第八話
盛大な花火の音で幕を開けたバルトワの収穫祭は、アステラの国民全員が集まってもこれほどの人数になるだろうかと思えるほどの賑わいだった。
たくさんの露店が道の両脇に並び、広場では楽団が軽やかな演奏を繰り広げ、あちこちで大道芸人が人々の喝采を浴びていた。道行く人々はみな着飾り、奇抜な仮装をしている者も少なくない。
そんな中でもひときわ歓声を集めたのは、王族の乗った馬車のパレードだった。
両脇を馬に騎乗した近衛兵たちが固め、二台の馬車がゆっくりと大通りを進んでゆく。
いつもなら馬車に乗るのは国王夫妻とマリオンの三人だけなのだが、今年はアステラの王女二人が賓客として参加していることも、より人々の注目を集めていた。
特に前日、マリオンが結婚宣言をした話題はあっという間に人々の間に広まっていて、噂の美少女を一目見たい見物人たちでごった返していた。
だが、王子の隣に座っている人物は確かに美少女なのだが、短髪で正装はしているもののどう見ても男にしか見えない衣装を着ている。気を利かせて国王夫妻の方の馬車に乗ることを選んだパトリシアの方が、王子の婚約者なのではないかと訝しがる人々も少なくなかった。まして、マリオンとパトリシアの破談の話などは知らない平民たちはなおさらだった。
「やっぱり、ドレスを着ればよかった?」
フランシスは、不躾な視線にうんざりしてほとんど周りを見ようとしない。
「いいさ、新手の仮装だと思わせとけば」
軽口を叩いてみたものの、マリオンは連れてくるべきじゃなかったかと後悔していた。
「伝統行事だから仕方なく参加してるけど、俺も本当は見世物みたいでこのパレードってやつは好きになれない。お前に収穫祭を見せたかったけど、もっと違う形を考えればよかったな」
フランシスはマリオンの横顔を見た。
「僕は大丈夫だよ。こういうのも慣れないとね」
マリオンもフランシスの方を向き、微笑しながらその頬に手を触れてきた。
「あ」
「どうした?」
「今、殺気を感じた」
マリオンは一瞬だけ緊張した顔をしたが、すぐに笑う。
「まあ、これだけ人がいりゃ、俺を殺したい奴も一人や二人はいるだろうな。ひそかに俺の地位を狙ってる腹違いの弟とか」
「あなたにふられた令嬢とか?」
「はは、その話はもうやめてくれ」
笑った後、すぐに真顔になったマリオンは、フランシスの手を握った。
「フランシス、俺は側室なんか作らないから心配するな」
フランシスも真顔になった後、眉をひそめた。
「もしかして、姉上との話きいてた?」
「ま、まあ、ちょっとな」
「最低だな。立ち聞きするなんて」
「仕方ないだろう。朝食に遅れるお前たちが悪い。父上が怒ってたから…」
言い終わらないうちに、いきなりフランシスが体当たりしてきて押し倒された。
話の流れ上なぐりかかってきたのかと一瞬思ったマリオンだったが、馬のいななきと同時に馬車が急に止まった。
マリオンに覆いかぶさったままフランシスは顔を上げて後方を見た。
「ゆうべの続きか?」
「ふざけてる場合か!? 矢が飛んできた!」
言うより早く、フランシスは起き上がって馬車から飛び降りていた。
「おい待て! フランシス!」
振り向いた先に、大木から飛び降りる怪しげな人影をフランシスは見た。木こりか、猟師か、妙な仮装をしていた。
その男を追って、フランシスは人混みをかき分けて走った。
邪悪な気配は嗅ぎ分ける自信があった。ただひたすらその気配だけを追った。
裏道に入り、極端に人の数が減り、さびれた建物の間を抜け、やがて祭りの喧騒も届かない小高い丘を駆け上ったところでその背中をとらえた。
「待て! 止まれ!」
慌てた表情で振り向いた男は、自分を呼んだ相手の姿を見るなり拍子抜けした様子で足を止めた。
「ガキが何の用だ」
無精ひげをはやした体格のいい男だった。
「お前は誰だ。なぜマリオン殿下を狙った」
「ガキの相手をしている暇などない」
「逃げるな!」
再び背を向けた男に向かってフランシスは声を張り上げた。
「恥ずかしくないのか!? 子供からしっぽを巻いて逃げるなんて!」
「なんだと!?」
振り向いた男はいかつい顔をよりいっそう険しくすると、背負っていた矢を抜いた。
「ガキと遊んでる暇がないだけだ! そんなに死にたいなら相手してやる!」
わめきながら、男は矢を放ってきた。
見事に顔面に飛んできたその矢を、しかしフランシスは素早く避け、手刀で払い落とした。
「な…」
男の驚愕の表情は、やがて怒りに変わる。
「この小僧! ふざけた真似を…」
今度は腰のベルトからナイフを取り出すと、それを振りかざしながら突進してきた。
そのときを待っていた。武器を手に入れ、なおかつ相手の懐に入るときを。
地面に仰向けに倒れたフランシスを、相手は恐れて腰を抜かしたと思っただろう。
だが覆いかぶさってきた男の手がまだ高く掲げられているうちに、その喉元には矢が突きつけられていた。さっき払い落とした矢が。
「答えろ。なぜマリオンを狙った」
男の顔面は蒼白になっていた。
「死にたいか」
少しだけ、矢を喉に押し当てた。皮膚が裂け、赤い血がにじむ。
「か…金をもらって指示されただけだ」
「誰に!?」
「し…知らない…。名前は聞いてない。顔に痣のある女と、それから…」
そのとき、フランシスは凄まじい殺気を感じた。ほぼ同時に男はうめき声をあげ、フランシスの体の上に倒れこんだ。意図せず、矢がその喉を貫くかたちになった。
今度はフランシスが驚く番だった。
押しつぶされかねなかったその重みは、しかしすぐにどかされる。
「大丈夫ですか」
男の体が離されたあと、別の男が覗きこんでいた。
「お怪我はないですか? お嬢さん」
全身黒ずくめの、端正な顔をした40代くらいの黒髪の男だった。




