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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第一章 森と月光と王子の恋

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第二十一話

「いや…だ…。離せ…」

 うなされる声に、マリオンは飛び起きた。

「やめろ…。いやだ…いや…」

「フランシス!」

 うわ言を繰り返すフランシスの体をゆすった。

「誰か! いやだ! 誰か…マリオン!」

「大丈夫だ! 俺はここにいる! フランシス!」

 揺り起こそうとする手を振りほどかれた。

「いやだ! 離せ!」

「フランシス!」

 声を張り上げて抱き起した時、背後でドアが開いた。

「フランシス?」

 隣まで声が聞こえたのだろう。パトリシアが心配そうに立っていた。

 だがその顔が、振り向いたマリオンと目が合った途端、驚愕の表情になる。

 目を丸くし、両手で口を押えた後、パトリシアはドアも閉めずに出て行った。

「パティ!」

 気まずさを感じたのはほんの一瞬で、すぐにまた腕の中で息を乱しているフランシスに注意を向けた。

「大丈夫か?」

 目を覚ましたようだったが、体は小刻みに震え、額には汗がにじんでいた。

「怖がることはない。ただの夢だ。ちょっと待ってろ」

 マリオンはフランシスの体をそっと離した。

「汗を拭かないと。タオルをもらってくる」

 廊下に出たマリオンは、すぐに驚いて足を止めた。

 パトリシアが、壁に寄りかかってそこにいた。

「パティ、ちょうどよかった。マーサに、タオルを持ってくるよう言ってくれないか。フランシスがひどく汗をかいているから」

 パトリシアは返事をせずにただマリオンを見た。青ざめた顔をしている。

 そして小さく頷くと、何も言わずに侍女たちの部屋がある別棟に向かって歩いて行った。


「ねえ、マリオン」

 マーサに任せて部屋を出ると、まだパトリシアがそこに立っていて、思いつめた声で言った。

「フランシスは夕べ、スティーブに…その…」

 そこから先は言いづらそうだった。

「大丈夫だ。君が心配してるようなことはなかったよ」

 途端にパッと明るい表情になって、パトリシアはマリオンを見上げた。

「じゃあ、フランシスの初めての人はマリオンなのね。ああ、よかった」

「い、いや、俺だってまだそこまではしていない」

「まあ、どうして?」

「当たり前だろう。彼女はすごく怖い思いをしたばかりなんだから。それに、現時点で俺はまだ片想いだし」

「だって、一晩中一緒にいたんでしょう?」

「添い寝しただけだ。君だって、そばにいてあげろって言ったじゃないか」

 自分の自制心の強さを自慢したい気分だったが、パトリシアに言ってもしょうがないだろう。

 その時、マーサが出てきた。

「どうだ?」

「今は落ち着いてらっしゃいます」

 マーサも暗い表情だった。

「聞きそびれていたんだが、夕べ、医者はなんて?」

「それが…」

 マーサは口ごもった。

「男の人に触れられたくないっておっしゃって、いくら診るだけだって先生がおっしゃっても布団をかぶったままで…。仕方ないから私が診ました。あちこち打撲の痕がありましたが、残るほどではないと思います。ですが、心の傷が心配ですので、しばらくオリバー様の所へお帰りになった方が…」

「心の傷なら俺がなんとかする」

 言いながら、マリオンは胸が高鳴るのをおさえることができなかった。

(医者でも駄目なのに、俺ならいいのか)

「マリオン、なんで笑ってるの?」

 パトリシアに訝し気にのぞき込まれて、マリオンは慌てて頬を押さえた。

「い、いや…」

 知らぬ間ににやついていたらしい。

「なんとかするって、どうするの? あなた、片想いだって言ったじゃない」

(うるさいぞ、パティ)

