第十話
マリオンは、頬杖をついてフランシスを見下ろした。
「でも、亡くなってからもう15年くらいたつんだろう?」
「ほかに思いつく人はいない」
「まあ、世の中に自分に似た人は三人はいるって言うが、この顔がそうそうあるとは思えないしな」
そしてマリオンは、今夜もつややかなその白い頬に触れた。
「じゃあ、そいつはアステラの人間だって言うのか」
「たぶん……」
「それなら、動機はひとつしかないな」
マリオンはフランシスから手を離し、ごろんと仰向けになった。
「そいつがお前が言うように口封じのために殺したんだとして、そいつか、あるいはほかに主犯がいるのか、どちらにしても犯人はお前に惚れてるんだ」
「え、そうなる?」
「俺がアステラの人間の恨みを買うとしたら、それ以外に理由はないだろう」
「それはないと思う」
「お前、自覚が足りないようだけど、お前はアステラ国民のアイドルなんだからな」
「あなたじゃあるまいし」
フランシスは笑った。
「大事なことを忘れてる。あの矢は、僕に当たる可能性もあった」
マリオンはハッとした。
そしてまたフランシスを抱き寄せる。さっきよりも強く。
「そうだったな。俺のせいで、お前を危険な目に遭わせた」
そしてまた、ハッとして顔をこわばらせた。
「いや、それとも、狙われたのはお前の方なんじゃ…」
「それもない」
本気で血の気をなくしそうだったマリオンの言葉を、冷静な声が一蹴した。
「あの木こり男の方は、僕のことを全然知らないようだった」
「そうか…」
マリオンは大きく息を吐いた。
「お前、やけに冷静だな。俺がこんなに心配したり肝をつぶしたりしてるのに……」
「僕だって心配はしてるけど、もうこれ以上はなしても推測の域を出ないよ」
「そうだな」
「また明日かんがえる」
「そうだな」
「だって、最後の夜だし」
「そう…だな…」
そして二人は黙り込んだ。
今夜も虫の声が聞こえる。それなのに、まるで世界中に二人きりのような静けさを感じた。
「ねえ……」
「ん?」
「辛くないの?」
「なにが……」
マリオンは、自分の胸に顔を押し当てている金髪を見下ろした。
「男は、心と体は別だって姉上が言っていた」
マリオンは苦笑した。
「お前、あんまりパティの話を本気にするな」
そしてその髪を優しくなでる。
「大丈夫だよ。俺は猫を抱いてるんだって言い聞かせてるから」
(世界一かわいい猫だけど)
「そう……」
フランシスはフフ……と小さく笑った。
「僕は、いつ人間になれるのかな」
「そうだな……」
本当は、パトリシアとの結婚の時期に選んだ18歳くらいがちょうどいいのだろうと思った。だが、そんなに待てる自信はない。
「お前が15歳になったら……」
それでも相当早い。
だが、そうやって先延ばしにしているうちに、フランシスの体が男になってしまったら……。
焦る気持ちはいつもマリオンの中にあった。
だがこの腕の中の未成熟の体を思うとき、やはり大事にしなければと思うのである。絶えず、男たちの欲望の視線にさらされているフランシスだからこそ。
「いつだ?」
「5月……27日」
「5月か……。一年で一番いい季節に生まれたんだな。きっと盛大なパーティーが開かれるんだろう。俺は無条件で会いにいけるな」
「パーティーなんてしないよ。母上の命日だもの」
マリオンは思わず言葉をなくした。忘れていたわけではないのに。
「そうだったな」
そして抱きしめていたからだを離し、少し上体を起こして上からみつめた。
「だけど必ず会いにいく」
目を細めて、フランシスが微笑した。
「その日にお前が身ごもったら、その子はお前のお母さんの生まれ変わりになるかもな」
軽い気持ちで言った言葉だった。
だが、微笑っていた目が大きく見開かれた。
「そうしよう」
急に真剣な表情になって、フランシスは言った。
「その日に、僕らの子供をつくろう」
「あ、いや……」
マリオンは少し慌てた。
「必ず妊娠するわけじゃ……」
「みんな男の子を望むんだろうけど、僕は女の子が欲しい」
マリオンの言葉など、耳に入っていないようだった。
「母上の生まれ変わりを産んで、僕は、その子を……」
青い瞳に涙が浮かんだ。
「フランシス……」
「僕はその子を、母上の分まで……」
マリオンはまた強く抱きしめた。
「そうだな。そうしよう」
自分よりもしっかりしているんじゃないかと思えるくらい大人びて見えるときもあれば、急にこんなふうに幼い子供になる。
そして強いくせに泣き虫だった。
(いや、でも……)
とマリオンは思った。
(こういう顔はきっと、俺の前でしか見せない)
そしてマリオンは、天国にいるフランシスの母親に祈りたい気持ちになった。
(どうかその時まで、魔法が解けませんように……)
書き終えた推薦状を封筒に入れると、グレース王妃は控えていた侍女に渡した。
「マーカス伯爵へ届けてちょうだい」
こんな推薦状になんの意味があるのか、王妃にはわからなかった。
ただ、数年ぶりに連絡がきたあの女の用件がこんな簡単なことだったことに、王妃は心底ホッとしていた。
できることなら、もう関わりたくない。
それでなくても神経がすり減らされる日々なのだ。あの、突然あらわれたエレナの娘のせいで。
あの娘が男を殺すのを目の前で見た。それは王妃にとって、信じられない光景だった。
あの日から、食事も喉を通らず、夜も眠れない日々が続いていた。
それでもあの娘の不在がなんとか自分を保たせていたというのに、今日バルトワから帰ってくるという。自分がふさぎこんでいるのはパトリシアがいないせいだろうと思い込み、夫がバルトワへ迎えを送ったのだ。
(あの人は、本当になにもわかっていない)
王妃は肘をついて額に手を当てた。頭がひどく重かった。
ノックの後、侍女が部屋に入ってきて告げた。
「王后陛下、パトリシア様とフランシス様がお戻りになりました」
(しっかりしなければ)
王妃は自分に言い聞かせた。
決して弱いところを見せてはいけない、と。




