第六話
応接室には、マリオンとカイルしかいなかった。
「お呼びでしょうか、王太子殿下」
「誰も入ってこないように見張ってろ」
かしこまった挨拶は無視され、マリオンはカイルにそう命じて外に出すと、いきなりフランシスを抱き寄せて唇を重ねてきた。
「どういうつもりだ」
すぐに唇を離してそう言うと、答える間も与えずにまたキスしてくる。
「なぜ本気を出さない」
そしてまたキス。
それを押しとどめながら、フランシスは笑い出した。
「しゃべるかキスするかどっちかにしてよ」
「どっちもだ。五か月ぶりだぞ。話したいこともやりたいことも山ほどある」
「やりたいこと……」
フランシスはうつむいて苦笑した。
明日が何の日か思いながら。
そして顔を上げる。
「言ったじゃないか。目立ちたくないって」
「お前は何もしなくたってどうせ目立つんだ。俺がせっかく力を示す機会をつくってやったのに」
そのために、とっさにあれだけの演説をしてみせるんだからたいしたもんだなと、フランシスはまた苦笑する。
「でないといじめられかねないだろう。女の子みたいだって」
「もういじめられてる」
「なんだって?」
「かえってちょうどいいんだ。誰もフランシス王女がいじめられっぱなしだなんて思わないだろう?」
「お前……そんなにしてまでここにいたいのか?」
悲しそうな目で言われて、少し胸が痛んだ。
「うん」
いきなりブレザーのボタンをはずされ、胸をわしづかみにされた。
「な……」
顔が熱くなる。
「六月になったら上着は着ないだろう? これが隠せると思うのか?」
黙っていると、またくちづけされた。どうやら火がついてしまったらしく、ネクタイをほどかれ、シャツのボタンもはずそうとする。
「やめろよ、まさかここで……」
次の授業の開始時間になっても、ジュリアンは戻ってこなかった。
空席をみつめているギルバートの耳に、級友たちのささやきが聞こえてくる。
「やられちゃってんじゃないか、ロリコンに」
これはショーンの声。
「え、あのひと両刀使い?」
「だって、あの顔はあの人のどストライクだから」
「サドなんじゃない? ショーンに叩きのめされたのを見て、ムラムラきちゃったんだよ、きっと」
ショーンの子分のミックが得意そうに言う。
教師が入ってきた。
すぐに空席に気づく。
「ジュリアンは?」
ギルバートは立ち上がった。
「呼んできます」
「やめろよ、まさかここで……」
ジュリアンの声が聞こえて、ギルバートは廊下を猛スピードで走った。
応接室の前で退屈そうに突っ立っていたカイルが、目を丸くして大声を出した。
「ま、待て、少年! 勝手に入っちゃだめだ!」
押さえつけられたのを振りほどいてドアを開ける。
驚いてこちらを見たジュリアンは、ネクタイがほどけてシャツのボタンがいくつかはずれている。
マリオンもびっくりしていたが、すぐに冷静な表情になって不機嫌に言った。
「なんだ?」
「次の授業が始まりました。何をしているんですか、ここで」
「さっき転んだから怪我がないかどうか見ていただけだ。かの……、彼は、俺の恋人の大事ないとこだから」
「はとこ」
ボタンをしめながら、ジュリアンは小声で訂正した。
「そう、はとこ……。だからどっちだっていいだろう、そんなの」
マリオンはいらだった口調でジュリアンに言う。
「教室に戻ります。王女に伝えてください」
ネクタイを結び終えて歩き出したジュリアンは、立ち止まって振り向いた。
「またお会いしましょうって」
「わかった」
立っているギルバートの前を素通りして、何事もなかったような顔でジュリアンは出ていこうとした。
「ああ、ジュリアン」
マリオンが呼び止める。
「ここから見る星はすこぶるきれいだと聞いた。見頃は何時ごろだ?」
ジュリアンはまた振り向いて、しばらくマリオンをみつめたあと言った。
「10時」
イストレラとは、古代の言葉で星を意味するらしい。
(だけど、今夜は星なんか見えない)
カーテンの隙間から、ギルバートは何度も夜空を見た。
いつも通り明日の予習をしていたが、勉強が手につかない。
(しりもちをついただけなのに、なぜシャツのボタンをはずすんだ)
しかもジュリアンは、やめろと言った。
それなのに、自分を見て驚いただけで、あとはいつものように冷静だった。ショーンの部屋で見たときのように。
(まさかあの人も、ショーンのように……)
両刀使いと言った誰かの言葉を思い出したとき、窓の開く音が遠くから聞こえた。
机の上の置き時計を見ると、10時ちょうどだった。消灯の時間である。
慌てて部屋の電気を消した後、急いで窓に駆け寄り、カーテンを少し開ける。
三つ隣の部屋のベランダに人影が見えた。その部屋が誰の部屋かも、そのシルエットが誰なのかも、ギルバートはすぐにわかった。
(ジュリアン!)
ここは二階だというのに、その人影はベランダの手すりを軽々と越え、地上へと飛び降りた。
そして迷いなく走っていくその先に、背の高い人影。
街灯の下で、その端正な顔ははっきりと見えた。その立ち姿だけで、自分のような子供はもちろん、たいていの男にかなわないと思わせてしまうような完璧な容姿。
(マリオン殿下……)
微笑しながら、男はポケットに入れていた両手を出して広げた。その腕の中に飛び込んできた小柄なからだを、軽々と抱き上げる。
あのいつもクールなジュリアンが、全身で喜びを表現しているように見えて、ギルバートは呆然としてしまった。
(いや、もしかしたら、あれは……)
ジュリアンじゃない?
(まさか、まさか……)
フランシス王女なのか!?




