第十六話
一瞬だけ静まり返った食堂は、すぐに大騒ぎになった。
「と、鳥!? 変身!?」
「本当かよ!? クリス!?」
「お前、漫画の見すぎじゃないか!?」
「入学した時、使える魔法を記入させられたろ!? あれ、全員が空欄だったって聞いてるぞ!?」
ギルバートも、自分の特技を記入しなかった。地獄耳だと知られたら嫌われるような気がして。
「さ、さっき理事長が言ったように、僕、高所恐怖症だから……」
クラストファーは、これ以上ないくらい体を縮めて、消え入りそうな声で言った。
また食堂は静まり返る。
「高所恐怖症の鳥なんているのか?」
誰かがボソッと言った。
「最初は、平気だったんだ。でも、いい気になって飛んでたらおっきな鳥に攻撃されて、怪我して……、たまたま落ちたところが柔らかい干し草の上だったから死なずに済んだけど、その落ちるときの恐怖が忘れられなくて……」
「君の姓は、アダムスだね?」
オリバーに問われて、クリストファーは顔を上げてうなずいた。
「何年かに一度、アダムス家に鳥になれる魔術師が生まれるのを聞いたことがある」
「すげえ! 究極の魔術師じゃん!」
大親友のリチャードは、我がことのように得意気だった。
「名乗り出てくれたということは、飛んでくれるのか? フランシスのために……」
マリオンが問いかける。
その顔を見た後、クリストファーはうつむいた。
「さっき、理事長に見抜かれたってわかったから……。いま勇気を出さなかったら、僕はきっと、一生後悔すると思うから……。僕はまた……」
そこまで言ってクリストファーはまた泣き出した。
「また、王女様の笑顔が見たい」
「よし、お前は連れて行こう」
「俺も、俺もです! マリオン殿下!」
ショーンが食い下がった。
「俺とフランシス様が戦うのを見たでしょう!?」
「あんなの、フランシスは実力の半分も出してないぞ。それに、お前に殴られたのだって間違いなくわざとだ。いじめられるのは、逆に好都合だって言ってた。正体がばれにくくなるから」
ショーンは、打ちのめされたような顔でうつむいた。落ち込んだショーンなんて、ギルバートは初めて見た。
「夢だったんです。騎士団に入ることが。騎士団に入って、フランシス王女と一緒に戦うことが……」
「じゃあどうしていじめた」
マリオンは容赦しない。
「本人だなんて知らなかった。男だと思っていたから、男を好きになる自分が許せなくて……あっ」
失言に気づいて、ショーンは赤くなってまたうつむいた。
「気にすることないよ、ショーン。みんなあの人を男だと思っていたけど、それでもあの人は、みんなの姫だった」
ボブが言った。
「殿下」
オリバーが、険しい表情のままのマリオンに顔を向けた。
「光の剣を出せる人間は、保険としてもう一人いた方がいいんじゃないですか。彼が言ったように私は年寄りです。道中、何があるかわからない」
マリオンは驚いてオリバーを見た。
「何があるかわからないのは誰だって同じだ。だがあなただけは、絶対たどり着いてもらわないと困る。ひと一人やっと通れるような道を行くんだ。ブランカは連れていけない。そうなると、あなたがいなかったらフランシスの居場所をみつけられない」
「だから、あくまでも保険の話です」
「じゃあ、あいつはどうだ? 教師のコールマン」
「コールマン先生には、いま身重の奥さんがいます。何日も家を空けさせるわけにはいかない。それに、光の剣を出せるようになったのはコールマン先生よりショーンくんの方が早かった。その早さと剣の実力は比例してます」
マリオンはため息をついた。少し悔しそうだった。
「わかった。じゃあお前も連れていく」
「やった!」
ショーンは嬉しそうに指をパチンと鳴らした後、クリストファーの方を振り向いた。
「仲良くしようぜ、クリス!」
途端に、クリストファーの顔は青ざめ、ギルバートに歩み寄ってきてその背後に身を隠した。
「り、り、理事長、僕……、級長も一緒じゃないと、やだ……」
マリオンとオリバーは唖然とした。
「おい、遠足に行くんじゃないんだぞ!」
クリストファーはショーンが大の苦手なのだ。ギルバートはチャンスだと思った。
「僕も保険になります! 空の上だって何があるかわからない。もしもクリスが飛べなくなるようなことがあったら、僕が偵察役になります。どの部屋にフランシス様がいるかとか、敵が何人いるかとか、僕なら外から聞き分けられる」
オリバーは微笑したが、マリオンは厳しい表情を変えなかった。
「命を落とすかもしれないんだぞ。わかっているか?」
「僕も、クリスが言ったように後悔したくない。フランシス様は、あいつらに眠らされる前に、そんな状況だっていうのに、僕に笑いかけたんです。ありがとうって……。巻き込んでごめんって……。僕がいなかったら、きっとあいつらをやっつけられたのに……。僕に……僕にも……自分にできることをさせてください」
