第三話
笑顔のフランシスに見送られて、マリオンとパトリシアはモーガン邸に向かう馬車に乗った。
パトリシアは、大好きなピンクのドレスを着て張り切っている。
フランシスが行かないなら自分も行かないと言うマリオンの意見を、パトリシアはにべもなく却下した。自分の花婿候補の品定めをしてほしいと言う。そうする義務がマリオンにはあるはずだと言われると、マリオンは反論できなかった。
「それに、あなたとクロディーヌがいい雰囲気だったってフランシスに報告しないと。どんな顔するかしら、あの子」
「俺にはどうも、逆効果にしか思えないんだが…」
マリオンは、晴れない顔で窓の外を眺めていた。
「あら、やきもちもやいてもらえないようじゃ、諦めるしかないわよ、マリオン」
また反論できずに、マリオンは外を見たままため息をついた。
婚約が破談になったはずの二人が腕を取り合って現れたので、噂好きの女性たちの間ではひとしきり様々な憶測が飛び交った。
「殿下の方から破談を申し出たって聞いたけど…」
「そう簡単にはいかないのよ。相手はアステラの王女様ですもの」
「でも次のお妃候補はもう決まってるって聞いたわよ」
「まあ、どなた?」
「側室候補だった令嬢たちが、今夜は目の色を変えているわね」
「でもやっぱり、第一候補はクロディーヌ様じゃないかしら」
「今夜の舞踏会だって、それが目的で企画されたってもっぱらの噂よ。自分が一歩リードしていることを見せつけたいのよね」
「ほら、噂をすれば。ご覧になって」
おしゃべり好きな婦人たちの視線の先に、マリオンに歩み寄っていくクロディーヌの姿があった。
フリルがたくさんついたピンクゴールドのドレスを着て、イヤリングもネックレスも眩いダイアモンドだった。
マリオンは、主催者のモーガン侯爵と話をしていた。
その隣には息子のマークがいる。
「マーク、パトリシアと踊ってきたら?」
邪魔者を追い払いたいクロディーヌは弟にそうけしかけたが、マリオンの隣にいたパトリシアは、その言葉が聞こえなかったかのようにプイとその場を離れていった。
本当にマークが嫌いなんだな、とマリオンはその背を見て思った。
カイルは、パトリシアが面食いだと言っていた。その基準だけで選ぶなら、姉に似て美男子のマークは花婿筆頭候補になりそうだが、外見の良さを鼻にかけていささかナルシストの傾向がある。
そんなこともパトリシアは見抜いているのだろう。
「ねえ、お父様、そろそろマリオンを解放してあげて」
「ああ、そうだな。娘をよろしくお願いします、殿下」
丸顔で恰幅のいいモーガン侯爵は、目尻を下げてそう言った。
別にマリオンの方が侯爵につかまっていたわけではない。誰でもいいから男性と会話して、極力女性との接触を避けたかったのだ。
ゴシップ好きの婦人じゃなくても、今夜独身女性たちが、フリーになった自分と接触を持ちたくて必死になるであろうことはわかる。それを如才なくかわすのはかなり面倒だ。
(フランシスがいなくて、かえってよかったのかもしれない)
だが、このまま誰とも踊らないわけにもいかないだろう。
(どうせ踊っても踊らなくても、パティはクロディーヌと仲良さげだったってフランシスに報告するんだ)
ため息をつきながらマリオンは従妹の姿を探した。
明るくて社交的なアステラの王女は、さっさとパートナーをみつけて踊っていた。
「いつになったら誘ってくださるのかしらと思ってたわ」
手を差し伸べたマリオンに応えて、クロディーヌは体を密着させてきた。
自分からこうして近づいてくるあたり、昼間の会話から彼女は相当自信を持ったのだろう。他の令嬢たちから、一歩も二歩もリードしていると。
「今夜中に、きっと私たちの噂は広まってしまうわね。パトリシアはおしゃべりだから」
「さあ、それはどうかな」
素っ気なく返すマリオンを、クロディーヌは怪訝な表情で見上げた。
「クロディーヌ、俺たちはお互い遊びの関係だって合意の上だったろう? しかももう二年も前の話だ。俺が君と結婚する気がないことは、君だってわかっていたはずだし」
「でもあの時は、あなたには婚約者がいたから」
クロディーヌは非難の視線を向けてきた。
「側室にしてくれると思ったから体を許したのよ。あなたとパトリシアはただの政略結婚だと思ったし…。でもあなたは婚約を解消した。私とその気がないなら、どうしてパトリシアに私たちのことを話したの?」
「あれはパティが鎌をかけただけだよ。いたずら好きな子だから」
クロディーヌの表情が怒りに変わりそうになった時、入り口の辺りでざわめきが起こった。
「王后陛下!」
「王后陛下がいらっしゃった!」
「え?」
人々同様に、マリオンも驚いて声の方を見た。
「まあ、可愛らしいお嬢さんを連れていらっしゃったわ」
「どこのご令嬢かしら?」
マリオンはすっかり固まってしまった。
「フランシス…」
「え?」
クロディーヌも驚いてマリオンの視線の方を見た。
「昼間のあの子なの?」
深緑色のドレスを着た王妃の後ろに、鮮やかなワインカラーのドレスに身を包んだフランシスが、少し緊張した面持ちで立っていた。
赤系の色を身に着けたフランシスを、マリオンは初めて見た。それが驚くほど似合っているだけではなく、付け毛を使ってアップにした髪の形も、素材の美しさを際立たせる薄化粧も、眩い装飾品も、かつてパトリシアが急ごしらえで女装させた時を更に凌ぐ美しさだった。きっと、王妃専属の美容家たちが奮闘したのだろう。
面白い話題にすぐに食いつく婦人たちだけではなく、男たちの視線が釘付けになっているのをマリオンは気づいていた。
「驚いたわ。本当に男にも女にもなれるのね」
クロディーヌもすっかり度肝を抜かれてしまったようで、マリオンをなじる寸前だった気持ちもどこかへいってしまっていた。
(どういうつもりだ、母上)
歩み寄ろうとしたが、クロディーヌが手を離さない。
そのクロディーヌの父モーガン侯爵が、主催者の特権で真っ先に王妃の元へ歩み寄り、挨拶をしていた。また息子を伴っている。
「やだわ、マークったら。だらしない顔をして」
姉の言葉通り、マークは頬を赤らめてフランシスを見ていた。
モーガン侯爵が、息子をフランシスに紹介する。二人に踊るように促しているようだった。
(母上がそんなことをさせないさ)
マリオンの心の中の断言は、次の王妃の行動であっさり翻された。
王妃は背後にいたフランシスの背に手をやって、あろうことかマークの正面に押し出したのだ。
唖然としているマリオンの視線の先で、マークが跪き、フランシスの手を取る。
(振りほどくに決まって…)
心の声が終わらないうちに、マークはフランシスの手の甲にくちづけていた。
気がついた時には、マリオンはクロディーヌの手を振り払って駆け出していた。




