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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第四章 剣と子守唄と殉愛の旅

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第二話

 無意識に自分の腹部をおさえていた。

 そしてあの夜を思い出す。自分を包み込んだ、熱い吐息と、優しい指と、愛してると囁く声。

 二人が初めて結ばれた夜。そして、自分が完全な女になった夜。

「まさか……」

 声がかすれた。

「そんなに早く、わかるはずない」

「心当たりはあるのね」

 ロビンは微笑した。

「これが私の能力なの。妊婦はすぐにわかるわ。体の中にどんな病気を持っているのかも。魔術師の中では、ほとんど使い道がない能力だけどね。でも一番役に立ったのは、グレース王妃とつながりを持てたことよ。婦人科医になって男女の産み分け法の指導をしていたから、その噂を聞いて王妃が私を訪ねてきたの。でも、彼女に必要なのはそれ以前のことだったわ。女の子が一人生まれたあと、あなたのお父さんが王妃の寝室を訪れることはなくなったそうよ。傷つくのは、いつも女」

 最後の言葉はため息交じりに言うと、ロビンは探るような視線を向けてきた。

「あなたも、男の犠牲者かしら。その若さで妊娠させられるなんて」

 その視線を受け止めながら、フランシスは考えていた。

 あの医務室での出会いから今まで、このロビンから自分への悪意を感じたことは一度もなかった。

 ここまで連れてこられる間も、自分を眠らせればそれだけ神経を使わずに済んだはずなのに、ジムはそうすべきと主張していたのに、最初と最後だけしかそうしなかった。しかも最後に飲まされた薬は、明らかに最初のものより弱かった。それは、胎児を気づかってのことだったのかもしれない。

(この人は、きっと意地悪ではない)

 それに賭けてみようと思った。

 もしもこのままここで子供を産むようなことになったら、そしてその子の父親がマリオンだと知られたら、きっと悪事に利用される。絶対にそんなことはさせない。

 そしてその前に……。

(あの木片を取り返さなければ)

「同意の上だよ」

 きっぱり言うフランシスを、ロビンは意外そうに見た。

「まあ、マリオン殿下からしたら、あなたに早く子供を産ませたいんでしょうけど」

「マリオンじゃない」

「え?」

「おなかの子の父親はマリオンじゃない。マリオンとの結婚は、父上が許してくれなかったから」

「じゃあ、あのブレザーの子なの?」

 フランシスはうなずいた。

「驚いた。あんな若い子に、あなたを妊娠させる度胸があったなんて」

「木片を返して。あれは僕のお守りだから」

「いや、若いから突っ走っちゃったのか。後先かんがえず」

「返してください。レイチェル伯母様」

 呆れた様子だったロビンの表情が固まった。

「僕は約束を守った」

「どうしてその名前を知っているの?」

「父上が話してくれた。あなたは父上のお姉さん、僕の伯母様なんでしょう? こんなこと言ったら申し訳ないけど、顔に痣がある女性がこんなに何度も僕に関わってくるなんて、偶然とは思えない。それなのに、どうしてこちらからはみつけられなかったんだろう。父上のお母さんはあなたのお母さんと友達だったから、ずっとあなたを探していたそうだよ」

「まさか……」

「亡くなる時に、あなたを探し出して力になるようにと、父に遺言を遺したと聞いてる。何があったのかわからないけど、あなたはきっと、あの狂人に利用されてるだけでしょう?」

 動揺を隠せないでいるその顔を、フランシスはじっと見た。

「助けてとまでは言わない。でもせめて、彼とのたったひとつの思い出を、僕に返して」

 そのとき、ドアをノックする音がした。

「どうぞ」

 気を取り直したような表情で、ロビンは振り向いた。

 二人のメイドが、食事ののったワゴンを運んできた。

「お食事をお持ちしました」

 中年の女性と、十代くらいの若い女性の二人だった。

 彼女たちにうなずくと、ロビンはまたフランシスに顔を向けた。

「食事が済んだら入浴よ。そこまでおとなしくしていたら返してあげるわ」

 フランシスはため息をついた。

(トイレから戻ったらって言ったくせに)

「利き腕を怪我しているから食べさせてあげて」

「はい、奥様」

 中年の女性が答えた。

 ふと見ると、二人とも強張った表情をしていた。特に若い方は、ほとんど顔色をなくしている。

 中年の女性が鍋からよそったスープの器を受け取った彼女は、その器を持ってベッドに歩み寄ってきた。

「ど、どうぞ…」

 スプーンですくってフランシスの口元に運ぼうとするが、手がふるえてうまくいかない。

 ロビンが怪訝な表情で見ている。

 案の定、スープはスプーンからこぼれ落ちてフランシスの胸元を汚した。

「も、申し訳ありません!」

 若いメイドは慌ててナプキンを手にしてそれを拭きとる。

「ジェーン、代わって」

「はい、奥様」

 ロビンに指示されて中年の女性が歩み寄ってきた。

「いいよ、彼女で」 

 そう言ってフランシスは、泣きそうな顔をしているメイドを見た。

「その体勢じゃやりづらいだろうから、ここへ座って」

 ベッドの端を指す。

「え、で、でも……」

「僕のこと、悪魔か何かだとでも言われた? 大丈夫だよ、何もしないから」

 優しい表情を作って見せた。

「はい……」

 メイドは、少し頬を赤らめ、おずおずとフランシスの隣に座った。

 今度は、ちゃんとスープを飲ませることができた。

「ありがとう」

 笑いかけると、メイドは驚いた顔をした。そしてさらに頬が赤くなる。

 スープの次に、ジェーンと呼ばれたメイドが切り分けたチキンソテーを運んできた。

「僕ね、チキンは苦手なんだ。僕が育った家で、鶏を飼っていたから」

 本当は、いつも我慢して食べた。ただ、彼女の心をほぐそうとして言った言葉だった。

「ど、どうされますか?」

「でも食べるよ。残すといつも、おじい様に叱られたから」

「トマトソースなので、きっとおいしいですよ」

 ひと口食べて、また笑いかけた。

「本当だ」

 メイドは嬉しそうな顔をした。

「名前は?」

「パ……パトリシアです」

 フランシスは、顔が強張った。

 涙が出そうになったのをこらえる。

「僕の姉上と同じ名前だ」

 そして、ここへ来て初めて、作り笑いじゃない笑顔を浮かべた。

「パティって呼んでいい?」

第一話の前書きにも記しましたが、第一話に加筆訂正をしました。さらに第二話にも少し加筆しております。古い方をお読みになった方、大変申し訳ありません。もう一度改訂版をお読みいただけたら幸いです。

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