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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第三章 嘘と魔法とボーディングスクール

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第五話

 開け放した窓から、エゴノキの花の香りが漂ってくる。

 学校が始まってからもうすぐ二か月がたとうとしている五月の朝だった。

一限目の授業の終わりに、歴史の教師が生徒たちに告げた。

「今日の午後、バルトワからマリオン王太子殿下が視察に訪れる」

 生徒たちからざわめきが起こる。

 フランシスも驚いていた。最近とどいた手紙には、いっさいそんなことは書かれてなかった。

(相変わらず、サプライズが好きな人だな)

「この学校にも多大な寄付を寄せてくださっている方なので、みんなくれぐれも失礼なことのないように」

 教師がいなくなると、途端に教室内は騒々しくなった。

「ロリコン王子、何しに来るんだ?」

 フランシスは、ノートにアンダーラインを引いていた手を止めた。

「王女に会いに来るついでだろう」

「なんでもいいから口実をつくってアステラに来たいのさ」

「ああ、なんであんなおっさんに僕たちのフランシス様がとられちゃうんだ」

「もうやられちゃったのかな?」

「やられちゃったさ。相当なプレイボーイらしいぞ、あいつ」

「やめてくれ、そんな話聞きたくない」

「どこがいいんだろう、あんなおじさん」

「国王陛下、がんばれ、だよな。絶対ふたりの結婚を阻止してほしい」

 フランシスは、うつむきながら苦笑した。

(さんざんな言われようだな、マリオン)


 体育館で生徒たちを一列に並べ、教師のコールマンはマリオンと、後ろに控えるカイルを紹介した。

 ひときわ真面目そうに見える級長の少年の号令の後、生徒たちは礼儀正しくお辞儀をする。

 全員を見まわすそぶりをしながら、マリオンは一人の生徒しか目に入っていない。

 宣言どおり髪を黒く染め、メガネをかけた恋人は、自分と目が合っても微笑して見せてもいっさい表情を変えない。

(ま、そうくると思ってたよ)

