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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第二章 海と祭りと王女の涙

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第十三話

 治癒の魔法を施す祖父の手が何度も光るのを、フランシスはじっと見ていた。 

 明日すべてを話すからもう部屋へ戻って寝るようにとジェイソン国王に言われたパトリシアも、その部屋から出ようとはしなかったが、いつしかソファに座った父親の膝枕で眠っていた。

 侍女がかけてくれた毛布越しにその背に手を置きながら、国王もうとうととしている。

 時折、祖父の意識にグレース王妃の記憶がなだれこんでくる。フランシスはそれを聞き逃すまいとしていた。

 だが、聞こえてくるのは自分への罵詈雑言ばかりだった。

(恐ろしい娘)

(いつか私を殺すつもり?)

(バルトワへ帰りたい)

(パトリシアがマリオンと結婚したら離婚するつもりだったのに)

(マリオンまで味方につけた)

(マリオンを誘惑した)

(母娘そろって恥知らず)

(泥棒猫)

「お前も休みなさい」

 祖父に言われたが、フランシスは動かなかった。

「大丈夫です」

 フランシスに聞かせないように意識を遮断する余裕は、今のオリバーにはないようだった。

 エレナが亡くなったあと、事の真相をさぐろうとしたオリバーが、正体がわからないように変装して王妃に近づいたことがあったという。

 だが、王妃の記憶からは肝心のことは何もつかめなかった。

 黒魔術師の居場所、共犯者の存在。それらを王妃の記憶から消し去った魔術師は、しかし王妃が首謀者だったことは彼女の記憶に残していた。それは彼女を脅迫して利用するためらしいと祖父が思っていたことを、フランシスは知っている。

 不意に、その“脅迫”という言葉が意識に流れ込んできて、フランシスは思わず身を乗り出した。

(なぜ、脅迫してあんなものを書かせたの?)

(魔術師養成学校)

(推薦状)

(ロビン・ファーガソン)

 フランシスは祖父の顔を見た。

「来春開校する学校だ」

 視線は王妃からそらさずに、オリバーは答えた。

「私は、陰で支援するだけだ」

 “陰”どころか、オリバーは理事長になるらしい。

 その思考を読まれて、オリバーは苦笑した。

「名ばかりだ。私は表には出ない」

(読心術が使える人間は嫌われる)

 オリバーの自嘲気味な心の声が聞こえた。

 そしてフランシスは、その心の声から概要を知った。

 20年前の魔物との戦いで、多くの魔術師が命を落としたこと。

 昔ほど有能な魔術師が生まれなくなってしまったこと。

 魔術師の系譜を持つ子供たちを集めて養成する学校が、来春開校すること。

 危険人物の入学を防ぐため、必ず社会的信用を持つ人間の推薦状が必要なこと。

 オリバーは校長として迎えたいと請われたが、表に出たくないため理事長という立場に納まったこと。

 まずは試験的に少数の生徒から始めるので、男児のみを募集していること。

 寄宿学校であること。

(どうして、王妃が推薦状を?)

 フランシスのその問いには、オリバーも答えを持ち合わせていないようだった。

 それどころか、祖父の顔色がどんどん悪くなっていくのをフランシスは目の当たりにした。

 死にかけている人間の命を救おうとしているのだ。相当なエネルギーを使っているのだろう。

 もう止めるべきだろうか――フランシスがそう思ったとき、オリバーの手が王妃から離れた。

 そして大きな息をひとつつくと、すっかり色をなくしてしまった顔で言った。

「やれるだけのことはやった」

 オリバーはフランシスの方を見た。

「だが、少し遅かったかもしれない」


 もう夜が明けていた。

 嵐はいつのまにか去ったらしい。

 侍女にオリバーが休む部屋を用意してもらうと、フランシスは自室に行って死んだように眠った。

 昼過ぎに目覚めて、マーサが用意してくれた食事をひとりでとった。

 パトリシアは、ジェイソン国王の部屋にいるという。

「お食事が済んだら、フランシス様もいらっしゃるようにとおっしゃっていました」

 グレース王妃は一命をとりとめたが、まだ目を覚まさないという。

 さっき様子を見てきたオリバーも、精魂尽きたように眠っていた。

 食事を終えて父の部屋に向かいながら、フランシスは昨夜の嵐が嘘のような秋晴れの空を窓から見た。

(姉上は、すべてを聞いたのだろうか) 

 できることなら、知らないままでいてほしかった。

 あの屈託のない顔で笑っていてほしかった。

 重い気持ちで、フランシスは父の部屋のドアをノックした。

 応えを受けて、ドアを開ける。

 振り向いたパトリシアと目が合ったが、彼女はすぐに視線をそらした。

 だが、歩み寄って彼女の隣に座ると、すぐにその手をのばしてきてフランシスの手をギュッと握った。

「ありがとう、フランシス。あなたのおじい様を連れてきてくれて」

 かすれたような小さな声は、やがて震えた。

「ありがとう……。お母様が……お母様が助からない方がいいって……、あなたが思ってもしょうがないのに……」

 泣き出したパトリシアに何も言えず、ただフランシスもその手を握り返した。

 そして父を見る。

「パティにも言ったが、一番悪いのは私なんだ」

 二人の娘を、ジェイソン国王はいたわるようなまなざしで見ていた。

「二人には初めて話すが、私も弟のジュリアンも、側室の子供だった」

 フランシス同様、パトリシアも驚いて顔を上げた。

「お前たちにはまだよくわからないだろうが、この国の王族に嫁いだ女性が男児を産まなければならないという重圧は、相当なものなのだ。私の父の正妻も、グレース同様女の子しか産むことができず、相当つらい思いをしたらしい。そして父が側室を持ち、私が産まれると、精神を病んだ挙句みずから命を絶ってしまったんだ」

