第十七話
パーティーが終わり、マリオンなどごく親しい人物以外の招待客たちは帰っていった。
今のところ不穏な動きはない。
遠方から来た客たちは、それぞれ近くのホテルに宿泊するらしい。ブレストンの来賓たちも。
マリオンとフランシスとパトリシア、そしてカイルの四人は、パトリシアの部屋で顔を突き合わせていた。
パトリシアは、少し頬をふくらませて腕を組んでいる。
「婚約を破棄しただけでは飽き足らず、私の結婚まで邪魔したいわけ? マリオン」
「会ったばかりで、もう結婚の話が出てるのか」
「今日来た貴族の独身男性のほとんどが、私の次の花婿候補よ。その中でも、お母さまはスティーブを一番気に入っていたわ」
スティーブというのが、ブレストンから来た侯爵の名前らしい。
「自分よりかっこいい男性が私と結婚するのが悔しいんでしょう、マリオン」
どこをどう考えればそういう発想になるんだと呆れながらマリオンはため息をつき、隣にいるフランシスに助け舟を求めた。
「姉上、今夜は僕もここに寝ます」
「え?」
パトリシアの顔が赤くなった。
フランシスを女だと思っていないらしいというカイルの想像は、どうやら当たっているらしい。
「僕は、危険が迫ったらすぐにわかります」
「危険って…、優しい紳士よ、スティーブは」
「パーティー会場でブレストンの言葉を聞いたんだ。『女の方だ』と言っていた。獲物はそっちだと言っているように俺には聞こえた。恐らくスティーブ侯爵の部下だ。ブレストンの言語を理解できる人間が、近くにいるとは思っていなかったんだろう」
「考えすぎよ、マリオン。よその国の言い回しって、きっと独特なのよ」
「あの男が好きですか? 姉上」
ストレートに聞かれて、またパトリシアは頬を染めて妹を見た。
「危険が迫ればわかるって言いましたよね。僕は…、姉上があの男を好きなら申し訳ないんだけど、僕は悪意を持っている人間は近づけばわかるんです。あの男は、危ない」
パトリシアは戸惑った顔でフランシスを見ていた。
「ただの、勘ですけど」
「とにかく、何事もなければそれでいいんだから、君は今夜フランシスと一緒に寝ろ」
黙っているパトリシアに、マリオンは少し強い口調で言った。
「俺とカイルは、何かあったらすぐに駆けつけられるように、隣のフランシスの部屋にいる」
パトリシアは、困った顔でもじもじしていた。
「今夜八時に、庭のガゼボで待ってるって、スティーブが…」
「なんだって?」
マリオンはつい声を荒げた。
「初対面の未成年の女の子を夜中に呼び出すのが、優しい紳士なのか、パティ!」
「とても遠いところから来てるから、今度いつ会えるかわからないって…」
「僕が行く」
パトリシアの消え入りそうな声を、フランシスがかき消した。
「僕が姉上の代わりにそこに行きます」
「いや、それじゃお前が危ない…」
「危ないのはあっちですよ、殿下」
慌てているマリオンに、カイルが冷静に言った。
「まあ、そうだが…」
「何が企まれているのか暴いて、解決しないと…」
引き締まった表情でそう言う妹を、パトリシアは口を半開きにしてポーッと見ていた。
「フランシスが私の代わりになるの?」
「はい」
パトリシアの顔が輝いた。
「なんだか楽しそう」
「おいおい」
呆れているマリオンを、パトリシアは急にきりっとした顔で見た。
「時間がないわ。男たちは出て行って。フランシスを女の子にするのよ」
それから約一時間後、隣の部屋でそわそわと落ち着かないでいたマリオンの元へ、パトリシアが駆け込んできた。
「見て見て、マリオン!」
ドア越しに呼ぶとすぐにまた廊下へ姿を消したパトリシアを追って、マリオンとカイルは隣の部屋へ向かった。
パトリシアがドアをノックし、返事を待たずに開くと、得意げな顔を二人の男に向けた。
部屋の中央に、薄い水色のドレスを着た女の子が椅子に座っていた。うつむいてこっちを見ようともしない。
「さあ、顔を上げて、フランシス。彼らを驚かせてよ」
それでもしばらくはじっとしていたフランシスは、ひとつ大きな息を吐くと、諦めたように顔を上げてドアの方を見た。
マリオンは息を呑んだ。
後ろからカイルの感嘆の声が聞こえる。
「うわあ、可愛い」
