第十五話
「私はどうも、このクリスマスというのが好きになれません」
渋い顔でジェイソン国王は言った。
「そもそも、キリスト教なるものを信じている国民などほとんどいないのに」
「信じてなくてもいいんですよ。要はみんな、楽しいことをしたいだけなんです」
マリオンはあっけらかんと答える。
「楽しむのは悪いことではないが、よその国の真似をしてバカ騒ぎをするのはくだらないと思いませんか」
「だったら、真似事じゃない楽しいことを陛下が考案なさったらいいじゃないですか」
国王に挨拶するマリオンについてきたフランシスは、二人の様子にどことなく不穏なものを感じて内心ひやひやしていた。
一見なんでもない会話を交わしているようで、水面下で火花を散らしているように見える。
「そんなことは私の仕事ではない。殿下なら得意そうですが」
「そうですね。楽しいことを思いつくのは得意ですよ」
「その思いつきで、あんな記事を書かせたんですか」
話がとんでもない方向に飛んだ。
つい最近、ゴシップ誌にマリオンとフランシスが熱愛中だという記事が載った。その交際をジェイソン国王が猛反対していると。
「ああ、かなり大げさに書かれていたけど、おおむね事実でしょう? まさか、陛下のことまで書くとは思わなかったけど」
「書かせたことを認めるんですね」
「聞かれたことを答えたまでです。なんせ僕はこの年なので、結婚のスクープを取りたがる記者がいつも群がってくるんで」
「殿下はそうでも、この子はまだ未成年なんですよ」
「お言葉ですが陛下、わかってらっしゃいますか? あなたのお嬢さんが世界中から狙われる対象だということを。この前のブレストンの事件がいい例です。僕はお嬢さんを守らなければならない。だから、僕のものだということを世界中に知らしめたいんです。フランシスの後ろにはバルトワがついているということを」
「だからと言って、あんなゴシップ誌に」
「わかりました。じゃあ記者会見を開きましょう。僕たちの婚約会見をして一流紙に……」
「そんなことはさせない!」
とうとう国王は声を荒げた。
「フランシスはアステラが守る! これ以上勝手なことをしたら二度と……」
「わかりました、父上!」
フランシスは割って入った。
「マリオンには僕からよく言って聞かせます。もう行こう、マリオン。グレース王妃のお見舞いにきたんだろう」
不服そうなマリオンの腕を強引に引いて、フランシスは部屋を出た。
「言って聞かせるって、お前は俺の保護者か」
「あれ以上怒らせたら本当に出入り禁止にされる」
ぼやいているマリオンの腕を引いて、フランシスは王妃の部屋へ向かった。
「僕は、あなたと父上を争わせたくない」
「オリバーの方がよっぽど物分かりがいいな」
マリオンは髪をかきむしりながら言った。
「お前のじいさんは、俺のお前に対する恋愛感情をわかったうえで、お前の味方になってくれと言ってきたんだぞ。お前には強力な後ろ盾が必要なことをわかっているんだ。もしまたディアスが攻めてきたら、先頭に立つのはもうジェイソン国王じゃない。お前なのに……。別に政策のためにお前と結婚したいわけじゃないけど、アステラは絶対に俺を手放しちゃダメなはずだ」
「でもさすがのおじい様も、僕たちが両想いになるとは思っていなかったかも」
フランシスは苦笑した。
「僕の心が男だってことは、おじいさまが一番わかっているから」
不意にマリオンが立ち止まったので、フランシスは怪訝な顔で振り向いた。
「フランシス、信じてくれないかもしれないけど、俺はお前が男になっても、変わらずお前を愛していると思う」
急に真顔で言うマリオンを、フランシスはじっと見た。
「もう、ほかの女と生きる未来なんて考えられない」
フランシスも真顔になる。
「じゃあ、なおさら早く子供をつくらないとね」
マリオンの顔は途端に真っ赤になった。
「お前、そんなあどけない顔して生々しいことを言うな」
何かあったら呼びに行くからと言って、グレース王妃についていた侍女を退室させると、二人は並んでベッドの脇に座った。
「考えてみれば、皮肉だな」
穏やかな顔で眠っている王妃をみつめながら、マリオンは言った。
「この人がとんでもないことをしなければ、お前は男として生まれて、俺たちが愛し合うことはなかったわけだよな」
「そうだね」
「だからって、感謝する気持ちにはなれないけど」
「でもこの人はこの人で、相当苦しんだんだと思う」
生死の境をさまよいがらもその深層心理で自分を呪詛していた王妃の言葉の数々を、フランシスは忘れられなかった。
「僕が追いつめたのかな」
マリオンがこちらを向く。
いたわるような目をしていた。
「だとしても、追いつめられるようなことをした叔母上が悪いんだ。お前が気に病むことはない」
そしてマリオンはまた、王妃を見た。
「プライドが高い人だから精一杯虚勢を張っていたけれど、内心ではお前が怖くてしょうがなかっただろう。バルトワに帰りたがっていた」
その気持ちは、フランシスもあの夜に聞いた。
「叔母上にとっては、こうなってよかったと思う。恐怖から解放されただけじゃなく、こんなふうにならなければ裁判にかけられて断罪されることは避けられなかっただろう。もう、証拠能力のないオリバーの証言だけじゃない。自分の罪を複数の人の前で白状したんだ。うわごとだったと言い逃れしたとしても、叔母上の味方をする人はきっといないだろう。そんな状況を、この人が耐えられるとは思えない。だけど……」
そしてマリオンは、またフランシスの方を見た。
