第五話
「あー、すっきりした! クロディーヌのあの悔しそうな顔! 最高だったわ!」
帰りの馬車の中で、パトリシアは上機嫌だった。
「あの中には、きっと他にもいたわよね。マリオンの浮気相手。全部の仇を取ってくれてありがとう、フランシス」
「パティ」
正面の席から、マリオンはパトリシアを睨んだ。
「ジェラシー作戦はもう終わったんだ。口を慎め」
「まあ、なあに? ジェラシー作戦って」
パトリシアの隣で、カトリーヌ王妃が興味深そうに目を輝かせた。
「フランシスにやきもちを妬かせて、マリオンを取られたくないって思わせる作戦よ。大成功よね、フランシス」
マリオンの隣で、フランシスはただ苦笑する。
「あら、だったら私の作戦の方が勝ちよ。フランシスが他の人と踊りそうになった時の、あのマリオンの慌てようと言ったら…」
「違うわよ、伯母様。マリオンにやきもち妬かせたって意味ないの。フランシスを慌てさせるのが目的なんだから」
「そうなの? でも結果的にうまくいったんだからよかったじゃない」
「そうね。姉弟そろってパートナーを奪われて、ほんとにざまあみろだわ」
顔を見合わせて大笑いしている二人を、マリオンは呆れた表情で見ていた。
「母上があんな策略家だとは思いませんでしたよ。目の病気だなんて嘘までついて」
「あら、嘘じゃないわ。近頃近くがよく見えないのよ」
「母上、それは老眼って言うんです」
「まあ、失礼なことを言う子ね」
騙されたことを知って目を丸くしたフランシスは、悔しそうな顔をする王妃を見てつい吹き出してしまった。そしてすぐ口を手でふさぐ。
「あ、ごめんなさい」
「謝ることないぞ、フランシス。お前は騙された上に、母上のお遊びにつきあわされたんだから」
「まあ、お遊びだなんて。あなたのためでもあったのよ。令嬢たちが、あなたに猛アピールしてくるのはわかっていたから」
「案外、猛アピールされてデレデレしたかったのかもね、マリオンは」
「そんなわけないだろ、パティ! そもそも俺は行きたくないって言ったのに、君が強引に連れ出したんじゃないか」
「あら、そうだったかしら」
マリオンとパトリシアのやり取りを聞きながら、王妃はまた楽しそうに笑った。
「ふふ、でも、そうね。マリオンのためより、ほとんど自分のためだったわ。きれいなフランシスを連れて行って、みんなをびっくりさせて、マリオンがどんな顔をするか見たかったの。そしてみんなの前でフランシスを選ばせて、私もパティのようにざまあみろって言いたかったのよ」
マリオンは呆れ顔で母を見た。
「伯母様、最高!」
パトリシアが王妃の腕に抱きついた。
「ごめんなさいね、フランシス」
優しい目で謝られて、フランシスは慌てて首を振った。
「い、いえ」
「だって、マリオンはあなたが大好きなんだもの」
頬を染めたフランシスよりも、マリオンの方が照れていた。
「母上…」
「この子は、女たらしのように見えるけど…」
「母上!」
慌ててその先を言わせまいとしたが、次の言葉はマリオンの想像外だった。
「きっと、あなたが初恋なのよ」
身を乗り出した姿勢のまま、マリオンは固まってしまった。
「あんなに大事そうに女の子を見る息子を、私は初めて見たわ」
フランシスも、じっと王妃を見たまま身じろぎできずにいた。
「マリオンを、よろしくね。フランシス」
しばらく黙っていたフランシスは、やがて目を伏せた。
「僕でいいんですか。本当に…」
マリオンは驚いてその横顔を見た。
「今さら何いいだすんだ」
「僕は…普通の女の子じゃありません。戦うこと…、強くなることばかり考えて生きてきました。淑女のたしなみなんて、何ひとつ知りません。ダンスだって、この前やっと覚えたばかり…。それに…」
しばらく躊躇した後、うつむいたまま言った。
「いつか、母の魔法が解けたら、男の体になるって聞かされてます」
明るかった空気が、急に重いものに変わった。
マリオンが、何か言おうとフランシスの肩に手をのせた時、すすり泣きが聞こえた。
「なんて…残酷なことを…」
王妃がハンカチで目を押さえていた。
「母上?」
フランシスが驚いて顔を上げ、身を乗り出した。
「でも、でも母の魔法がなかったら、僕は生まれることもできなかったんです!」
「ああ、ごめんなさい。あなたのお母様のことを言ったんじゃないの。あなたのお母様がしたことは、決して間違っていないわ。マリオンから聞いてます。ただ…ただ神様が、なんて無情なことをなさるのかって…。どんなにか、辛かったでしょうね。そしてあなたのお母様も、あなたを遺して逝くことが、どんなに…」
それ以上言えずに、王妃はハンカチで顔を覆った。
「伯母様…」
パトリシアの目も潤んでいた。
「淑女のたしなみなんて、私がこれからいくらでも教えてあげるわ。知りたいことは、何でも聞いていいのよ。もしも男になってしまったら、その時はマリオンの弟になればいいわ。あなたたちが結婚したら…、いいえ、今から、私をあなたのお母さんだと思って」
フランシスは瞬きもせず、ただ王妃の顔を見ていた。
その王妃は、泣きながら微笑んでいる。
「代わりにはなれないかもしれないけど、でも、少しでもあなたが幸せになれる手伝いができたら…。天国で見ているあなたのお母様を、安心させることができたら…」
「あ…」
かすれた声と同時に、青い瞳から涙がこぼれ落ちていた。
「あり…が…とう…ござ…」
最後まで言えずに両手で顔を覆ってしまったフランシスの肩を、マリオンは抱き寄せた。
「ありがとう、母上」
代わりに言う息子の方に、王妃は目を向けた。
「大事にするのよ。その子は、ずっと辛い思いをしてきたんだから」




