第一話
数日前に投稿した内容に大幅に加筆して、一部改稿しました。古い方を読んでくださった方、申し訳ございません。もう一度改訂版をお読みいただけたら幸いです。
フランシスが目を覚ましのは、何かが爆発するような凄まじい音を聞いた時だった。
その前に自分を呼ぶ祖父の声を聞いたような気がしたが、現実のものとは思えなかった。
「今の音は?」
朦朧とする意識の中で、やっと声を出した。
「気がついた?」
ロビンの声。
いつのまにか怪我をした右腕には包帯が巻かれ、首からつるされていた。そして左手首は、ロビンの右手首と紐でつながれている。両足首もきつく縛られていた。
それがなくても逃げられたかどうかわからないくらい、頭が割れるように痛む。
「さあ、何かしらね。雷でも落ちたのかしら」
途中、民家や酒場でトイレを借りる時だけ拘束を解かれた。
武器を隠し持っているであろうロビンがそばにいたし、ジムと名乗った用務員も少し距離を置いて見張っていたが、徐々に頭痛もやわらいでいたので逃げようと思えば逃げられたかもしれない。
だがその前に、腕の治療のために脱がされたらしいギルバートのブレザーを取り返したかった。そのポケットに入っているはずのものを手に入れないまま逃げるのは、いささか無謀だ。
寒くもないのに「寒い」と言うと、ロビンはブレザーではなく毛布をかけてくれた。
「ブレザーは?」
「しわにならないようにかけてあるわよ」
迷った挙句、それ以上言うのをやめた。
袖を通すことができないのになぜ必要なのかと訝しがられるのは、得策じゃないような気がしたのだ。
急がなくても、そのうち取り返せるだろうとその時は思っていた。
そもそもフランシスは、逃げようという意欲がさほど湧いてこなかった。
それよりも、黒幕に会って真相を究明したい欲求の方が強かった。
逃げるよりも、飛び込んだ方が得るものは多いはずだと。
あの頭痛に悩まされたくなかったので、再び眠らされないようにおとなしくしていたせいか、もう一度あの薬を嗅がされることはなかった。
だがジムは、それが不満そうだった。
一週間ほど続いた馬車の旅が終わりに近づいていたのか、ある晩ジムは酒場に行ってくると言った。羽を伸ばせるのはあとわずかだからと。
自分がいない間のことを案じて、フランシスを眠らせろと言うジムの要求を、なぜかロビンは承諾しなかった。
それなのに、その晩の食事の後、フランシスは再び深い眠りに落ちた。
飲み物か何かに、睡眠薬を入れられたのだろうか。
「顔の怪我は、一週間もすれば治るでしょう。右腕の骨折は、全治二か月くらいかしら」
ロビンの声が、意識の遠くから聞こえた。
「なぜ、その前に殺さなかったんだ、その男を」
(この声は……)
「消火器の泡なんてかけてる暇があったら、殺せたはずだ」
(この声は、あの時の……)
「お言葉ですが、伯爵。あの時点で殺人事件なんて起こしたら、計画は水の泡です」
ジムのしわがれた声。
「それに、あの学校で使えそうな生徒は、この子を除けばあのショーンだけだったわ。あとは雑魚ばかり」
「雑魚以下だ。この子にこんな怪我を……」
額に触れられて、ゆっくりと目を開けた。
枕元に座り、フランシスをみつめていたのは、あの収穫祭の日に暗殺者を殺した男だった。
その口元が、微笑の形になる。
「目が覚めましたか? また会えましたね、フランシス」
前のような頭痛がなかったので、フランシスは安堵した。
「気分はどうですか? 水をあげましょうか?」
フランシスも、あえて笑みを浮かべてみせた。
「やっぱり、口封じだったんだな」
一瞬真顔になった男は、しかしすぐにまた微笑した。
「あの時の話ですか。あれはあなたを助けたんですよ。あなたに襲いかかるなんて許せなかった」
「しらじらしいことを言うな。僕を殺そうとしたくせに」
起き上がろうとして、右足首が拘束されていることに気づいた。
そして……。
(なんだこのヒラヒラは)
襟もとと半袖の袖口にフリルのついた、淡いクリーム色のネグリジェを着せられている。
「なんの話でしょう。悪い夢でも見たのかな」
「僕の母上を殺したのはあんただろう?」
「あなたの母君の事件は痛ましかった。だが、私が殺したわけではない。恨むなら、不義の子を産ませようとしたあなたの父君や、王族の男児を絶対視するあなたの国を恨むべきだ。私は恩を返しただけです。5年間、牢に閉じ込められていた私を救ってくれた人に」
「恩は返していないだろう。僕はまだ生きているんだから。何もかも中途半端なくせにグレース王妃を脅して利用したいなら、さっさと僕を殺せばいい」
男はまた真顔になってしばらくフランシスを見ていたが、突然声を上げて笑い出した。
