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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第四章 剣と子守唄と殉愛の旅

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第三話

 「入浴前には戻るわ」

 自分がいなくても大丈夫そうだと思い、そう言い残してロビンは自室に戻った。

 机の引き出しから小さな木片を取り出すと、じっと見る。

 不思議な子だと、ロビンは思った。

 父親ほども年の離れた男と対等に渡り合ったかと思えば、天使のような笑顔で人の心をつかむ。

 冷静で聡明なのに、思い出などという感傷的なものに執着する。

 そして、昔の名前で自分を呼んだときの、あの表情。

 計算しているのかもしれないと思っても、それでも心が動かされる。手を差し伸べてあげたくなる。助けてあげたくなる。

 憎くてしょうがなかった、ブラッドリーの血を引く人間だというのに。

 だが、その血の最大の犠牲者は、あの子なのかもしれないとロビンは思った。

 木片をポケットに入れ、部屋を出る前に、無意識のうちに鏡を見る。

 そして、たった今よぎった自分の考えを即座に否定した。

(どんなに不幸な星の下に生まれても、あの美しさがそれを全部帳消しにしてくれたはず)

 どうして自分をみつけられなかったのかと、フランシスは不思議がっていた。

 それは、一時期自分の痣が消えていたからだ。最初はクロードが、そのあとはデヴィッドが魔法で消してくれた。

 だからロビンは、醜い女と美しい女の両方を経験している。その差がどれだけあるかを知っている。

 あんなに怯えていたメイドの心を瞬時にほぐしてしまったように、あの子の美しさは最大の武器だろう。

 そしてその美しさが、デヴィッドを狂わせた。フランシスが言ったとおり、彼は狂人になってしまったと思う。魔力が衰えてしまうほどに。

 ある時期から、再び顔に痣が現れた。鳥族の血を引いていたデヴィッドは飛べなくなり、グレース王妃の記憶を消すこともできなくなった。

 顔に特徴のある自分が表に出ることは危険なのに、それでもデヴィッドは、収穫祭での暗殺者の交渉役も、魔術師養成学校に侵入することも自分にやらせた。心から信用できる人間が、自分以外にいないから。

 でも、仮に魔力が衰えていなかったとしても、彼は再び自分の痣を消してくれただろうか。

 死んだと思っていたエレナの子供が生きていて、しかも女の子だと知った時から、デヴィッドの心のすべてはその子に向いてしまった。自分の顔の痣など、彼の目にはきっと映ってさえいないだろう。

 鏡から目をそらし、ロビンは考えた。

 その子がいま妊娠しているということを、彼に伝えるべきだろうか。

 そのことは、彼をさらに狂気に引き込むのではないだろうか。


 食事が終わるのを見計らったように、ロビンではなく騎士団長のジムがやってきて、フランシスの足首を拘束具から外した。

 パトリシアとジェーンに浴室まで連れてこられたが、そのジムもすぐ後ろからついてくる。そしてあろうことか、脱衣所まで入ってきた。

 パトリシアとジェーンは、咎めるような視線をジムに向けた。

「聞いてるだろうが、このお嬢さんはとんでもなくお強いらしい。暴れ出したら、お前たちだけじゃ手に負えない」

「で、でも、いくらなんでも……」

 パトリシアは必死に訴える。

「しかたないだろう。お前たちを守るためだ」

 そう言いながら、ジムは好色そうな笑みを浮かべた。

「平気だよ、パティ」

 フランシスは言った。

 パトリシアが驚いてこちらを向く。

 この顔だから、みんな虜になるんだ――あの夜のマリオンの言葉を信じてみようと思った。

(たぶん、ただ見るだけでいい)

 怪我していない方の左手でネグリジェのボタンをはずし始めると、パトリシアが慌てて前に来て手伝ってくれた。

 右腕をつっていた布を首からはずすと、ジェーンが背後のジムを気にしながら、その腕をおさえて袖から抜き取る。もう片方の腕をパトリシアが抜くと、白くて薄い下着姿になった。からだの線は隠しようもなく、丈は太ももの上までしかない。

