第七話
「あの級長、なんて名だ?」
みずからコーヒーを入れながら、マリオンは少し不機嫌だった。
「ギルバート?」
「あいつ、お前に惚れてるな」
「まさか」
マリオンが学校の近くに取ったホテルの一室だった。
豪華なスイートルームで、中央には三人は寝られそうな大きなベッドがある。
「お前が負けそうになればすぐ止めに入り、お前が教室に戻ってこなければ顔色かえて迎えにくる。あれが惚れてるやつの行動じゃなかったらなんなんだ」
「級長だからでしょ。そもそも今のところ誰も、僕を女だとは思ってないから」
「言ったろう? 男を愛する男もいるんだ」
「そんなのはごく少数じゃない」
「いや……」
コーヒーカップを二つ持って近づいてくる。そして隣に座ってカップをテーブルに置き、フランシスをみつめた。
「男だからとか女だからとかじゃない。この顔だから虜になるんだ」
手を伸ばして頬に触れてくる。
二人とも、ホテルの備品のガウンを着ていた。
「じゃあ、僕がブルドッグのような顔だったら、あなたは僕を好きにならなかった?」
「お前、性格だっていいじゃないか」
「話そらさないで答えて」
「なんでそんな極端な例えをするんだ」
マリオンは笑いながらコーヒーを飲んだ。
「飲むか?」
フランシスは首を振る。
「そうだな。ブルドッグだったら、恋はしなかっただろうな」
「正直でよろしい」
言いながら、ソファに寄り掛かった。
「僕だって、あなたがゴリラみたいな顔だったら好きにならなかった」
マリオンは声を出して笑った。
「よかった、ゴリラじゃなくて」
そしてまたみつめる。熱を帯びたような、鳶色の瞳で。
「この顔が、たまらなく好きだ。会うたび見惚れる。会うたび、恋をする」
顔を寄せてきて、コーヒーの香りの唇を重ねた。
「来ると思ったか?」
「半々……。明日かもと……」
「明日、父上もこっちに来る」
「え……」
「叔母上のお見舞い……というのはついでみたいなもので、いろいろ話し合いに……。父上も母上も、俺の結婚を急ぎたい派だから」
そしてマリオンは、いたずらっ子のような笑顔を浮かべた。
「ちょっとかわいそうだけど、ジェイソン国王は孤立しそうだな」
フランシスは少し複雑だった。父が自分を心配してくれている気持ちは、十分わかっていたから。
「俺はその前にお前に会いたかったから、適当に理由をつけて先に来た。だけど……」
またじっとみつめてきた。
「どうする? まさか男子学生が妊娠するわけにいかないだろう」
フランシスはうつむいた。
「約束だから来たけど、待てって言うんなら待つぞ」
首を振る。
「ほんとは、言われなくてもわかってた。夏服になったらいられないって」
「じゃあ、学校辞めるのか」
うなずいた。
途端に、胸に広がるこの悲しみはなんだろう?
「ほんとの目的は空振りに終わったし……」
「ほんとの目的?」
「読心術が使えるようにならなかった」
マリオンは唖然とした。
「お前、本気で……」
「はは、嘘だよ」
笑ったあと、もう打ち明けてもいいかな、と思った。
「おじい様がグレース王妃の治療をしているとき、僕はそばにいて、王妃の記憶をおじい様ごしに見ちゃったんだ」
フランシスの冗談に怒っていたマリオンの顔は、すぐに真顔に戻った。
「王妃は誰かに脅迫されて、この学校に推薦状を書いてた。ロビン・ファーガソンって男の……。でもそういう生徒はいなかったし、教師にもいない。もしかしたら、推薦状を書かせた人物がロビン・ファーガソンで、その推薦状で学校に入った人物は違う名前なのかもしれないけど……」
「それを調べるのがほんとの目的か」
「うん」
マリオンはため息をついた。
「なぜ今ごろ言う」
「心配かけると思って……」
「つまり、危険なことだって自覚はあったんだな」
「そいつは黒魔術師か、それにつながる人物の可能性があるからね」
マリオンは、眉間にしわを寄せてまたため息をついた。
「でもマリオン」
「ああ、わかってるよ。お前の立場なら調べずにはいられないよな。そしてお前なら、もしかしたら危なげなくやり遂げることもできたかもしれない。だけど、とんでもない危険が待っていたかもしれない」
「マリオン、母上の仇を討とうって言ったじゃないか。怖がっていたら何もできない」
「俺は二人で討とうって言ったんだ。いいか、これからは一人で行動するな。絶対俺に隠すな」
「でも……」
フランシスはクスッと笑った。
「マリオンまであそこに入学するわけにはいかない」
「いや、なんでもやるさ、お前のためなら。警備員でも、用務員でも、清掃員でも……」
(どうせカイルにやらせるくせに)
苦笑しながら、ふと思った。
(用務員?)
そうか。大人だからって教師とは限らないのか。
(あの火事騒ぎの犯人は……)
あの騒ぎは、結局なんだったのだろう。ショーンを懲らしめることが目的だったのなら、少なくとも自分の敵ではないのだろうか。
「なにを考えてる?」
問いかけられて、顔を上げた。切れ長の目がみつめている。
自分もこの顔が好きだと、フランシスは思った。
「隠してて、悪かったなって」
その目が優し気に微笑した。
「反省したならよろしい」
さっきのフランシスのセリフを真似てそう言うと、その胸に抱きしめられる。
「もうすぐ日付が変わる」
「うん」
「ベッドへ行こう」
「うん」
「怖くないか?」
「あなたとなら……怖くない」
抱きしめる手がさらに強くなった。
「マリオン」
「ん?」
「ありがとう。待っててくれて」
どんなにか、苦しかったことだろうとフランシスは思った。その気持ちに、今夜こたえるのだ。
返事の代わりにくちづけがおりてきた。
そして抱き上げられる。
ベッドに運ばれて下ろされたとき、ちょうど枕元の時計の針がひとつになった。
「15歳おめでとう。フランシス」




