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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第三章 嘘と魔法とボーディングスクール

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第一話

「おい、メガネのチビ」

 前方から威嚇する声が聞こえて、ギルバート・ライアンは顔を上げた。

(ショーンのやつ、またやってる)

 寮から学校へと向かう学生たちの中でもひときわ背の高いショーン・カーターは、今日も腰巾着のような子分を二人引き連れていた。

「おい、ジュリア!」

 もう一度声を張り上げても、呼ばれた相手は振り向きもしない。

 腰巾着の一人ポールが駆け寄って、小柄な学生の腕をつかんだ。

「おい、ショーンが呼んでるのに無視するのか」

 やっと振り向いた黒髪の少年の横顔が、ギルバートの位置からも見えた。

(今日もかわいい)

 ついそんなことを考えてしまう。

「誰にも呼ばれてない」

 少年は不愛想に言った。

 そう。彼の名前はジュリアではない。ジュリアンだ。だが陰ではジュリア姫と呼ばれていることを、ギルバートも知っている。

「呼んださ。チビって。俺がチビって呼べば、今日からお前の名前はチビになるんだ」

(ガキじゃあるまいし)

 ギルバートはため息をついた。

 ショーンは、フェンシングの全国大会の18歳以下の部のチャンピオンだ。おそらくこの学校の第一期生の中で、自分が一番の有名人だと思っていたのだろう。

 だが、このイストレラ魔術師養成学校が始まって一番注目を集めたのは、ショーンでも、そして一番の成績で合格したギルバートでもなく、女の子のような顔をしたジュリアン・ブロンテだった。なぜなら彼は、あのフランシス王女にそっくりだったから。

 戦の神グラディウスの祝福を受けて生まれた初めての王女。その美貌は国中の男たちを虜にし、その強さは国中の女たちの憧れの的だった。

 そんな、自分たちの手の届かない遥かな場所にいる女神のような人と、同じ顔をした少年が同級生にいる。

 生徒たちはみな、浮足立っていた。なんとかして親しくなりたいと思っていた。ショーンもおそらくそうだろう。

 だがその気持ちとともに、きっとショーンの中には、一期生のトップに君臨しそこねた僻みがあるのだ。何かにつけて、ジュリアンにちょっかいを出してくる。

「お前、フランシス王女の遠縁らしいけど、よくよく調べたら母方の親戚なんだって? 王女の母親って、側室の、しかも平民だよな? 知ってるか? この学校で平民なのはお前だけだぞ」

 得意気に話すショーンとその子分たちから、みな距離を置いて歩いている。触らぬ神に祟りなしといった感じで。

 どんなにジュリアンと親しくなりたいと言っても、品行方正な貴族の子供たちはこういう輩に慣れていないのだ。

「そして俺の家は侯爵家だ。俺の調べたところによると、この学校で俺より上の位の生徒はいない」

「暇なんだね」

 ジュリアンはボソッと言った。

「な……、いま何て言った?」

「感心するよ。そんな調査に時間を費やすなんて」

「おい、俺はな、お前のために調べたんだ。お前みたいな声変わりもしていない女みたいなチビは、絶対いじめられるぞ。位の一番高い俺の子分になれば、俺が守ってやる」

 目を合わせようともしなかったジュリアンが、初めてショーンを見た。

 鋭いまなざしなのに、こっちを見ただけで脈ありとでも思ったのだろうか。ショーンは嬉しそうな顔をした。

「いじめられた方がましだ」

 すぐには何を言われたのかわからないでいるショーンを置き去りにして、ジュリアンはさっさと歩いていく。

「おい、待て!」

「やめろよ、ショーン!」

 我慢できなくなってギルバートは駆け寄った。

「学生の僕たちに親の身分なんか関係ないだろう。それでもどうしても順番をつけたいなら、トップは級長の僕だ」

「なんだと、偉そうに!」

 一番偉そうなのは自分じゃないかとギルバートが呆れたとき、始業五分前を知らせる鐘が鳴った。

「ショーン、早く! 遅刻するよ!」

 もう一人の腰巾着のミックに促されて、ショーンは舌打ちしながら走り出す。

 ギルバートも同様に急いで校舎に向かった。


 新しい校舎は、リノリウムの匂いがした。

 イストレラの森を背に立つこの学校には、森と同じ名前がつけられた。

 広い敷地に三階建ての校舎と、その校舎から徒歩三分の距離の学生寮。

 その規模の割には、学生はたった30名と少ない。これから増やしていきたいという目論見なのだろう。

 ひとつの教室で、14歳から17歳までの学生たちが学ぶ形になった。魔術の勉強だけではなく、一般的な教養を学ぶ時間もある。

 学ぶことは楽しいと、素直にフランシスは思った。

 森に住んでいたころは、オリバーがあらゆることを教えてくれた。別に椅子に座って机に向かわなくても、祖父の知識は自然とフランシスの意識に流れ込んでくる。

 もしも王族に生まれなかったら、そしてずば抜けた戦闘能力がなかったら、もしかしたら自分は医者を目指していたかもしれないと思うことがあった。祖父のように。そして、亡くなった母のように。

 適当に手を抜いた結果、入学試験はほぼ中くらいの成績で合格できた。

 マリオンに話したとおり、髪を黒く染め、伊達メガネをかけた。

 それでも王女に似ていると言われることは避けようがなかったので、最初から赤の他人とは言わず母方の遠縁という設定にした。ブロンテというのは祖父の姓だから、すべてが嘘ではない。

 制服はチャコールグレーのブレザーと、同系色のチェック柄のスラックス。臙脂に紺と白のアイビー・ストライプのネクタイ。パトリシアとマーサがよく似合っていると絶賛してくれたけれど、ひいき目だろうとフランシスは思っている。

 あてが外れたのは、30名の学生の中にロビン・ファーガソンなる人物がいなかったこと。

 入学して一週間がたつが、それらしい名前の教師とも出会えていない。

 自分のように偽名を使っているのだろうか?