薄めの化粧もされていて、印象的な大きい目はさらにくっきりとふちどられ、二重の瞼にはパープルのアイシャドー、ピンクの頬紅と濡れているような赤い唇。
そしてゆるやかにカールした長いブロンド。
「フランシスみたいな金髪になりたくて、鬘もいくつか持っているのよ。私の髪は茶色だけど、夜だからわからないわよね。そして極めつけはこれ」
パトリシアはそう言うとフランシスに歩み寄り、手に持っていたネックレスをその細い首にかけてあげた。
「今日マリオンにもらったバースデイプレゼント。特別にあなたに貸してあげる」
まばゆいブルーのサファイアがいくつも輝いていた。
「いいでしょう? マリオン」
そして立ちつくしているマリオンの返事を待たず、自分の最高傑作とばかりにその完成したレディを嬉しそうにみつめた。
「瞳の色だけは同じなのよね。だからサファイアは、あなたにもよく似合うわ」
マリオンはゆっくりと歩み寄った。
何の飾りもつけず化粧もしないフランシスがそれでも十分美しいのはわかっていたが、目の前の生まれ変わったような可愛らしい女性も、マリオンの心をときめかせてやまなかった。まるで初恋に震えている純情な少年のように。
「フランシス」
サファイアよりまぶしい瞳とみつめ合った。
「キスしていいか?」
見上げているその目はニコリともしない。
「馬鹿なのか?」
中身は変わっていなかった。
ガゼボの屋根の下に、フード付きの濃紺のコートを羽織ったフランシスが立った。
少し離れた大木に身を隠して、マリオンとカイルがじっとその様子をうかがっていた。
「来た!」
黒いマント姿の背の高い男が現れ、マリオンはカイルに囁いた。
背後から近づいてきても、フランシスは振り向かない。恐らくぎりぎりまで顔を見せないためだろう。
不意に、黒い影が背後からフランシスに抱きついた。
マリオンは思わず身を乗り出した。足元で、枯葉を踏む音が心なしか大きな音を立てる。
「殿下、まだ駄目ですよ、合図があるまで…」
「そこにいるのは誰だ!」
慌ててマリオンの体を押さえつけたカイルの小声に、別の男の声が重なった。
「不審な奴がいるぞ! 捕らえろ!」
大声と一緒に複数の足音が駆け寄ってくる。
フランシスがこっちを振り向くのが見えた。
その口に、背後から白い布が押し付けられる。
「フランシス!」
駆け寄ろうとしたマリオンの体は、複数の男たちに押さえつけられた。
「殿下!」
カイルも同じだった。
「やめろ! 離せ! 俺はバルトワの王子だぞ!」
「王子がこんな所に潜んでいるわけがないだろう!」
暴れれば暴れるほど押さえる力は強くなり、両腕を後ろ手に縛られた。
「馬鹿野郎! いいから離せ! フランシスが…王女がどうなってもいいのか!?」
「はいはい、うちのフランシス様はあんたなんかに心配されるほど弱くないよ」
蔑むように言われ、マリオンの怒りが頂点に達したとき、さらに数人の騎士たちが駆け寄ってきた。
「捕えたのか」
「はい、どうやら頭がおかしい奴らみたいです。自分はバルトワの王子だと…」
「マリオン殿下!?」
聞き覚えのある声の方を見ると、以前オリバーの診療所に案内してくれたディーンだった。
部下の報告を受けていたのはフィリップ騎士団長で、二人とも目を丸くしてこちらを見ている。
「なにしてるんですか、こんなところで」
「なにしてるじゃない!? 早くこの縄をほどけ、ディーン!」
しゃがみこんで縄をほどくディーンの背後で、マリオンを拘束した団員たちは青ざめていた。
「殿下って…」
「まさか、本物?」
「申し訳ありません、マリオン殿下」
「なんだ、この騒ぎは。フィリップ」
「不審者が侵入するかもしれないから、警備を厳重にしろってカイルさんに言われまして」
「あ、そうだった」
カイルが能天気に言った。
「だからって俺たちを捕まえてどうする!」
言いながら、拘束を解かれたマリオンは駆け出した。
「厳重にしたなら、まさか侵入者を取り逃がしたりしないよな!?」
しかし、城の出口でマリオンは絶望的な光景を見た。
二人の門番が倒れていて、他に人影は見えない。
門の外へ駆け出しても足音ひとつ聞こえず、ただ夜の闇が広がるばかりだった。




