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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第二章 海と祭りと王女の涙

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第十一話

「ただいま戻りました。お父様、お母様」

 パトリシアに続いて、フランシスも両陛下に挨拶をした。

「ただいま戻りました」

 なんて言うのだろうとグレース王妃は待ち構えていたが、挨拶はそれだけで終わった。

 フランシスは決して王妃を母とは呼ばない。

 呼んでほしいわけではないが、そばにいる家臣や侍女たちがどう感じるだろうかと王妃は思った。

「バルトワの両陛下は変わりなかったか」

「はい、お父様。特に王后陛下は、フランシスをとても気に入ってましたよ」

 笑顔で言う娘に、王妃は苛立ちを感じた。

(この子はどうしてこんなにお人好しなのかしら)

「長旅で疲れただろう。二人とも、もう部屋へ行って休みなさい」

「お話があります、父上」

 真剣な表情のフランシスに、ジェイソン国王は目を向けた。

「僕は、マリオン殿下と結婚します」

 王妃は息が止まりそうになった。

 国王も驚いているようだった。

「許していただけますか」

「フランシス、この国の法律では、16歳にならないと結婚はできない」

「知っています。でも父上なら、法律を変えられるってマリオンが……」

「ほら、私の言ったとおりでしょう」

 王妃はフランシスの言葉を遮った。

「その気がないようなふりをして、結局まんまとマリオンを操っているんじゃない。法律を変えろですって? マリオンが正気だったらそんなこと言うはずないでしょう。パトリシアのときは18になるまで待つと言っていたのよ。やっぱり魔法を使ってたぶらかしたのね。母娘そろって、ひとのものを取るなんて、なんて恥知らずな……」

「お母様」

 呆然としてしまったフランシスの代わりに、パトリシアが口をはさんだ。

「マリオンは、最初から私のものじゃなかったのよ」

「ジェイソン! これでわかったでしょう? あんなに泣いていたパトリシアまで、この泥棒猫にてなずけられたのよ。これが魔法じゃなくてなんだって言うの?」

「よさないか、グレース」

「ああ、そうね、あなたに言っても無駄だったわね。あなたこそ、あの魔法使いに骨抜きにされた張本人ですものね。エレナもそうだったわ。清純ぶって、自分は何も悪くないような顔をして、ひとの夫を寝取った女狐」

「母上を……」

 震える声でフランシスが言った。

「母上を侮辱するな!」

「な……」

 その鋭い視線に射抜かれたかのように、突如、強い胸の痛みを王妃は感じた。

「誰かフランシスをおさえろ!」

 言いながら、国王は上半身しか動かない体で王妃をかばうように倒れこんだ。

「陛下!」

 家臣たちは、フランシスよりもその国王の方へ駆け寄った。

 フランシスが本気で怒ったら王妃を殺しかねない。だからこその国王の行動だったが、フランシスが一歩も近づかないうちに、王妃の体もまた椅子から崩れ落ちた。

 その脳裏には、男を一太刀で殺したあのフランシスの姿が鮮明に浮かんでいて、まるで同じ剣で突き刺されたような痛みを感じながら、王妃は苦痛に身もだえていた。

 

 重苦しい雰囲気を増長させるかのように、夕刻から降り出した雨の音が徐々に激しくなっていった。

 別室で待機していた国王と二人の王女のもとへ、王妃の診察を終えた医者がやってきた。

「心臓が弱っています。もって、1日か2日でしょう」

 パトリシアが立ち上がった。

「ご覚悟を、なさってください」

 その言葉が終わらないうちに、パトリシアは部屋を飛び出していった。

 家臣に車椅子を押させて、国王も後に続いた。

 フランシスは最後に部屋を出て、王妃の寝室に向かった。

「お母様! お母様!」

 少しだけ開いた扉の隙間から、フランシスは泣き崩れているパトリシアの背中を見た。

 しばらく動けずにたたずんでいたが、やがて踵を返し、自分の部屋へ向かった。

 そしてドレッサーからフード付きのレインコートを取り出すと、それを着て部屋の外へ出た。

「フランシス様!」

 廊下でマーサと鉢合わせした。

「どちらへ……」

「おじい様を連れてくる」

「何をおっしゃってるんですか!? 外は嵐ですよ!」

「おじい様なら、きっと治せる」

 必死で止めようとするマーサを振り切って、フランシスは外へ飛び出していった。

「誰か、誰かフランシス様を止めてください!」


「こんな嵐なのに、ごめん、ブランカ」

 白馬に飛び乗ったとき、エントランスの方から複数の自分を呼ぶ声が近づいてきた。

「フランシス様!」

「お待ちください、フランシス様!」

 だが、ブランカに追いつけるはずはない。

 フランシスはかまわずに城門へと向かった。

「フランシス様!」  

 マーサの半泣きの声に一瞬だけ胸が痛んだが、手綱を引くことはなかった。

 

 雨も風もどんどん激しくなっていく。

 まして森へ入ると、わずかな光もささない。

 だがこのイストレラの森を自分の庭のように駆け回ったブランカを、フランシスは信じていた。

 泥棒猫!

 女狐!

 自分と母を侮辱する言葉が、何度振り払おうとしても雨粒と同じ激しさでフランシスの心にささってくる。

 だがそれと同時に、パトリシアの泣き声が耳から離れない。

 突然、空が昼間のように明るくなったかと思うと、大きな音を響かせて目の前に雷が落ちた。大木が真っ二つに裂け、それが真上から倒れてくる。フランシスは頭を低くし、ブランカは猛スピードで駆け抜けた。

 背後で地響きを上げて倒れた大木を、フランシスは思わず振り向いて見た。

「頼むから…」

 不意に、恋人の声が聞こえたような気がした。

「頼むから、もっと命を大事にしてくれ」

 自分を抱きしめて、懇願するように言ったマリオン。

(マリオン! 僕は……)

 その声を振り切るように、フランシスは心の中で恋人に呼びかけた。

(僕は、間違っている?)


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