「ははは、想像以上の無敵さだ。この私を言い負かすなんて。負けたよ、お嬢さん。私にあなたを殺すことなんてできない。それどころか、世界一大事にしたい。言っただろう? あなたは私の大切な人にそっくりだ。何年も何年もこの日を待っていた。かわいそうなエレナの分まで、あなたを幸せにしてあげたい。ドレスも、宝石も、欲しいものはなんでも与えよう」
今度はフランシスが笑った。笑うしかなかった。
「頭が悪いのか? 幸せにしたいならなぜ拘束する。ドレスも宝石もいらないから、まずこの気色悪い服を着替えさせろ」
男はますます愉快そうな顔をした。
「同じような服しか用意していないよ。よく似合っている」
「僕の制服があるだろう」
「あんなものは捨てた」
精一杯冷静でいたつもりだが、とうとう落胆が顔に出るのを隠せなかった。
「そう……」
「おなかが空いただろう。すぐに食事を用意させる。それから洗髪をして、その髪を元に戻しなさい。黒髪も悪くはないが、やはりエレナと同じ色がいい。そしてもっと伸ばしなさい。ロビン」
男は後ろを振り向いた。
「この子に、口のきき方を教えてあげてくれ。今のままのギャップも面白いが、このままでは国王陛下に会わせられない」
そう言って立ち上がった男は、すぐにまた振り向いた。
「そうそう、名乗るのを忘れるところだった。私はデヴィッド・ファーガソン。あなたをここに連れてきたロビンの夫です。あなたの拘束をはずすかどうかは、あなたの態度次第です。おとなしくしていてくれることを願うばかりです」
男たちが出ていっても、ロビンは部屋に残った。
体を起こしたフランシスは、目を伏せて小声で言った。
「トイレに行きたい」
そうだろうと思って、ロビンは残っていた。
「さすがのあなたも、彼らの前では言えなかったのね」
さっきまでの威勢のよさがなりを潜めると、別人のように可愛らしい女の子だった。
だが、あの年上を年上とも思わない生意気さを、どうやって直せと言うのだろう。
ロビンはポケットから拘束具の鍵を取り出したが、布団をめくってそれをはずす前に言った。
「ここへ戻ってくるまで、おかしなことをせずにおとなしくしていると約束できる? できないなら、これからトイレに行くたびに男たちがつきそうことになるわよ」
フランシスはロビンをじっと見た。
「その代わり約束を守れたら、あなたが欲しがっているアレをあげるわ」
瞳がかすかに揺れた。エレナによく似た青い瞳。
「彼の制服のポケットに入っていた、アレ」
「約束する」
ロビンは微笑した。
「いい子ね」
拘束具をフランシスの足首から外しながら、しかし旅の道中同様、油断はできないとロビンは肝に命じた。ナイフは常に身に着けているが、フランシスが本気を出したらそんなものは恐らくなんの役にも立たないのだろう。あのブレザーを捨てる前に念のために取っておいたアレが、いったいどのくらい効果があるのか。
(あんなものが……)
だが、制服を捨てられたと知ったときのフランシスの顔は、あきらかに落胆していた。
「あんな奴と夫婦なんだ」
部屋に戻るなり、フランシスは言った。ベッドに座ったが、横になろうとはしない。
「狂ってるよ、あいつ」
「ベッドに足をのせて」
フランシスの言葉は無視して、ロビンは冷たく言った。
「欲しくないの、アレ」
フランシスは渋々ベッドに足をのせた。
ベッドの柵につないだ鉄製の拘束具が、再び足首にはめられる。
「あなたのブレザーはベッドの上にあったのに、なんで彼は自分のブレザーをあなたによこしたのか不思議だったから、ポケットに何が入ってるのか興味津々だったけど、いったいアレはなに?」
「彼が言ったろう? 思い出の品だって」
「あんな木片になんの思い出があるの?」
やはり、木片だった。フランシスは自主練の必要がなかったので持ち帰らなかったが、ギルバートはポケットに入れていたのだ。
「イストレラの森の木の木片を身に着けていると、願いがかなうって言われてるから……。だから、彼と二人で作った」
口から出まかせを言ってみた。
「そんなロマンチストには見えないわね」
「でも今となっては、たったひとつの思い出の品だから。だから返して」
「彼が好きなの?」
フランシスは黙った。
「少なくとも、彼の方はあなたが大好きみたいね」
肯定した方が、同情を誘って返してもらえるだろうか。それとも逆に利用価値を教えることになって、返してもらえなくなるだろうか。
それはたぶん、この人が意地悪かどうかで決まる。
「マリオン殿下とは、ただの政略の関係なの?」
「あなたに関係ないだろう」
「ないけど、おおいに興味があるわ。あなたのおなかの子の父親がどっちなのか」
フランシスは、思わず目を大きく見開いた。