 フランシスとパトリシアは、何も言えずにただ父の話を聞いていた。

「そういうことを知っていながら、私もまたグレースを傷つけてしまった。どうしても、男の子が欲しかった。いや……、本当は、グレースが女の子しか産めなかったことで、私がエレナを愛することを許されると思ってしまったんだ。この国のために、許されることだと……」

「父上」

 フランシスは深刻な表情で問いかけた。

「グレース王妃が言っていた“あの女のようにここから追い出される”って……」

「父の正妻が産んだ娘のことを言ったんだと思う。追い出されたというより、遠縁に預けられたと聞いている。その娘には、実は生まれたときから顔に痣があったそうだ」

「え……」

 フランシスは思わず息をのんだ。

「母親が精神を病んで自殺しただけではなく、顔に痣があるということで私の父やその周りの人間は不吉なものを感じたらしい。実は、私の母は側室になるまでその正妻と仲がいい友達だった。だからその娘のことが気になって、父に内緒で安否を確認していたんだが、ある日その預け先からいなくなってしまったそうだ。その話を私は、母が亡くなる少し前に聞かされた。もしもその娘のゆくえを知ることができたら、力になってあげてほしいと。私にとっては姉にあたるし、友人の不幸に母は負い目を感じていたんだろう」

「名前は……?」

「え?」

「その、顔に痣がある女性の名前は、なんていうんですか?」

「レイチェル……。姓はブラッドリーのままかどうかわからない」

 答えながら、父はなぜそんなことを聞くんだと訝しげな顔をしていた。

「どうしたの? フランシス。顔色が悪いわよ」

 パトリシアも心配そうに問いかけた。

「いえ……」

 バルトワの収穫祭でマリオンを狙った暗殺者の依頼人もまた、顔に痣がある女性だった。

(偶然か? 偶然じゃないとしたら、なぜ父上のおねえさんがマリオンを狙う?) 

「なぜ……」

 冷静になろうと努めながら、フランシスはふたたび問いかけた。

「なぜ、グレース王妃はその女性のことを知っていたのでしょう」

「さあ……。それはわからないが、昔からここにいる人間はみんな知っている話だ。グレースが嫁いできたばかりの頃は、意地悪でプレッシャーをかける人間もいた。自分の娘を私と結婚させたかったような貴族たちは、特に外国人のグレースが気に入らなかっただろう。遠縁に預けただけなのに追い出されたと伝えたのだから、やはり意地悪だったのだろう。男の子を産めないと悲惨な目に遭うと……。そういうさまざまなことが、きっとグレースを追いつめていったんだ」

 そして国王は、考え込んでいるフランシスに言った。

「話がそれたが、フランシス、私がいまお前に一番つたえたいことは、結婚とはそれだけ重大なことだということだ」

 フランシスはハッと顔を上げた。

「いろんな人の人生を大きく左右する。まして王族同士であれば……。私の結婚が失敗だったと言えばパティを傷つけてしまうだろうが、エレナが亡くなり、グレースもまた大きな傷を負っていることを思えば、正しい選択だったとは言えないだろう。その経験をした私は、お前に誤った結婚をさせたくはないんだ」

 フランシスは信じられない思いで父を見ていた。

 グレース王妃の猛反発は予想していたが、まさか父親にまで反対されるとは思っていなかった。

「政略という目で見れば、マリオン殿下ほど好適な人物はいないだろう。だが、本当にお前はそれでいいのか? 少なくとも、法律を変えてまで急ぐ必要がどこにある? お前はいつか、男の体になると言われているんだ。心と体が一致してから相手を選んでも、遅くないんじゃないか?」

 パトリシアも、戸惑った顔で二人を交互に見ていた。

「マリオン殿下は、確かに今のままのお前でいいと言ってくれた。だがいざ結婚したら、いつまでもその言葉に甘え続けるわけにはいかないはずだ。周りの人間はほぼ全員、お前に完全な女になることを望むだろう。そしてマリオン殿下の本心も、きっとそうだろう。私には……」

 厳しい口調だった国王の目が、憐れむような色を帯びた。

「私にはそれでもお前が幸せになれるとは、どうしても思えないんだ」

 フランシスは反論する言葉を探した。

 だが、みつけられずに目を伏せる。

「マリオン殿下が急ぎたい気持ちはわかる。お前がどのくらい今の体でいるのかわからないし、何よりあの方は適齢期だ。だが、それに流されるな。お前はまだ14歳だ。普通の人間でも結婚には早すぎる。少なくとも、16歳までは待ちなさい」

 フランシスは、目を伏せたまま大きく息を吐いた。

「わかりました」

「フランシス!」

 パトリシアが悲鳴のような声を上げた。

「その代わり、父上、ひとつだけ僕のわがままを聞いてもらえませんか?」 

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