ギルバートは泣きながら頭を下げた。
その隣でクリストファーも頭を下げる。
「僕からもお願いします。正直ぼく、級長がいてくれなかったら、不安で、心細くて、ちゃんと飛べるかどうか……」
マリオンはため息をついた。
「条件がふたつある」
ギルバートとクリストファーは、同時に顔を上げた。
「ひとつは、自分の身は自分で守ること。特にギルバートは、戦闘が始まったらどこかに身を隠して絶対に出てくるな。お前の役目は戦うことじゃない。クリスもショーンも、絶対に無茶はするな。お前たちがもしも死んだら、一番苦しむのはフランシスだってことを忘れるな」
「はい」
三人は同時に返事をした。
「そしてふたつめ。俺のフランシスに、指一本ふれるな」
しんと静まり返った。
「殿下、大人げないですってば」
カイルが小声で言った。
「返事は!?」
「はい」
さっきよりはトーンが下がった声で、三人は応えた。
「みんなありがとう。フランシスのために……」
オリバーの目元は、少し潤んでいた。
「だが、ギルバートくん、ショーンくん、あまり自分を責めないでほしい。今の状況は決して良くはないが、最悪ではない。もしもフランシスがショーンくんに殴られていなかったら、医務室に行かなかったら、ロビン・ファーガソンに会わずに学校を辞めることになったろう。彼らはダイナマイトと麻薬を持っていた。おそらく、放っておいたらもっと恐ろしいことが起こり、被害者が増えていただろう。彼らはきっと、君たちの中から優秀な魔術師をみつけ出して拉致したり、この学校を爆破することを計画していたんだろう。その計画を防ぐことができた。そして、ダイナマイト、麻薬、フランシスを眠らせたクロロホルム、もっとさかのぼれば、去年の秋にバルトワでマリオン殿下を暗殺する手段として使われた弓矢。これらのことから、何かを想像できませんか?」
少年たちは不思議そうな顔をしていたが、マリオンはハッとしてオリバーを見た。
「奴らは、なぜ黒魔術を使わないのか」
「そうです。ディアスには私の娘に呪いをかけた黒魔術師がいるはずなのに、いっさいその片鱗も見せてはいない。彼らが使った手段は、すべて普通の人間の悪党が使う手段だった。私の娘に呪いをかけたときは、自分の身を守るためにその犯行を計画した人間の記憶から自分の記憶を消したのに、今回はロビン・ファーガソンの記憶を消さなかった。おそらく、消せなかったのでしょう」
そしてオリバーは、自分をじっと見ているマリオンと視線を合わせた。
「魔力が弱くなったのはアステラの魔術師だけじゃなく、彼も同様なのではないか。いやおそらく、我々の魔力を弱めるために全精力を注いだため、自分の魔力も弱くなったか、あるいは底をついたか……。もちろん、だからと言って油断はできないが、今回の出来事は、見方を変えればもしかしたらピンチではなくチャンスなのかもしれない」
「チャンス?」
さすがにそれはないだろうと言いたげな顔で、マリオンは苦笑した。
「ジュリアン公爵は殺され、国王陛下は歩けない体になり、あなたは暗殺されそうになった。そして魔術師養成学校にまで潜入してきた奴らにこれ以上好き勝手をさせないためには、こちらからも動かなければならない。殿下、あなたがフランシスに対して恋愛感情を持っていなかったとしたら、敵の懐に送り込む戦士に誰を選びます?」
マリオンは言葉をのむ。
「フランシスほど、最適な戦士はいないんです。もちろん、私もあなたも、そんな手段は選ばない。でも、結果的にそうなってしまった。おそらく、あの子の想定の中には、こうなることも入っていたでしょう」
「なんだって?」
「敵の懐に入り込まなければ解決できない。あの子はそう考える子です。だからギルバートくん。君は自分を責める必要はない。もちろん私は、こうなることを望んでいたわけではないし、楽観もしていない。だが、我々が思うほどは、あの子は恐れてはいないと思う。あいつらは、ディアスは、最高の切り札と最悪の爆弾を同時に手に入れたんです」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
いよいよ大詰めです。
すべての伏線を回収できるのか(汗)、ハッピーエンドかバッドエンドか、作者と一緒にハラハラドキドキしながら最後までおつき合いいただけると嬉しいです。
ここまでは書きためたものを投稿していましたが、そのストックも次章の途中までの分しかありません。終わりが近づくにつれ、我が子のようにかわいい登場人物たちとお別れするのが辛くて、筆がぴたりと止まってしまいました。この先を楽しんで書けるように、一言でも感想をお聞かせいただければ嬉しいです。きっと励みになります。
よろしくお願いします。




