第二話
無意識に自分の腹部をおさえていた。
そしてあの夜を思い出す。自分を包み込んだ、熱い吐息と、優しい指と、愛してると囁く声。
二人が初めて結ばれた夜。そして、自分が完全な女になった夜。
「まさか……」
声がかすれた。
「そんなに早く、わかるはずない」
「心当たりはあるのね」
ロビンは微笑した。
「これが私の能力なの。妊婦はすぐにわかるわ。体の中にどんな病気を持っているのかも。魔術師の中では、ほとんど使い道がない能力だけどね。でも一番役に立ったのは、グレース王妃とつながりを持てたことよ。婦人科医になって男女の産み分け法の指導をしていたから、その噂を聞いて王妃が私を訪ねてきたの。でも、彼女に必要なのはそれ以前のことだったわ。女の子が一人生まれたあと、あなたのお父さんが王妃の寝室を訪れることはなくなったそうよ。傷つくのは、いつも女」
最後の言葉はため息交じりに言うと、ロビンは探るような視線を向けてきた。
「あなたも、男の犠牲者かしら。その若さで妊娠させられるなんて」
その視線を受け止めながら、フランシスは考えていた。
あの医務室での出会いから今まで、このロビンから自分への悪意を感じたことは一度もなかった。
ここまで連れてこられる間も、自分を眠らせればそれだけ神経を使わずに済んだはずなのに、ジムはそうすべきと主張していたのに、最初と最後だけしかそうしなかった。しかも最後に飲まされた薬は、明らかに最初のものより弱かった。それは、胎児を気づかってのことだったのかもしれない。
(この人は、きっと意地悪ではない)
それに賭けてみようと思った。
もしもこのままここで子供を産むようなことになったら、そしてその子の父親がマリオンだと知られたら、きっと悪事に利用される。絶対にそんなことはさせない。
そしてその前に……。
(あの木片を取り返さなければ)
「同意の上だよ」
きっぱり言うフランシスを、ロビンは意外そうに見た。
「まあ、マリオン殿下からしたら、あなたに早く子供を産ませたいんでしょうけど」
「マリオンじゃない」
「え?」
「おなかの子の父親はマリオンじゃない。マリオンとの結婚は、父上が許してくれなかったから」
「じゃあ、あのブレザーの子なの?」
フランシスはうなずいた。
「驚いた。あんな若い子に、あなたを妊娠させる度胸があったなんて」
「木片を返して。あれは僕のお守りだから」
「いや、若いから突っ走っちゃったのか。後先かんがえず」
「返してください。レイチェル伯母様」
呆れた様子だったロビンの表情が固まった。
「僕は約束を守った」
「どうしてその名前を知っているの?」
「父上が話してくれた。あなたは父上のお姉さん、僕の伯母様なんでしょう? こんなこと言ったら申し訳ないけど、顔に痣がある女性がこんなに何度も僕に関わってくるなんて、偶然とは思えない。それなのに、どうしてこちらからはみつけられなかったんだろう。父上のお母さんはあなたのお母さんと友達だったから、ずっとあなたを探していたそうだよ」
「まさか……」
「亡くなる時に、あなたを探し出して力になるようにと、父に遺言を遺したと聞いてる。何があったのかわからないけど、あなたはきっと、あの狂人に利用されてるだけでしょう?」
動揺を隠せないでいるその顔を、フランシスはじっと見た。
「助けてとまでは言わない。でもせめて、彼とのたったひとつの思い出を、僕に返して」
そのとき、ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
気を取り直したような表情で、ロビンは振り向いた。
二人のメイドが、食事ののったワゴンを運んできた。
「お食事をお持ちしました」
中年の女性と、十代くらいの若い女性の二人だった。
彼女たちにうなずくと、ロビンはまたフランシスに顔を向けた。
「食事が済んだら入浴よ。そこまでおとなしくしていたら返してあげるわ」
フランシスはため息をついた。
(トイレから戻ったらって言ったくせに)
「利き腕を怪我しているから食べさせてあげて」
「はい、奥様」
中年の女性が答えた。
ふと見ると、二人とも強張った表情をしていた。特に若い方は、ほとんど顔色をなくしている。
中年の女性が鍋からよそったスープの器を受け取った彼女は、その器を持ってベッドに歩み寄ってきた。
「ど、どうぞ…」
スプーンですくってフランシスの口元に運ぼうとするが、手がふるえてうまくいかない。
ロビンが怪訝な表情で見ている。
案の定、スープはスプーンからこぼれ落ちてフランシスの胸元を汚した。
「も、申し訳ありません!」
若いメイドは慌ててナプキンを手にしてそれを拭きとる。
「ジェーン、代わって」
「はい、奥様」
ロビンに指示されて中年の女性が歩み寄ってきた。
「いいよ、彼女で」
そう言ってフランシスは、泣きそうな顔をしているメイドを見た。
「その体勢じゃやりづらいだろうから、ここへ座って」
ベッドの端を指す。
「え、で、でも……」
「僕のこと、悪魔か何かだとでも言われた? 大丈夫だよ、何もしないから」
優しい表情を作って見せた。
「はい……」
メイドは、少し頬を赤らめ、おずおずとフランシスの隣に座った。
今度は、ちゃんとスープを飲ませることができた。
「ありがとう」
笑いかけると、メイドは驚いた顔をした。そしてさらに頬が赤くなる。
スープの次に、ジェーンと呼ばれたメイドが切り分けたチキンソテーを運んできた。
「僕ね、チキンは苦手なんだ。僕が育った家で、鶏を飼っていたから」
本当は、いつも我慢して食べた。ただ、彼女の心をほぐそうとして言った言葉だった。
「ど、どうされますか?」
「でも食べるよ。残すといつも、おじい様に叱られたから」
「トマトソースなので、きっとおいしいですよ」
ひと口食べて、また笑いかけた。
「本当だ」
メイドは嬉しそうな顔をした。
「名前は?」
「パ……パトリシアです」
フランシスは、顔が強張った。
涙が出そうになったのをこらえる。
「僕の姉上と同じ名前だ」
そして、ここへ来て初めて、作り笑いじゃない笑顔を浮かべた。
「パティって呼んでいい?」
第一話の前書きにも記しましたが、第一話に加筆訂正をしました。さらに第二話にも少し加筆しております。古い方をお読みになった方、大変申し訳ありません。もう一度改訂版をお読みいただけたら幸いです。




