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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第五章 罪と再生とロイヤルベイビー

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第十九話

「この雑誌はご覧になりましたか?」

 表紙をフランシスの方に向けて雑誌を掲げたまま、記者は問いかけた。

 ギルバートはその雑誌のことはショーンから聞いてはいたが、実物を見るのは初めてだった。男から見てもかっこいいと思う見慣れたマリオンの優しい眼差しが向けられているのは、しかし見知らぬ女性だった。

 ギルバートはフランシスの横顔を窺った。

 表情は変わらない。けれどもその無表情の裏に、彼女がたくさんの感情を隠すことができることを、ギルバートは知っている。

「ええ、読みました」

 声も普通通りだった。

「急にそんな装いをしようと思ったのは、このクロディーヌ嬢への対抗意識でしょうか?」

「それも違います。姉の助言に従っただけです」

「パトリシア王女殿下の?」

「はい。バルトワへ嫁ぐ日のために、もっと女らしくしろと。だから今日だけ特別というわけではありません」

「本当に嫁ぐことができるのでしょうか? いやこれは、フランシス様を心配して申し上げているのです。このクロディーヌ嬢が正妃候補筆頭だと、この雑誌には書いてあります」

「それはバルトワの国王陛下の発言であって、マリオン殿下の気持ちはどこにも書いてありません」

「ですが、この写真からそのお気持ちはくみ取れるのではないでしょうか? 実に嬉しそうなお顔で笑ってらっしゃる」

「失礼ですが、あなたは既婚者ですか?」

「は? え、ええ、そうですが……」

「あなたは、奥様以外の女性に笑いかけることはないんですか? 誕生日を迎えた女性に、仏頂面で『おめでとう』って言うんですか?」

「え、いや、そんなことは……」

「ましてマリオン殿下は、バルトワの王太子です。紳士の中の紳士です。社交の場で笑顔をふりまくのは当たり前のことです」

 記者は何も言えなくなり、周りの記者たちの中には苦笑し合う者たちもいた。

 だがギルバートは、クールな表情とは裏腹に、フランシスがテーブルの下で左の手の甲に右手の親指の爪を何度も食い込ませていることに気づいた。まるで、感情のすべてをそこに集めようとしているかのように。

 ギルバートは何も言わず、ただそっとその右手に触れた。

 フランシスはハッとなってギルバートの方を向き、気まずそうにうつむくと、右手を左手から離した。

 赤い痕が残っている手の甲から目をそらすと、ギルバートはさっさと終わらせようと思いながら立ち上がった。

「今回のことで、物事の一部だけを切り取った報道がいかに真実からかけ離れているかを実感したフランシス様は、そんな雑誌の記事を真に受けたりはしません。皆さんも、それを肝に銘じて、明日から正しい報道を心掛けてください。以上で、会見を終わ……」