 でもそれでは、グレース王妃の推薦状は役に立たない。

 ロビン・ファーガソンと推薦状、もしくはこの学校は無関係だったのか? それとも、試験に落ちた?

 今朝のショーンみたいなあまりに低レベルな小物は論外として、フランシスのアンテナにひっかかる要注意人物も今のところいない。

 このままでは、マリオンに言ったとおりのただの思い出づくりで終わるのかもしれない。

 そして誤算だったのはもうひとつ。

 安易に叔父の名前を借りたのは失敗だったと、フランシスは後悔している。


「たんと食べなさい、ジュリア。あなたが一番小さいんだから」

 食堂のおばさんにまで間違えられた。

 ほかの生徒の倍くらいある山盛りの料理をよそってよこした女性を、フランシスはキッとにらんだ。

「僕はジュリアじゃありません」

「ああ、そうだったわね、ジュリアン。ほほほ」

 笑っているところを見ると、わざと間違えたのだろう。

「ねえねえ、ジュリア…ン。一緒に食べようよ」

 後ろからクリストファーがついてくる。

 一人で食べたいのに、教室の席が隣のせいかやたらとまとわりついてくる。

 そもそもフランシスは、極力だれとも関わりたくなかった。マリオンに言った、無口で内気で陰気なキャラになるという話は、決して誇張ではない。ごまかしようがないこの声をなるべく聞かれたくないし、会話をすれば必ず嘘をつかなければならなくなる。それは気分がいいものではないし、嘘を重ねているうちにぼろが出るかもしれない。

 だが今日は、この目の前の山盛りの料理に辟易していた。

「これを半分食べてくれるならいいよ」

「食べる食べる」

「あ、僕も食べる」

「僕も」

 えっ、とフランシスは振り向いた。

 10人くらいの人だかりができていた。

 そしてさらに、面倒な事態をフランシスのアンテナが捉えた。

 よそ見したのをチャンスとばかり、誰かの足がフランシスの行く手に伸ばされていた。

 見なくても、そのくらいの危険は察知できる。そしてつまずかずに避けて通ることもできる。

 それなのに、つい癪にさわってフランシスはその足を思いきり蹴ってしまった。そして、いかにもつまずいてよろけたふりをして、トレイの上のコップを倒す。

「うわっ」

 足の主のショーンが大げさな声を上げた。

「ショーン、大丈夫?」

 小太りのミックが、ハンカチを出してショーンの濡れたスラックスを拭きだした。

「おい、どうしてくれるんだ!?」

 やっぱりこいつか、と思いながら、フランシスは立ち上がったショーンを見上げた。

「クリーニング代、弁償しろよ!」

(おかずを全部ぶちまけなかっただけでも感謝してほしいのに)

 思いながら、フランシスはやはり蹴るんじゃなかったと反省した。目立ちたくないのに、こんなことばかりだ。

 内気で陰気な男なら、こういう時どうする?

「ごめんなさい」

 フランシスは、とりあえずしおらしい声で言ってみた。

「ごめんじゃすまないぞ!」

 自分が優位に立てたことで、ショーンは得意気だった。

「土下座して、ショーン様、すみませんでしたと言え。そしたら弁償しなくても許してやる。お前は貧乏人だからな」

 フランシスはさすがにカチンときて、険しい顔をした。

「それとも、俺の子分になるか? どっちがいい?」

(内気な男なら、逆らえないんだろうな)

 フランシスは観念して、手に持っていたトレイをテーブルに置いた。

 こうなることは予想できたのに、蹴ってしまった自分が悪い。

「いい加減にしろよ、ショーン」

 ギルバートが歩み寄ってきた。

「謝ることないぞ、ジュリアン」

「そ、そうだよ。僕見たぞ。ショーンがわざと足を伸ばしてジュリアンを転ばそうとしたのを」

 級長の登場に勇気が湧いたのか、クリストファーも抗議を始めた。

「おいおい、俺に言いがかりをつける気か、クリス」

 ショーンに睨まれて、クリストファーはギルバートの後ろに隠れてしまった。

「とにかく、あっちへ行こう、ジュリアン。こんな奴にかまうな」

「おい、待て!」

 ギルバートがその背を押して連れて行こうとするフランシスの手首を、ショーンがいきなり掴んだ。

「俺のスラックスはどうしてくれる?」

 そして、握ったその手首をじっと見た。

「お前、貧乏人のくせにすごい時計してるな」

「離せ!」

 おとなしいと思っていたジュリアンの大声に、全員が驚きの目を向けた。

「じゃあ、弁償代がわりにこれをもらっとくよ」

 ショーンはフランシスの手首から銀色の時計をはずした。

「やめろ! 返せ!」

「やめろよ、ショーン!」

 ギルバートも抗議した。

「弁償する! 土下座もするから、返せ!」

「返してください、だろ?」

 ショーンが勝ち誇ったように言った。

「……返してください」

「わかった。今夜八時、俺の部屋に一人で来い。そしたら返してやる」

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