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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第三章 嘘と魔法とボーディングスクール

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第十話

 目覚めたとき、フランシスは違和感を感じて飛び起きた。

 辺りを見回して呆然とする。

 自分の部屋じゃない。

 人の気配を感じてそちらに目をやると、やはり同じように気配を感じて振り向いたギルバートと目が合った。

 ベッドに寄りかかって座っていた。そのままそこで寝ていたのだろうか。

 状況がのみこめず、問いかける目でギルバートをみつめた。

 その視線を受け止めながら、ギルバートもしばらく黙っていたが、やがて前を向いた。

 目を合わせないまま、低い声で言う。

「申し訳ありません。あなたの部屋では、その……クリスたちが騒いでいたので、勝手にここに連れてきてしまいました」

 フランシスは、自分の体温がサッと低くなったような気がした。

「なぜ……」

 聞かなくてももうわかった。それでも、あえて答えを求めた。

「なぜ……、敬語を?」

 声がかすれる。

 背を向けたままのギルバートが口を開くまでの時間が、ひどく長く重く感じた。

「僕は、生まれつき耳がいいんです。魔術師だった祖父の血を継いで……。だから、応接室でのあなたとマリオン殿下の会話も廊下で聞こえたし、おとといの夜、あなたが部屋を出ていったのもわかりました」

 フランシスは、大きくひとつ息を吐いた。

 とうとうこの時がきたんだな、と思った。

 二か月にも満たなかったけれど、まあまあ頑張ったほうではないだろうか。

「あなたは、フランシス王女様ですね?」

 誰かに見抜かれるとしたら、一番可能性があるのはギルバートだろうと思っていた。

 誰よりも聡明で、責任感の強い級長。

 そしてその正義感は、きっと自分の嘘を許さないだろう。

「ごめん。迷惑かけたんだね」

 一晩中、横にならずにいたのだろうか。

「どうしてですか?」

 やっとギルバートは振り向いた。

「教えてもらえませんか? どうしてこんなことを」

 真剣なまなざしを受け止める。

「僕も魔術師の血を引いてるから、ここで学んでみたかったんだ」

「あなたなら、そして国王陛下の力なら、こんな形をとらなくても特別枠を作ってもらえたんじゃないですか? 正々堂々と入学できたんじゃ……。そうすれば、あんなふうにショーンにいじめられることもなかっただろうし、みんなきっと大歓迎で迎えていたはずです」

 フランシスは首を振った。

「それじゃダメなんだ」

 そしてうつむく。

「僕は……“普通”になりたかったから」

 怪訝な表情でみつめているギルバートの隣に足を下ろして、フランシスは立ち上がった。

 わかってもらえるとは思っていなかった。わかるはずなどないのだ。

「いいよ、みんなに言いふらしても。先生に告発しても。どうせ……」

 ドアに向かって歩きだした足を止め、黙っているギルバートの方を振り向いた。

「どうせ夏服になったら隠せないんだから」

 なぜか顔が赤くなったギルバートにまた背を向けて、フランシスは部屋を出た。

 ドアを閉めた途端、視線を感じて顔を上げた。

 ショーンが目を丸くして自分を見ていた。

 ジョギングでもしてきたのか、トレーニングウェアでタオルを首にかけている。

 フランシスは、つきものでも落ちたように微笑を浮かべていた。

「おはよう」


 自室に入った途端、立ちつくしてしまった。

 クラッカーの屑と食べ散らかしたお菓子、飲み残しが入ったままの紙コップ。

 ため息をつきながら片づけ始めた。そしてさっきの会話を思い出す。

 とうとう言ってしまった。

 “普通”になりたい――。

 それは、決して口にしてはいけないと思っていた言葉だった。

 祖父は例外として、父ももしかしたら自分のその気持ちをわかっていたかもしれない。

 この無謀なことに反対もせず、シャワー室を作るために多額の寄付金を出してくれた。

 けれども、それ以外の人には知られたくない気持ち。

 パトリシア、マーサ、騎士団のみんな、アステラ城で自分を見守ってくれているすべての人々、そしてもちろんマリオン。

 自分を愛し、大事にしてくれている人たちが、それでもまだ自分が心の奥で今の自分を受け入れきれずにいること、普通の男になりたい気持ちを捨てきれずにいることを知ったら、どんなに失望するだろう。

 そしてフランシスはこの学校にきて、同年代の少年たちが自分をどんなふうに思っているかを知った。

 臆面もなく、憧れを口にする少年たち。その憧れの対象が、本当は彼らのような普通の男の子になりたがっていると知ったら、なんてわがままだと思うだろう。

 わがままで、嘘つきで、強いコンプレックス。

 そんな自分を思い知りながら、それでもどうしてもこの学校に来たかった。普通の男子学生になってみたかった。

 男子学生になる――。そう決心したときの興奮。入学できたときの喜び。それはきっと、ロビン・ファーガソンに会うことよりも強く、自分をこの学校に向かわせた思いだった。

 ミッションが空振りに終わっても、女の名前で呼ばれても、ショーンにいじめられても、一日でも長くここにいたかった。

 けれども、それももう終わる。


(なぜあいつが、ギルバートの部屋から出てくるんだ)

 寮の食堂で朝食をとりながら、ショーンはいらだっていた。

 しかも、笑わないことで有名なジュリアンの、あの微笑。

(よほどいい思いをしたってことか?)

 そのショーンの耳に、クリストファーの大声が届いた。

「級長、あれからどうしたの?」

 ちょうどギルバートが、食堂に入ってきたところだった。

「僕の部屋で寝かせたよ」

「えっ、ジュリアと一緒に寝たの!?」

 今度はリチャード。

 全員の視線が彼らに集まった。

「一緒にって……。僕はベッドの外で寝たよ」

「なんで級長の部屋に連れてくのさ。ジュリアのベッドあそこにあるのに」

 ボブも加わった。

「だって、君たちがあんなこと言うから……」

「えーっ、あんなのふざけただけだよ。ずるいなぁ、級長、ひとりだけ抜け駆けして」

「ほんとはさ、級長がジュリアにキスしたかったんじゃない?」

 ロジャーもやってくる。

「なになに? 級長とジュリアがキスしたの?」

「朝まで一緒にいたんだって」

「え、どういうこと、それ!?」

「どういうことって、そういうことだろ」

「えーっ、まじかよ」

 食堂は大騒ぎになり、もはやギルバートは話す気も失せているようだった。

 ショーンは手に持っていたフォークをいきなりテーブルに叩きつけ、正面にいたミックとポールが驚いて固まった。

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