラディウス……。あなたに祝福を与えたという戦の神ですか」

「はい」

「でも、守ってくれなかったじゃないですか」

「顔を切れと、神の声が聞こえました。そうしなければあいつに、デヴィッドに、僕は凌辱されていたから。そんなことをされたら、おなかの子が流産するかもしれない。僕がいま自殺しないのは、おなかに赤ちゃんがいるからです」

 自殺という言葉に、パトリシアは全身が強張った。

「僕はアステラの王女です。僕のせいで祖国が危険な状態になるくらいなら、死を選ぶ覚悟はできている。でもそれ以上に、僕にはこの子を産む使命がある。だからこの子を守るためにすべきことを、神が教えてくれました」

「デヴィッドを殺すことではなく?」

「僕がいま女の体なのは、あいつの魔法のせいらしい。あいつが死ねば僕は男になって、おなかの子は消滅すると言われました。だから陛下。あなたがあいつを罰するとしても、殺すことだけはしないでほしい」

 国王はしばらく顎に手をあて、黙っていた。

 やがてその手を離し、大きくひとつ息を吐いた。

「神の領域にまで話が及ぶようでは、果たして信じていいものかどうか……。デヴィッドは、私にあなたを奪われることを恐れていた。あなたたちの間になんらかの取引があって、これが私を欺くための芝居じゃないという証明は、今の話だけではできませんよね?」

「顔を見ますか?」

 国王は息をのんだ。

 返事を待たずに、フランシスは包帯をほどき始める。

 そのすべてが解かれ、無造作に布団の上に投げ捨てられた。そして、国王の方へ顔を向ける。

 パトリシアは全身ががくがくと震えだし、立っていることができなくなってその場に座り込んだ。

 自分は、血まみれの顔を確かにこの目で見た。傷痕は一生残るという伯爵夫人の言葉も聞いた。

 それでも夢であってほしいと、せめて小さな傷で済んでほしいと願った。

 けれどもその願いが無残に打ち砕かれた現実に、パトリシアはまたあふれてきた涙を止めることができなかった。両手で顔をおおい、こらえても抑えきれない嗚咽をもらしながらパトリシアは泣いた。

「その傷をつくるために、神が剣を与えたと?」

「はい」

「そして用が済んだら消えたのか」

「信じられないなら、いま僕を襲ってみますか?」

 国王は絶句した。

「あなたなら、殺しちゃいけない理由は何もない」

 後ろに控えていた二人の従者が、顔色を変えて近寄ってきた。

 その動きを手で制して、国王は言った。

「わかった。信じるよ。そしてさっき、あなたが言った願いもかなえてあげよう。デヴィッドを殺すなという願いを。ただしもちろん条件がある。無事子供を産んだら、その子は人質にさせてもらう。そしてあなたは私の片腕になるんだ。だからもちろん、自殺などは許さない」

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