第六話
マリオンたち一行がアステラを発ってから、最初の夜が訪れた。
森で野宿をすることになり、簡単な食事を済ませると、疲れ果てた男たちはすぐにそれぞれの場所で横になった。
頭を整理したくて、マリオンは彼らから離れて歩き、川のほとりに腰を下ろした。
ついてきてくれたメンバーは、オリバー、カイル、ギルバート、ショーン、クリストファーのほかに、フィリップとディーンなど、アステラの騎士団から5名の精鋭たち、そしてたまたまバルトワから護衛としてついてきていたビリーの総勢12名だった。
バルトワの元騎士団長のビリーがいることは心強かった。
そしてそのビリーとニコラス国王から、マリオンは衝撃的な話を聞かされていた。
バルトワの地下牢に拘留していた黒魔術師は、クリストファーのように鳥に変身できる男らしいということを。
黒魔術師が生みだした魔物たちはすべてアステラの魔術師によって退治されたが、その魔物たちに混じってバルトワの人々を攻撃していた一羽の大鷲を矢で射抜いたのが、ほかならぬ若き日のビリーだったらしい。
傷ついて地面に落ちてきたときは人間の姿に戻っていたが、ビリーはその男を捕虜として連れ帰った。
だが、傷が癒えても、ニコラス国王が命じても、その男は変身するどころか魔術を見せることもなかったという。
一時期は新聞にも載って大々的に報じられたその鳥人間の話題も、やがて信ぴょう性を疑われ、ビリーも混乱の中で見誤ったのではないかと人々に嘲笑されるようになってしまった。
ニコラス国王もその捕虜の処遇には悩んだらしいが、ただの反抗心で魔力を隠している可能性も考えられたので、いつか何かの役に立つかもしれないと思い殺さずにいたという。
だがビリーは、今回の旅に同行するクリストファーと会い、鳥人間が確かに存在することを知った。自分が見たものは決して錯覚ではなかったのだと確信した。
そしてその男がいつか脱出するときのために自分の能力を隠していたのだとしたら、金か何かで牢の番人を買収して外へ出ることさえできれば、あとはあっという間に飛んで逃げることができたはずだ。
そしてその男を逃がすために一役買ったのが、おそらくロビン・ファーガソンなのだろう。
彼女はグレース王妃とつながっていた。
そしてそのロビン・ファーガソンについての、もうひとつの衝撃的な話。
彼女は、もしかしたらジェイソン国王の腹違いの姉かもしれないということ。
その話を自分に打ち明けたときの国王は、すっかり憔悴しきっていた。
この一連の出来事は、グレース王妃だけでなく、ロビン・ファーガソンのアステラの王族への復讐でもあったのではないかと。
そして、ジェイソン国王に腹違いの姉がいる話を聞かされた時のフランシスの様子は、少し変だったと国王は言った。
(そりゃそうだろう。俺を暗殺しようとした人間が、自分の伯母らしいと知ったんだから)
その時点では、その伯母とロビンが同一人物だとは知らなかったとはいえ、なぜ彼女は全部を一人で抱え込もうとするのか。
まだ確定していない段階で自分や父親に打ち明けるのは早いと思ったのだろうが、それにしても水臭いとマリオンは思った。打ち明けられたところで、何も変わらなかったかもしれないが。
ふと、草を踏む足音を聞いて、マリオンは振り向いた。
深刻な表情のギルバートが立っていた。
「さっさと寝ないと疲れが取れないぞ。明日も強行軍だ」
マリオンは突き放すように言った。
それには答えず、ギルバートは頭を下げた。
「今日はすみませんでした」
崖から足を踏み外して落ちそうになったときも、川の激流に流されそうになったときも、一番そばにいたマリオンが助けた。
もっと頼りなさそうだったクリストファーは、さすがに飛んだ方がましだと思ったらしく、そんなときは鳥に変身したが、ますます頼りなさそうな小鳥の姿はみんなの失笑を買っていた。
「お前たちがついてくることになった時から、覚悟はしていた。その分、現地で働いてくれればいい」
それにも答えず、ギルバートは隣に座った。
「あなたに伝えなければならないことがあるんです。そばに誰もいない時の方がいいのかなと思って…」
マリオンはその横顔に目をやる。
「フランシス様が眠らされる直前、僕に、“ありがとう“と、"ごめん”って言ったって言いましたよね。それには続きがあるんです。僕が耳がいいことは話していたから、そばにいる奴らに聞こえないような小さな声で、あの人は言いました。“愛してるって伝えて”って……」
マリオンは、衝撃で言葉を失った。
「誰にとは言わなかったけど、言わなくてもわかると思ったんでしょう」
「そ、そうか……」
マリオンは顔をそらした。
泣くわけにはいかない。こんな子供の前で、死んでも涙を見せるわけにはいかない。
それでも涙があふれた。フランシスが拉致されたと知ったときから、こらえにこらえていた熱いものが頬をつたった。
決してそんな言葉は言わないやつだった。自分の耳ではっきり聞いた「好き」という言葉は、たった一度だけ。それも、「会わなきゃよかった」とか、「なんで男なんだ」とかさんざん悪態をついたあと、まるで悔しくてしょうがないように泣きながら、「初めて好きになった人」と自分に言った。
初めての恋愛で照れもあるのだろうが、それよりもやはり女になることへの根強い抵抗感が、彼女の心の奥にはあったのだろう。
何をしても抵抗せずに受け入れてくれた。まだ幼いあの体で、それでも精一杯自分に応えてくれた。だから安心していた。
昨日のオリバーの話を聞くまで、自分はちゃんとわかってあげているつもりだった。でも結局、全然わかってあげてはいなかったと思い知った。
どんなに自分を想ってくれていても、フランシスは男になりたい気持ちを捨てきれずにいたのだ。
それなのに自分は、男子校へ行こうとするフランシスの気持ちが理解できずにいた。試験に落ちるか、早く退学になればいいなどと思っていた。
ロビン・ファーガソンの話を隠していたのは、ただ自分に心配かけないためだけじゃない。学校に行くことを反対されたくなかったのだ。
そんなフランシスが、人づてとはいえ、初めて自分に「愛してる」と言った。
「すみません。本当は、もっと早く言うべきだったんでしょうけど……」
ギルバートは、おそらく自分と同じことを思ったのだろう。
「なんだか、別れの言葉みたいで……、つい、言いそびれて……」
マリオンは何も言わなかった。言えなかった。
言葉を発すれば、泣いていることがばれる。もうばれているだろうが、それでも意地でも涙声など聞かれたくない。
「それじゃ……、おやすみなさい」
ギルバートは静かに去っていった。
マリオンは唇をかみしめ、夜空を睨むように見上げた。
(待っていろ、フランシス)
必ず助けるから。
俺の命に替えても、必ず助けるから。