「バルトワへ連れていく。ハネムーンだ」

 マーサまで目を丸くした。

「いや、バカンスだ。バカンスに連れていく。フランシスに海を見せるんだ」

 驚いている二人に笑顔を見せた。

 言い間違えたふりをしたが、本当はただ言ってみたかったのだ。

「すてき! いつ以来かしら!」

「い、いや、君も連れていくわけじゃ…」

「マリオンのヨットに乗せてくれるんでしょう? フランシスもきっと喜ぶわ! フランシス! フランシス!」

 慌てて止めようとしたが遅かった。

 マリオンの言葉など耳に入っていないパトリシアは、フランシスの部屋へ駈け込んでいった。


 バカンスに出かける前に、済ませなければならないことがあった。

 両腕を縛られた状態でアステラ城の庭に連れてこられたスティーブと、マリオンは対峙した。

 あの後、また気を失うまで殴ったので、端正だった顔は見る影もない。

 本当は八つ裂きにしたかったが、息の根を止めるのは自分の役目ではない。

「殺さないと約束したはずだ」

「これは処刑じゃない。決闘だ」

 スティーブは青ざめた顔で、自分の周りに円を作って遠巻きに立っている騎士たちをぐるりと見回した。

 バルコニーにはジェイソン国王とグレース王妃、そしてその隣にはパトリシアもいた。

 マーサや使用人たち、城の住民全員が離れた場所から見ていた。

 そしてもちろん、マリオンの隣にはカイル。

 そのカイルが、マリオンの目配せを見てスティーブに歩み寄り、持っていた剣で手首の縄を切る。そして呆然としているスティーブにその剣を渡した。

「アステラの姫君は、丸腰の人間と戦うのは主義に反するそうなのでな」

 そう言ってマリオンは振り向いた。人垣が左右に割れ、振り向いた先にフランシスが立っていた。

 何の防具もつけず、いつもの真っ白いシャツと黒いスラックス。頬に貼ったガーゼはそのままだが、涙の跡はもうない。怒りや憎しみさえも見て取れない、静かな表情をしていた。その手に剣が握られていなければ、剣呑さなど微塵も感じさせないほどに。

 フランシスはマリオンとも目を合わせず、スティーブに歩み寄っていった。

 ここにいる全員が、フランシスが剣術の大会で圧勝したことを知っている。だから負けるはずがない。目の前にいるのは、戦の神の祝福を受けたアステラの王女だ。

 そう思っても、それでも向かい合った二人の体格の差に、そして無防備で儚げにさえ見えるフランシスのたたずまいに、不安を感じた人々も少なからずいたかもしれない。

 スティーブもきっと思ったはずだ。相手は女だ。そして子供だ。恐れるな、と。

 開始の合図など待つ気がなかったのか、それとも恐怖心が焦らせたのか、スティーブは構えてもいないフランシスにいきなり切りかかってきた。

 侍女たちの間から悲鳴が起こる。

 だが、顔を覆わなかった者たちはみな信じられないものを見た。

 その圧倒的なリーチの差でフランシスの脇腹を薙ぎ切ろうとした剣は、ただ空を切った。フランシスが凄まじい跳躍力で飛び上がり、スティーブの頭上から剣を振り下ろしたのだ。

 頭から胸、腹、足の付け根まで切り裂かれたスティーブは、立ったまま絶命し、やがてゆっくりと地面に崩れ落ちた。

 静寂がしばらく続いた後、騎士団たちの間から割れるような歓声が起こった。そして口々にフランシスの名を呼ぶ。

 だが、なぜか誰も近づけなかった。

 フランシスは、浴びた返り血を拭おうともせず、ただ足元の亡骸をじっと見ていた。

 バルコニーでざわめきが起こった。

「王妃様!」

「お母さま!」

 見上げると、失神したらしいグレース王妃を、パトリシアと侍女が取り囲んでいた。

(叔母上)

 マリオンは厳しい眼差しでその光景をみつめた。

(これが、あなたに母を殺された娘の力です。あなたはこれから、いつ復讐されるかわからない恐怖を一生持ち続けるがいい)

 そして、再びスティーブの亡骸に目を向けた。

「カイル、あの首を切り落としてブレストンに送れ。俺と、ジェイソン国王の連名で」

 だが、返事がない。

「カイル?」

 マリオンは隣のカイルに目をやった。

「殿下…、なぜでしょう。今日のフランシス様は、今まで見たどんな時よりもきれいに見えます」

 主人を見向きもせず、カイルは呆けたような顔でフランシスを見ていた。

「お化粧して着飾ったフランシス様よりも、ずっとずっときれいに見えます。人を殺した直後だというのに…」

 言われてまた、マリオンもフランシスを見た。

 強く吹いた風が、そのブロンドをなびかせていた。

(苦しみさえも、お前を美しくするファクターになるのか)

 その苦しみから解放される日は、もしかしたら永遠にこないのかもしれない。

 男として生きる道も、女として生きる道も、どちらも苦難の道です。

 いつかの、オリバーの言葉が甦る。

 けれども彼は、こうも言った。

 その道が、決して孤独なものでないように…。


 ここまで読んでくださった皆様に、心から感謝します。

 次回から第二章に突入し、舞台はバルトワ王国に移ります。

 第一章はすべてマリオン視点でしたが、第二章の後半からフランシス視点のお話が増えます。グレース王妃視点、オリバー視点のお話も少しあります。

 第一章ではお聞かせできなかったフランシスの心の声を、ぜひ第二章で聞いていただきたいと思っております。

 第二章も引き続き楽しんで読んでいただけますように、心から願っております。

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