 その姿を隠すように背後に立っていてくれるジェーンの肩越しに、フランシスは振り向いて、じっとジムをみつめた。

 ジムの喉が、ごくりと動くのが見えた。

 心の中で10まで数えて、フランシスは前を向いた。

「ジェーン、パトリシア、外へ出ていろ」

「え……」

 二人のメイドは驚いてジムを見た。

「あとは俺がやる」

「で、でも……」

 パトリシアは青ざめていた。

「言ったろう。女じゃ無理だ」

 パトリシアとジェーンは顔を見合わせ、動けずにいる。

「聞こえないのか!? 出て行けと言ってるんだ!」

「出た方がいい」

 フランシスは、できるだけ穏やかな表情でパトリシアに言った。

「行きましょう、パティ」

 ジェーンに促されても、パトリシアは心配そうにフランシスを見ている。

「大丈夫。僕は悪魔だから」

 冗談めかして、小声で言った。

 それでも青ざめたままだったが、手を引くジェーンと一緒にパトリシアは脱衣所を出て行った。

 ジムが歩み寄ってきた。

「お前から誘ったんだぞ」

 後ろから両肩をつかまれる。

「お礼をしてもらわないとな。あの夜、あの不良学生からお前を救ってやったのは俺だぞ。食堂の女たちから、お前があいつに呼び出されたって聞いたから。でももしかしたら……」

 首筋に息がかかって、鳥肌が立った。

「あの時も、お前の方から誘ったのか? こんなふうに……」

 振り向かされ、唇をふさがれる直前に、フランシスはその股間を思いきり蹴り上げた。

「うあっ!」

 前かがみになったジムのわき差しから剣を抜き取ると、迷わずその肩を切りつける。

 悲鳴が響き渡り、脱衣所は血に染まった。

 左手一本で振り下ろした剣は急所をはずしたが、殺すことが目的ではない。

 フランシスはその剣を持って外へ飛び出した。

「逃げた! 女が逃げたぞ! 誰か!」

 背後でジムの叫び声。そして、驚愕の表情で立ちつくしているパトリシアとジェーン。その向こうで、ロビンも呆然としていた。

「フランシス……」

「馬と、僕の服を用意しろ」

 騒ぎを聞きつけた兵士たちが駆けつけてきた。

「なんの騒ぎだ」

 兵士たちの背後から現れたデヴィッドも、フランシスを見るなり言葉をなくした。

「死にたい奴からかかってこい」

 10数名の兵士たちを、フランシスは睨みつけた。

「利き腕が使えないんだ。全員でおさえつければ……」

 兵士の一人が仲間たちに言った。

「待て。あの子にこれ以上怪我をさせるな」

「は、伯爵様、それじゃどうやって……」

「フランシス、落ち着きなさい。アステラに通じる道はダイナマイトで封鎖した。一人でここを出てもあなたはもう帰れない。もちろん助けも来ない。ここにいることが何よりも安全だ」

「安全? 男がバスルームまで入ってきた。それのどこが安全だ」

「誰だ?」

 デヴィッドはロビンに問いかけた。

「私以外で足かせの鍵を持っていたのはジムだけよ」

 デヴィッドはため息をついた。

「もう二度とそんなことはさせない」

「悪かったわ、フランシス。私がついているべきだった。あなたが欲しがっていたものを、部屋に取りに行っていたの」

 ロビンはポケットから木片を出して見せた。

「これと、その剣を交換しましょう」

「もういらない。剣さえあれば、僕は生きていける。道を空けないなら全員殺すぞ」

「そんな恰好でどこへ行けるの」

「どこへ行こうとここよりはましだ」

 そこまで言って、フランシスは息をのんだ。

 ロビンが、彼女のそばで立ちつくしていたパトリシアの喉元に、いきなりナイフをつきつけた。

「こんなことはしたくなかったけど、あなたをおとなしくさせるにはこうするしかないわね。この子の命がどうなってもいいの?」

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