「真相を探る手立てはなくなってしまったな」
(手立てはある)
フランシスは声に出さずに思った。
(ロビン・ファーガソン。おそらく、これが最後の手がかり)
あの夜オリバー越しに聞いた名前を、フランシスは心に刻んでいた。
けれどマリオンには言えない。自分が魔術師養成学校に行く本当の目的を知ったら、きっと心配し、反対されるだろうから。
グレース王妃を脅迫するということは、つまり彼女の罪を知っているということ。しかも魔術師養成学校ときたなら、きっとあの黒魔術師とつながるはずだ。
「ところで、あのうるさいのはどうした」
マリオンの言葉で、フランシスは我に返った。
「姿が見えないようだが」
誰のことを言っているのかわかった。
「侍女たちと一緒にケーキを作ってるはず」
「そうか。じゃあ元気なんだな」
「どうかな……。部屋に閉じこもっていることが多いから、なんとか元気づけようとして侍女たちが強引に誘ったみたい」
そしてマリオンの方を見て笑った。
「あなたの顔を見たら元気になるかも」
大広間は大勢の人で溢れていた。
フランシスがアステラ城に来て初めて迎えるクリスマス・イヴは、一年に一度、王族、家臣、騎士団員、使用人まで身分に関係なく一同が同じ場所でパーティーを開く日でもあった。
朗らかで偉ぶることのなかった先代の王妃の提案で始まった行事らしいが、その息子である現国王は、皮肉なことにクリスマス嫌いで参加したことがない。
一番偉い人が不在ということもあって、人々はなおさら無礼講になった。
さらに今年は、バルトワからの賓客が異国の珍しいお菓子やお酒を大量に差し入れしてくれた。それを全部用意したカイルが不在なため、マリオンはまるで自分の手柄のように人々の感謝の言葉を一身に受けている。
フランシスは、マリオンから文字盤が青い銀色の腕時計をもらった。いつも身につけていられるものをと。
そしてパトリシアには、18歳の誕生日にちぎれてしまったものと同じサファイアの、さらに大きな石のネックレスを。
二人ともそれを身につけて、さらに頭には赤と緑の三角帽子をかぶっていた。
中央には大きなツリー、そしてテーブルにはたくさんの料理が並んでいる。
「姉上、これすっごくおいしい!」
フランシスが、ケーキを食べながらパトリシアに笑いかけた。
しかし、パトリシアの表情はすぐれない。
「私はクリームを塗っただけよ。ほかは、何をやっても上手にできなかったの」
「いや、このクリームのまだらな塗り方なんか、最高じゃないか、パティ」
マリオンの言葉に、パトリシアはさらに表情を曇らせた。
「マリオン、それ全然褒めてない」
フランシスは小声で言いながらマリオンを睨んだ。
「いや、笑わせようと思ったんだけど」
その時、扉が開いてひときわ大きな声が広間に響いた。
「メリークリスマス! 皆さん、楽しんでますか!?」
サンタクロースの衣装を着たカイルに、全員の視線が向いた。
その手に、一匹の小さな黒猫が抱かれている。頬には無数のひっかき傷。
「ニャーオ」
カイルの後ろからさらに鳴き声がした。
ディーンが真っ白い子猫を抱いていた。
「可愛い!」
パトリシアは、両手で口元をおさえながら瞳を輝かせた。
その耳元で、それが自分たちへの贈り物であることをフランシスが囁くと、パトリシアはさらに歓声を上げた。
「本当!?」
「フランシス様、お望みのものをお持ちしました」
カイルが黒猫をフランシスに渡す。
「そしてこちらはパトリシア様に」
カイルに促されたディーンが、白猫をパトリシアに渡した。
「早かったな」
マリオンがカイルに近づく。
「侍女の皆さんに聞きまくって情報を集めて、ディーンにも手伝ってもらってなんとか……」
その横で、パトリシアが何かをフランシスに耳打ちし、フランシスは頷いた。
「ねえ、カイル、ディーン、ちょっとかがんで」
パトリシアに言われて、二人はきょとんとしながらからだを低くした。
パトリシアとフランシスは目で合図をかわすと、フランシスがカイルの頬に、そしてパトリシアがディーンの頬に同時にキスをした。
「ありがとう、カイル」
「ありがとう、ディーン」
カイルとディーンの顔が真っ赤に染まる。
「フランシス!」
マリオンが大慌てでフランシスの体をカイルから引き離した。
「やめろ! ばか! 離れろ!」
その剣幕に驚いた黒猫が、フランシスの手から離れてマリオンの顔に飛びかかった。
「フニャー!」
「うわっ! こらっ! なんとかしろ、カイル!」
「あは……あはははっ!」
カイルが黒猫をマリオンから引き離したとき、明るい笑い声が広間に響き渡った。
全員がその声の主を見た。驚きと喜びの混ざった表情で。
「姉上……」
フランシスの目に涙が浮かんだ。
「やっと……笑ってくれた……」
「パトリシア様」
「パトリシア様が笑った」
「よかった」という声があちこちで起こる。泣いている侍女もいた。
そんな人々を、パトリシアは戸惑った表情で見まわした。そして最後にフランシスを見る。
「そんなに……心配かけてたの……。私……」
フランシスは何も言わずに歩み寄ってきて、パトリシアを抱きしめた。間に白猫がいるので、そっと包むように。
その肩に顔をうずめて、パトリシアも泣きだした。
「なんてすてきな夜なんでしょう」
マリオンの後ろにいたマーサがつぶやいた。
「だろ? 異国の真似事もバカにしたもんじゃないって言ってやってくれよ。どこかのわからずやに」
「は?」
意味がわからずにマーサはマリオンを見上げた。
その顔は傷だらけで、せっかくの男前が台なしだった。




