第十四話
バルトワとアステラの両国王の話し合いは、どこまでいっても平行線だった。
どんなにしっかりしているとはいえ、まだ昨日15歳になったばかりの娘を他国へ嫁がせることに、ジェイソン国王は断固として反対の姿勢を曲げようとはしなかった。
親なら当然だろうと、マリオンも理解はしている。
まして、ずっと自分の手元で育てることができず、一緒に暮らせるようになってからまだ一年しかたっていないのだ。
(そしてその容姿は、若くして亡くなった最愛の女性にそっくりだときている)
そりゃ、手放したくないよな、とマリオンはそっとため息をついた。ため息をつくのはこれで何度目だろう。
二人がかりで攻めたら酷なように思え、親たちの話し合いにマリオンは極力口を挟まないようにしていた。
ニコラス国王もまた、一歩も引かない。
フランシスが男になってしまったら、もうマリオンとの結婚は望めない。だからどうしても、その前にフランシスに自分の息子の子供を産ませたいのだ。できれば男児を。
マリオン自身も同じ考えだが、第三者にそれを望まれると、二人にとっては神聖なことが汚れてしまうような気がしてくる。
もちろんニコラス国王も、それをジェイソン国王の前で口にしたりはしない。娘が若すぎることを心配している国王に、子供の話などしたら逆効果なのは目に見えているから。
ニコラス国王は、息子の案である両国の合併をジェイソン国王に提案した。それがどちらの国にとっても最善の方法だと。
確かに、二人が結婚するのならそういう形にでもしてもらわないと、次期国王を奪われるアステラとしては割が合わない。だが、二人が結婚しない場合は、合併した国の王はどちらになるのか。当然、力関係からいってバルトワの方だろう。だから二人の結婚を承諾できずにいるジェイソン国王にとっては、その案もすぐには受け入れられるものではなかった。
「とにかく、どんなに早くても、娘は16歳までは結婚させません。王族たるものが、法律を無視するわけにはいかない」
「陛下、愛し合っている二人を、一年も離れ離れにさせておくのはあまりに酷じゃないですか」
父親の口から愛などという言葉を聞いて、マリオンはつい吹き出しそうになった。いつも損得勘定でしか行動しないような人なのに。
「殿下」
ジェイソン国王に呼ばれて、マリオンは緩んでいた口元を慌てて引き締めた。
「はい」
「フランシスがどうして今、学校に行っているかわかりますか?」
「あ、ええ」
(ロビン・ファーガソンのことか?)
自分には隠していたのに父親には話したのかと、マリオンは複雑な気持ちになった。
「陛下も聞いてるんですね?」
「あの子は、あなたとの結婚を諦める代わりに、男子校に入学することを許してほしいと言ったんです。それがすべての答えだと思いませんか?」
「え、いやそれは、16歳になるまで待つと言っただけで……」
「正体を隠してまで男子校に行きたがったあの子の気持ちを思うと、無茶なことはわかっていても、私には反対できませんでした。あの子は確かに、あなたを愛しているかもしれない。でも決して、女になりたいわけじゃないんです」
ロビン・ファーガソンの話ではなさそうだった。そのことを知らない人間からしたら、確かにそういう考えになるのだろう。
「陛下、僕たちはちゃんと、フランシスの体が男になったときのことまで話し合っています。そうなっても、気持ちは変わらないと……」
「陛下、大変です!」
マリオンの言葉が終わらないうちに、ひとりの家臣が血相を変えて駆け込んできた。
「フランシス様が拉致されたと……」
マリオンは立ち上がって家臣の方を見た。その後ろにオリバーが立っている。
「なんだって?」
「いらしてたんですか、マリオン殿下」
オリバーが歩み寄ってきた。
「ブランカが異変に気づいて追跡したんですが、ディアスに通じる唯一の道がダイナマイトの爆発で崖崩れを起こし、進路を絶たれました。乗っていたのがブランカじゃなかったら、私も巻き込まれていた」
「ディアス?」
マリオンは、全身から血の気が引いていくのを感じた。
「ここへ来る前に学校に寄ってきました。教師が二人死亡。一人は裏庭でナイフで胸を刺され、一人は医務室で頭を打って……。そしてやはり医務室で、生徒が一人昏睡状態です」
マリオンは、二人の国王の方を振り向いた。
ジェイソン国王は、事態をのみ込めないでいるようだった。
「なぜ……学校で……」
やはり、ロビン・ファーガソンのことは知らなかったのか。
「陛下」
マリオンは、しっかりしろと自分に言い聞かせた。
「バルトワが全面的に協力します。そうですよね、父上」
「あ、ああ、もちろんだ」
答えながらも、ニコラス国王も困惑しきっている。
そこへまた一人、家臣がやってきた。恰幅のいい初老の男が後ろからついてくる。二日前にマリオンも会った、魔術師養成学校の校長だった。
「イストレラ魔術師養成学校校長のマシュー・オーウェンです」
