第十五話
殿下、フランシス様のお披露目は滞りなく済みました。
伝えられる範囲でお触れを出してからさほど時間がたっていないのに、城の周りにはそれはそれはたくさんの人々が集まり、バルコニーから姿を現したフランシス様を、みな大歓声で迎えました。
男だとか、しゃべれないとか、偽っていたことを責める人なんか一人もいないだろうと思えるほどに。
そりゃそうですよね。たとえ頭にきても、あのきれいなお顔を見たら、誰も文句なんか言えませんよ。
殿下、フランシス様の人気はすごいですよ。毎日贈り物や恋文が山のように届きます。街中では、フランシス様の似顔絵が飛ぶように売れているそうです。
殿下、昨日の手紙を読んで焦ったでしょう?
ご安心ください。贈り物や恋文の送り主は、ほとんどが女性です。
いや、恋文というのは私の冗談で、つまりはお茶会やらパーティーやらへの招待状が届くんですが、それが全部女性から。
騎士団が訓練している稽古場は一般の人でも外から見れるんですが、そこへ集まってくるのもみんな女性。時折黄色い歓声が響き渡って、なんだか異様な雰囲気です。なんなんでしょうね。
たぶん彼女たちは、フランシス様が女だとは思っていません。
簡単に現実から目を背けられるんですね、女って。
その点、男は違います。たとえフランシス様に惚れても、殿下みたいに理性をなくしたりはしないんですよ、普通の男は。
だから、殿下の心配はまったくの杞憂です。
本当は黙っていて殿下をやきもきさせることもできるのに、ちゃんと報告する私って優しいでしょう?
殿下、あまりに稽古場が騒々しいので、見学は一切禁止になりました。
ですが、フランシス様を一目見たいという民の願いも無視できないと、騎士団長が定期的に公開試合をすると決めました。一回目は二週間後です。
見たいでしょう、殿下。見たいですよね。見られなくてかわいそうです。
殿下、一回目の公開試合が終わりました。
手に汗握る大接戦の末…いえ、嘘です。予想してらっしゃったと思いますが、フランシス様がぶっちぎりで優勝しました。フランシス様だけ一度に二人を相手にするというハンデを与えられたにも関わらず、です。
いやあ、お強かったですよ。ますます、あの方をくどくようなアホな男は現れないでしょう。
騎士団の男たちも、やらなくても結果はわかっているのに楽しそうでした。フランシス様は別格なので、みんな二位を狙っていましたからね。
そして表彰式でちょっとしたサプライズがありまして、なんと賞金とトロフィーを渡す役は、パトリシア様だったんです。パトリシア様は、優勝したフランシス様を抱擁していましたよ。
一時期ぎくしゃくしているように見えましたけど、いつの間にか仲良しになってました、あの二人。いや、ほんとに、女ってわからないですね。
私が思うに、パトリシア様もフランシス様を女だとは思っていません。そしてフランシス様に近づきたい令嬢たちに、牽制したいんだと思います。この人は私のものだって。きっと、ただの面食いなんですよ、パトリシア様は。
命令通り、カイルは毎日伝書鳩を使って手紙を送ってきた。
ときに頭にきて破り捨てたものも何通かあったが、おおむねマリオンを満足させる内容だった。カイルの憶測や誇張も多少は含まれていただろうが。
マリオンは、数日空けたために山積みになってしまった王太子としての仕事をこなしながら、何かのたびにフランシスを思い出す日々だった。
フランシスの話を聞いたニコラス国王の反応は、ほぼマリオンの予想通りで、彼はアステラの女戦士に大いに興味を示した。
だが、時にさめざめと泣き、時に大声を出して甥の不実を訴える妹の嘆きも無下にはできないらしい。
「正妻はパトリシアでいいだろう。妹の方は、側室として子供だけ産んでもらえばいい。男として育てられたような娘に、バルトワの妃が務まるとはとても思えん」
グレース王妃は、勝ち誇ったような顔でマリオンを見た。
「お言葉ですが、父上。僕は、フランシス以外の女性と結婚するつもりも、側室を持つつもりもありません」
ニコラス国王は、呆れた顔で息子を見た。
「言ったでしょう、お兄様。マリオンはすっかり魔術師の策略にはまって、おかしくなってしまっているんです」
「策略どころか…」
マリオンは笑みを浮かべた。
「彼女は僕の求婚を、何の迷いもなく蹴りましたよ。14歳にして、どこの貴族の娘よりも誇り高い。そしてどんな男よりも強いんです。もちろん僕よりも。だからこそ、僕はどうしても彼女が欲しい。側室だの、子供だけ産ませるだの言っていたら、彼女は他の男に取られますよ。いいんですか、父上。戦の神に祝福された最後の戦士を、みすみす手放すことになっても」
国王は困惑した顔をした。
「しかし…お前はふられたのだろう?」
「一度や二度ふられたくらいで諦めませんよ、僕は。彼女を手に入れるために全力を注ぎます。だから、他の女によそ見している場合じゃないんです」
「うーん」
「お兄様!」
うなっている兄の隣で、グレース王妃は必死な声を出した。
「マリオンは大袈裟に言っているだけよ! ただ強いというだけで、女の魅力なんか何もないただの野生児よ!」
「会ってみたいわ」
その声がなかったら、マリオンは叔母の胸倉を掴んでいたかもしれない。
少し離れたソファに座ってじっと話を聞いていた女性が、静かな微笑を浮かべていた。
マリオンの母、ニコラス国王の妻のカトリーヌ王妃だった。艶やかな黒髪と鳶色の瞳の持ち主で、その容姿はマリオンに受け継がれている。
「女性はみんな自分を好きなはずだと思っているような自信家のマリオンが、そんなに夢中になるなんて。そしてそのマリオンをふるなんて…。その子にぜひ会ってみたいわ」
「母上」
マリオンは女神に会ったような気持ちになった。
「そもそも、殿方が側室を持つことが当たり前みたいな風習は、改めるべきだと思うわ。あなたもそう思いません? グレース。あなたも私も、それでどれだけ辛い思いをさせられたか…」
何も言えなくなってしまったグレース王妃の隣で、国王もバツが悪そうな顔をしている。
「マリオンの代でそれがなくなるなら、素晴らしいことだわ」
「母上、必ず近いうちに彼女を連れてきます」
カトリーヌ王妃は「フフ…」と少女のように笑った。
「その前に、あなたを好きになってもらわなければね」
マリオンは、笑顔のまま強張った。
(そうだ。それが一番の難問だ)




