第十三話
計画が狂ったのはこれで二度目だった。
一度目は、去年の秋、バルトワの収穫祭。
ディアス王国にとってもっとも目障りだった男、マリオン・テイラーを暗殺するのに、あんな絶好の機会はなかった。
馬車の両脇を近衛兵がガードしているとはいえ、高い位置からなら仕留められると。
何か月も前から念入りに計画を立て、絶好の弓の名手を雇った。
それなのに、たった一人の少女がその野望を打ち砕いた。
(マリオンの隣にいる彼女を見たときの、あの人の慌てようといったら……)
ロビンは思い出す。
国王陛下の命令に背いてでも、計画を中止しようとした。が、間に合わず矢は放たれた。
暗殺が失敗したことよりも、彼女が無事だったことの方が、彼にとっては重要だったらしい。
だがなぜ、彼女が、フランシスがあの場所にいたのか。マリオンの隣に。
マリオンの婚約者は、パトリシア王女ではなかったのか。
大急ぎでアステラ城にスパイを潜り込ませようとしたが、ことごとく失敗する。
使用人の募集に応募した者も、騎士団への入団を志願した者も、必ずフランシスが面談をするという。採用の決定権はすべて彼女にあるらしかった。逮捕者が出るまでには至らなかったことをみれば、完璧な読心術を身につけているわけではないようだが、それでもある程度の危険人物を見抜ける能力を持っているのだろう。
やむなくフランシスと接触しない方法を選び、城へ出入りする食品業者にスパイを送り込んだのは、もう暮れも押し迫ったころだった。そして少しずつ親しくなった城の住人たちから情報を集め、驚愕の事実を知った。マリオンとフランシスが恋愛関係にあるということを。
フランシスは、体が女でも心は男のはずなのに。
スパイからの報告で、そのフランシスがいまアステラ城にいないこともわかっている。だから、ジュリアン・ブロンテの正体はすぐに見抜いた。
わからないのは、なぜ彼女がここにいるのか。
そしてなぜ……。
(私の本名を知っているのか)
意識を失ったフランシスを、ロビンはトニーの手を借りてベッドに横たえさせた。
殴られて傷を負っても少しも損なわれることのない、その美しい顔をみつめながら。
「さて、どうするか」
用務員としてこの学校に侵入していたジムが、ため息まじりに言った。
「もうここにはいられないだろう。なにひとつ計画は終わっていないが、これだけの大物を持ち帰れば伯爵様も、そして国王陛下もお許しくださるだろう」
「その子はどうする?」
ロビンは、ジムにおさえつけられたままのギルバートに目をやった。
睨むような目でじっとフランシスを見ている。
「連れて行こう。人質は多い方がいい。こいつも眠らせろ、ロビン」
「逆よ。荷物は少ない方がいいわ。フランシスだってどうやって運ぶの? 私には無理よ」
そのとき、廊下で人の話し声がした。
とっさに叫びそうになったギルバートの口をふさぎ、その体を引きずりながら衝立の後ろに身を隠した。
ロビンはフランシスの頭までシーツをかぶせる。
声が遠ざかると、ジムは言った。
「ぐずぐずしている暇はない。こいつはやはり眠らせて時間を稼ぐ。そしていいか、目を覚ましたら大人たちにこう言うんだ。フランシス王女はディアスが預かっている。今後ディアスにたてつくようなことがあれば、王女の命はないと」
口をふさがれたままのギルバートは、ただ目を見開いてジムを見ていた。
「わかったか。一言一句、違えずに言うんだぞ」
ギルバートはうなずく。その目から、また涙がこぼれ落ちた。
ジムの目配せも待たずに、ロビンはフランシスと同じようにギルバートに薬を嗅がせた。
重くなった体を、ジムは床に横たえさせる。
そしてトニーを見た。
「お前は、情報が正しくこの国のトップに届いたのを確認したら、この学校を爆破しろ」
「な、なんだって?」
「ダイナマイトの使い方は教えたよな」
トニーは青ざめてジムにしがみついた。
「私を連れて行ってくれないのか? 置いていかれたら、どうやって薬を手に入れればいいんだ」
「そんなことは知ったことじゃない。行くぞ、ロビン」
そしてジムは、シーツにくるんだままのフランシスを抱きかかえた。
「待ってくれ! 置いていかないでくれ! 頼む!」
「うるさい! 大きな声を出すな」
しがみつくトニーを、ジムは力任せに振り払った。
よろめいたトニーは机に頭をぶつけ、そのまま床に崩れ落ちた。
「死んだの?」
「知らん。とにかく急ごう。こいつはもうあてにならないから、ダイナマイトは持っていく」
真の目的は、優秀な魔術師をみつけて、もしくは育つのを待って誘拐することだった。
生徒たちの情報を得るために、一番気弱そうに見えた教師を薬漬けにした。
そして目的が達成できたらこの学校は爆破する予定だった。
またもや目的は未達成に終わるが、おそらくどんな魔術師よりも価値のある人間を、思わぬ形で自分たちは手に入れた。
(この子を見たら、あの人はどうするだろう)
その想像の答えはわかっている。
それを思うとこの選択に躊躇しそうになる自分を、ロビンはあえて意識の外へ追い出した。
ジムの前に立って廊下へ出、人目を警戒しながら裏口へと進む。
人の声や足音を聞くたび身を隠し、なんとか裏庭まで出たが、そこでばったり一人の男性教師と鉢合わせした。
シーツにくるんだ大きな荷物を抱えている用務員の男と女医の組み合わせを、怪訝な表情で見るその教師が口を開く前に、ロビンは隠し持っていたナイフを教師の左胸に突き刺した。
人を殺す術も勇気も身につけている。おそらく、心臓まで到達しただろう。
声も出せずに絶命して倒れた教師を振り返りもせず、ロビンとジムはジムが住み込みとして使っている離れの小さな建物にたどり着いた。そして掃除道具をしまってある倉庫の奥から隠していたダイナマイトを運び出し、ジムの馬車に積み、フランシスをその馬車に横たえさせた。
ブランカの激しいいななきに驚いて、鶏たちが庭をせわしく走り回った。
飛び出してきたオリバーは、その尋常じゃないブランカの興奮ぶりに背筋が凍りそうになる。この馬は、自分よりも主の危険を察知する能力に長けていた。
馬小屋に駆け込んだオリバーが飛び乗ると、風のような速さでブランカは走り出した。




