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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第二章 海と祭りと王女の涙

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第五話

「あー、すっきりした! クロディーヌのあの悔しそうな顔! 最高だったわ!」

 帰りの馬車の中で、パトリシアは上機嫌だった。

「あの中には、きっと他にもいたわよね。マリオンの浮気相手。全部の仇を取ってくれてありがとう、フランシス」

「パティ」

 正面の席から、マリオンはパトリシアを睨んだ。

「ジェラシー作戦はもう終わったんだ。口を慎め」

「まあ、なあに? ジェラシー作戦って」

 パトリシアの隣で、カトリーヌ王妃が興味深そうに目を輝かせた。

「フランシスにやきもちを妬かせて、マリオンを取られたくないって思わせる作戦よ。大成功よね、フランシス」

 マリオンの隣で、フランシスはただ苦笑する。

「あら、だったら私の作戦の方が勝ちよ。フランシスが他の人と踊りそうになった時の、あのマリオンの慌てようと言ったら…」

「違うわよ、伯母様。マリオンにやきもち妬かせたって意味ないの。フランシスを慌てさせるのが目的なんだから」

「そうなの? でも結果的にうまくいったんだからよかったじゃない」

「そうね。姉弟そろってパートナーを奪われて、ほんとにざまあみろだわ」

 顔を見合わせて大笑いしている二人を、マリオンは呆れた表情で見ていた。

「母上があんな策略家だとは思いませんでしたよ。目の病気だなんて嘘までついて」

「あら、嘘じゃないわ。近頃近くがよく見えないのよ」

「母上、それは老眼って言うんです」

「まあ、失礼なことを言う子ね」

 騙されたことを知って目を丸くしたフランシスは、悔しそうな顔をする王妃を見てつい吹き出してしまった。そしてすぐ口を手でふさぐ。

「あ、ごめんなさい」

「謝ることないぞ、フランシス。お前は騙された上に、母上のお遊びにつきあわされたんだから」

「まあ、お遊びだなんて。あなたのためでもあったのよ。令嬢たちが、あなたに猛アピールしてくるのはわかっていたから」

「案外、猛アピールされてデレデレしたかったのかもね、マリオンは」

「そんなわけないだろ、パティ! そもそも俺は行きたくないって言ったのに、君が強引に連れ出したんじゃないか」

「あら、そうだったかしら」

 マリオンとパトリシアのやり取りを聞きながら、王妃はまた楽しそうに笑った。

「ふふ、でも、そうね。マリオンのためより、ほとんど自分のためだったわ。きれいなフランシスを連れて行って、みんなをびっくりさせて、マリオンがどんな顔をするか見たかったの。そしてみんなの前でフランシスを選ばせて、私もパティのようにざまあみろって言いたかったのよ」

 マリオンは呆れ顔で母を見た。

「伯母様、最高!」

 パトリシアが王妃の腕に抱きついた。

「ごめんなさいね、フランシス」

 優しい目で謝られて、フランシスは慌てて首を振った。

「い、いえ」

「だって、マリオンはあなたが大好きなんだもの」

 頬を染めたフランシスよりも、マリオンの方が照れていた。

「母上…」

「この子は、女たらしのように見えるけど…」

「母上!」

 慌ててその先を言わせまいとしたが、次の言葉はマリオンの想像外だった。

「きっと、あなたが初恋なのよ」

 身を乗り出した姿勢のまま、マリオンは固まってしまった。

「あんなに大事そうに女の子を見る息子を、私は初めて見たわ」

 フランシスも、じっと王妃を見たまま身じろぎできずにいた。

「マリオンを、よろしくね。フランシス」

 しばらく黙っていたフランシスは、やがて目を伏せた。

「僕でいいんですか。本当に…」

 マリオンは驚いてその横顔を見た。

「今さら何いいだすんだ」

「僕は…普通の女の子じゃありません。戦うこと…、強くなることばかり考えて生きてきました。淑女のたしなみなんて、何ひとつ知りません。ダンスだって、この前やっと覚えたばかり…。それに…」

 しばらく躊躇した後、うつむいたまま言った。

「いつか、母の魔法が解けたら、男の体になるって聞かされてます」

 明るかった空気が、急に重いものに変わった。

 マリオンが、何か言おうとフランシスの肩に手をのせた時、すすり泣きが聞こえた。

「なんて…残酷なことを…」

 王妃がハンカチで目を押さえていた。

「母上?」

 フランシスが驚いて顔を上げ、身を乗り出した。

「でも、でも母の魔法がなかったら、僕は生まれることもできなかったんです!」

「ああ、ごめんなさい。あなたのお母様のことを言ったんじゃないの。あなたのお母様がしたことは、決して間違っていないわ。マリオンから聞いてます。ただ…ただ神様が、なんて無情なことをなさるのかって…。どんなにか、辛かったでしょうね。そしてあなたのお母様も、あなたを遺して逝くことが、どんなに…」

 それ以上言えずに、王妃はハンカチで顔を覆った。

「伯母様…」

 パトリシアの目も潤んでいた。

「淑女のたしなみなんて、私がこれからいくらでも教えてあげるわ。知りたいことは、何でも聞いていいのよ。もしも男になってしまったら、その時はマリオンの弟になればいいわ。あなたたちが結婚したら…、いいえ、今から、私をあなたのお母さんだと思って」

 フランシスは瞬きもせず、ただ王妃の顔を見ていた。

 その王妃は、泣きながら微笑んでいる。

「代わりにはなれないかもしれないけど、でも、少しでもあなたが幸せになれる手伝いができたら…。天国で見ているあなたのお母様を、安心させることができたら…」

「あ…」

 かすれた声と同時に、青い瞳から涙がこぼれ落ちていた。

「あり…が…とう…ござ…」

 最後まで言えずに両手で顔を覆ってしまったフランシスの肩を、マリオンは抱き寄せた。

「ありがとう、母上」

 代わりに言う息子の方に、王妃は目を向けた。

「大事にするのよ。その子は、ずっと辛い思いをしてきたんだから」


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