 マリオンも受けて立とうとでもいうように、顔つきを引き締めた。

「さて、自主練の成果はどうだ? マリオン殿下に光の剣をお見せできる生徒は……」

 コールマンが言い終わらないうちに、「はい!」と威勢よく手を上げる生徒がいた。

 生徒たちは驚いてその少年に注目する。

 生徒たちの中でも頭ひとつ背の高い、大人並みの体格をした少年だった。

「ほお」

 コールマンは感心した顔をして顎に手をおく。

「さすが、ショーン!」

 小太りな少年が感嘆の声を上げた。

「フェンシングの18歳以下の部の全国チャンピオンです」

 コールマンがマリオンに紹介すると、マリオンも興味を持った表情をした。

「ふうん」

「やってみせてくれ、ショーン」

 ショーンは前に出て、一度手のひらの木片をマリオンに見せると、例の呪文を唱える。

「デラ、ボルデ、ルモア、グラディウス」 

 見事に光の剣が現れて、マリオンは目を見張った。

「うわっ!」

 後ろにいたカイルが思わず大声を出し、拍手を送っていた。

 ショーンは得意気な顔をしている。

 マリオンはコールマンの方を向いた。

「彼しかできないのか?」

「いえ、もうひとり」

 コールマンと生徒たちの視線がフランシスに集まった。

「ジュリアン、君もやってみせなさい」

「はい」

 前に出たフランシスは小さな声で呪文を唱え、光の剣を出してみせた。

 さっき以上の大きな拍手が後ろから起こる。

「うるさいぞ、カイル」

 マリオンは振り向いてたしなめた。

「ほかにできるようになった生徒はいるか?」

 黙っている生徒たちを見まわしたあと、コールマンはマリオンに言った。

「今のところ、できるのはこの二人だけです」

 そしてショーンの方に目を向ける。

「よく頑張ったな、ショーン。二人とも、剣をしまいなさい。次は……」

「ちょっと待て」

 マリオンが声をかけた。

「この剣は、ただ出して見せるだけのものか?」

「はい?」

「剣である以上、戦闘の道具だろう? 道具を実際に使うところまでやらなければ、授業の意味がない」

「ですが……」

「一人しかできないならしょうがないが、二人いるんだ」

「殿下、ショーンはフェンシングのチャンピオンで……」

「同じことを何度も言うな」

 コールマンは黙ってしまった。

「アステラが魔術師を養成する意義は、国王陛下とその弟君が戦列から離れる事態になったことで、極端に弱くなってしまった軍事力を高めるためではなかったか? 軍事力が衰えたアステラは、バルトワと対等ではいられなくなる。ただの属国に成り下がってしまうぞ。この学校がそれを止める一端になりうるのかどうか。私はそれを確認しにきた」

 生徒のほとんどがうつむいてしまった。顔を上げているのは光の剣を持つ二人だけだった。

「忙しい時間をさいて来た。多額の寄付もした。戦うところを見せてくれ」

「僕はいいですよ」

 ショーンが前に出た。

 コールマンは心配そうにフランシスに目をやった。

 フランシスは小さなため息をひとつつき、一瞬だけマリオンを睨んで、前に一歩踏み出した。

 マリオンは、口元がほころぶのを我慢できなかった。

(久しぶりに睨まれたな)

 コールマンは、ほかの生徒たちから距離を置かせるためにフランシスを誘導するふりをして、こっそり耳元に何かささやいた。おそらく、怪我をしないように早めに降参しろと忠告したのだろう。

 見物人たちから距離を置いて対峙する二人に、コールマンは「はじめ!」と声をかけた。

 光の剣は、普通の剣と同じような乾いた音を立ててぶつかり合った。

 一瞬で決着がつくだろうと予想していたマリオンを裏切って、ショーンの剣は何度も激しくフランシスに襲いかかり、フランシスはただ防戦一方だった。

 さすがフェンシングのチャンピオンだけあって、ショーンの動きはよどみなく、相手の行動を読んでいるような的確さで剣を操っていた。

「手ぬいてますね」

 カイルが歩み寄ってきてそっとマリオンに囁いた。

「ああ」

 カイルの言うとおりで、始まってすぐマリオンは失望した。

 だが、自分とカイル以外の見物人は、誰も気づかないだろう。絶対に自分からは攻撃しない。だが必ず相手の剣を受けとめるその見事な反射神経に。そして少しも息が乱れていないことに。

 おそらくフェンシングのチャンピオンも、あっという間に勝負がつくと思っていたのだろう。その顔は、徐々に苛立ちの色が濃くなってきた。

「くそうっ!」

 剣を突き合わせたままじりじりと押していたショーンは、悔しそうな声を発しながら力任せに振り払った。

 しりもちをついたフランシスに、ショーンは剣を上段に構えて襲いかかる。

「ストップ! ストーップ!」

 思わず駆け寄ろうとしたマリオンより先に、別の少年が二人の間に割って入った。

 ショーンは剣をかまえたまま止まる。

 さっき号令をかけた級長だった。

「これはいじめです! ひどすぎます!」

 その少年にかみつくような剣幕で睨まれて、マリオンはついたじろいでしまった。

「こんなに体格差があるのに……」

 すぐに冷静さを取り戻す。

「戦場では体格差なんて言ってられないぞ」

 そして彼らに背を向けた。

「興醒めした」

 が、少し歩いたあと立ち止まり、また振り向いた。

「そうだ。ジュリアン」

 しゃがみこんでいたフランシスは顔を上げる。

「君のいとこのフランシス嬢からことづけを預かっている。授業が終わったら応接室まで来るように」

「いとこじゃありません」

 相変わらず表情が変わらないフランシスを、マリオンは怪訝な顔で見た。

「はとこです」

「どっちだっていいだろう」

 みなには聞こえないくらいの小声でぼやいた。

 体育館から出ると、待ちきれなかったような誰かのぼやきが背後から聞こえた。

「なんだあれ、偉そうに」

 笑いをこらえながらついてくるカイルを、マリオンはじろりと睨んだ。

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