恐縮した様子で挨拶したあと、オーウェン校長は震えているような声で言った。
「医務室で気を失っていた生徒が、先ほど目を覚ましました。お……恐れながら……、国王陛下……、フランシス王女が我が校の生徒になってらっしゃったというのは、本当なのでしょうか?」
ジェイソン国王は、まだ蒼ざめた顔のままうなずいた。
「本当だ」
校長は、ひとつ息をのむ。
「我が校の校医と用務員として、ディアス王国の人間が潜入していました。彼らに眠らされていた生徒、級長のギルバート・ライアンという者ですが、彼の話によると、フランシス様がお怪我をされて、たまたま二人で行った医務室でフランシス様はその校医の正体を見抜き、捕えようとしたそうなのですが、逆にギルバートが用務員の男に捕えられたため、フランシス様は抵抗できなくなってしまったと……。そしてもう一人、教師のトニー・アンダーソンという者も彼らの駒にされていたようです。何かの薬の、中毒にされていたようだと」
マリオンは、去年の秋、やはりフランシスを拉致したブレストンのスティーブの話を思い出した。
「その教師は、医務室で亡くなっていました。もう用済みだったということでしょうか」
「生徒が……ギルバートが犠牲にならなかったのは、不幸中の幸いだったな」
マリオンは言った。
二日前に会った生徒たちの中で、ギルバートが一番印象に残っている。
ショーンとの剣の試合で倒れたフランシスをかばったときも、応接室に乗り込んできたときも、少年特有のまっすぐさで自分を睨みつけてきたギルバート。
あの時も、そして今日怪我をしたというフランシスのそばにいたのも、決して級長としての責任感だけではないだろうとマリオンは思う。だが、もしも彼がいなかったら……。
(その校医も用務員も教師も、フランシスの敵ではなかったかもしれない)
「ギルバートが殺されなかったのは、彼らの伝言を伝えさせるためだったようです」
校長は苦しそうに言った。
「彼らが逃げる時間を稼ぐために眠らされたと、ギルバートは言っていました。そして目が覚めたら伝えるようにと。今後、ディアスにたてつくようなことがあれば、フランシス様の命はないと」
マリオンは、きつく目を閉じた。そして目をあけるとジェイソン国王を振り向いた。
国王は頭を抱えている。
「陛下、彼らにとって、フランシスは大事な人質です。それはつまり、決して危害を加えられることはないということです」
それは、誰よりも自分に言い聞かせたい言葉だった。
だが、どんなに強く言い聞かせても、底なしの不安は消えない。暗い闇の中へ自分を引きずり込む不安。
彼らは何よりも、フランシスが産む子供を欲するだろうと。
「生徒は、信頼できる保証人がいないと入学できなかったはずだ」
ジェイソン国王が苦しげな声で言った。
「それなのに、校医や用務員はなぜそんな人間を採用したんだ」
校長は、すぐには答えられずうつむいてしまった。
その答えをマリオンは知っている。確かに言いづらいだろう。
「用務員は、校医のロビン・ファーガソンの紹介でした。そしてそのロビンの保証人は……、グレース王后陛下です」
ジェイソン国王は、あまりの衝撃に言葉を失っていた。
「陛下、王后陛下は脅されていたんです」
ずっと黙っていたオリバーが口を開いた。
国王は、その驚いた顔のままオリバーを見た。
「すべてはつながっているんです。ロビン・ファーガソンは、おそらくエレナのおなかの子を殺そうとした黒魔術師か、その仲間です」
「なぜ……それを知っている? いつから……」
「グレース王妃の治療をしたときに、王妃の記憶が見えました」
「じゃあ、それを知っていて、お前はフランシスをあの学校に行かせたのか?」
「それを知っていたから、あの子はあの学校に行ったんです」
「なんだって?」
「入学してすぐ、生徒にも教師にもロビン・ファーガソンという人物はいないとわかり、あの子はすぐにそれを私に報告してきました。だから私もすっかり油断していました。申し訳ありません」
「おい、どういうことだ。話がさっぱりわからない」
ニコラス国王が、小声でマリオンに問いかけてきた。
「15年前、バルトワ城の地下牢から黒魔術師を逃がして、フランシスが産まれることを阻止しようとした犯人は、叔母上なんです」
今度はニコラス国王が言葉をなくす番だった。
「だから父上、叔母上の罪滅ぼしのためにも、我々は絶対フランシスを助けなければならない」
今は、過ぎたことを話している場合ではない。
「どんな男なんだ。そのロビン・ファーガソンというのは。グレースがいったいなぜ、そんな男と……」
「父上、今はそんなことより……」
「男じゃありません。ロビン・ファーガソンは女性で……、顔に、その……、痣があり……」
自分の声に重なった校長の言葉に、マリオンは愕然とした。
「なんだって?」
しかし、今日何度目かのその驚愕の声を上げたのは、自分ではなかった。
自分以上に青ざめた顔で、ジェイソン国王が目を見開いていた。