「待ってください。最後に、フランシス様の全身のお写真を撮らせてください」

 カメラを手に持っている男が、空いている方の手を挙げて立ち上がった。

「立って、テーブルのこちら側に来てもらえませんか?」

 ギルバートは、フランシスの顔色を窺った。

 そちらは見ずに、フランシスは黙って立ち上がり、言われた通りテーブルの向こう側へ回った。

 激しく鳴り響くシャッターの音に混じって、小声で雑談を交わす記者たちの声が聞こえてきた。

「あんな可愛い顔をして、実は好き者だったのか」

「まあ、そうじゃなきゃ、あんな年上の男を選ばないだろう」

「黙っていれば、清純なアイドルでいられたのに」

「でもちょっと淫乱なくらいの方が受けるかもしれないぞ。あの顔が、夜はどんなふうに乱れるか想像するだけで……」

「フランシス様!」

「笑ってください」と要求するカメラマンの声を、ギルバートの大声がかき消した。

 フランシスは驚いて振り向く。

「席に戻ってください! もう終わりにしましょう!」

「まだ、笑顔の写真が一枚も……」

 抗議するカメラマンの言葉も、ギルバートの声をさらに荒々しくさせるだけだった。

「ドクターストップがかかりました!」

 そしてギルバートは、その激昂ぶりに面食らっているフランシスに歩み寄って、カメラマンたちから隠すようにその体を後ろへ押しやった。

 異変を察したらしいロビンが、速足でやってきた。

 ロビンにフランシスを託すと、ギルバートは再び報道陣たちと向かい合った。

「僕がさっき言ったことを、ちゃんと記録してくれていましたか? フランシス様ほど純粋でまっすぐな女性はいないと、マリオン殿下は言ったんです。記者なら、省略せず正確に記事にしてください。あなたたちの勝手な想像で、事実を捻じ曲げないでください。15年間、男なのに女の体で生きなければならなかった。その苦しみを乗り越えて、好きな人の子供を産みたいという気持ちになれたのに、そう思える人とめぐり逢えて幸せになろうとしているのに、どうしてそれを邪魔するんですか!? どうして温かく見守ってあげないんですか!?」

 最後の方は、溢れてきた涙を止めることができなかった。

 唖然として何も言えずにいる記者たちから顔をそむけて、ギルバートも速足で会見場を後にした。



 通路に出てきたギルバートを、フランシスとロビンのほかに、後ろで見ていたパトリシア王女たち四人も待ち構えていた。

「よく頑張ったわ、二人とも」

 王女が涙目で讃える。

 フランシスがロビンから離れてギルバートに駆け寄り、その体に抱きついてきた。

「ありがとう、ギルバート」

 ショーンが顔色を変え、ギルバートは顔を赤らめた。

「大丈夫ですか、フランシス様」

 動揺しながらも、ギルバートはその背をそっと抱いた。

「でも僕は、本当は君にあんなふうに言ってもらえる人間じゃないんだ。マリオンに選ばれる資格も……母親になる資格もない……」

「フランシス」

 泣き出したフランシスの肩に、ロビンが後ろから手を置いた。

「疲れたでしょ? 部屋に戻って、少し休みなさい」

 フランシスは素直に頷いた。

「ギルバート様も、ショーン様も、そろそろお夕食のお時間ですから、よかったらここで召し上がっていってください」

 マーサの言葉に、仏頂面だったショーンは途端に顔を輝かせた。

「ほんと!? やったーっ!」

「あなたは本当に食いしん坊ね、ショーン」

 パトリシアが、その表情の変化に呆れて言った。

「食べ物さえ与えておけばご機嫌で……」

 動物か何かに例えようとしていた王女は、ふと言葉を止めた。

 通路の向こうから騎士団長のフィリップが歩み寄ってくる。

 その後ろから、薄汚れた男二人と女一人がついてきた。

「奥様!」

 男女二人が駆け寄ってきて、女の方が泣きながらロビンに抱きついた。

「ジェーン。ロッドも……」

 そしてロビンは、一番後ろに立っている男を呆然と見た。

「ビリーさん」



 ある程度予想できたことではあるが、フランシスたちが去った後のディアスは混乱を極めた。

 暴君ではあったがカリスマ性も持ち合わせていたロベルト国王の熱烈な支持者がウォートン新国王に反旗を翻し、貴族たちは二つの派に分かれた。さらにはその混乱を利用して国民の支持を集めようとしたアランたち革命軍が、あちこちで演説をし、反体制のビラを配り、ときには暴動を起こしたりした。

「まずは、一番数は多いが一番弱い平民への弾圧が始まったんです」

 ビリーは、このひと月の間に起こった騒動を語って聞かせた。

 ほとんど着の身着のままで長旅を続けてきた三人に着替えと食事を与えた後、彼らの正面にフランシス、ロビン、オリバー、フィリップが座り、少し離れたソファでギルバートとショーン、パトリシア王女も話を聞いていた。ジェーンと涙の再会を果たしたメイドのパトリシアは、彼らの前にコーヒーを置いた後、立って話を聞いている。

「革命軍の味方と目された人々は、ろくな調べもなく捕らえられました。私たちに多少の恩を感じてくれていたらしいアランがその動きをすぐに察知して、私に知らせてくれました。フランシス様を救出したあの夜にアランと共にいたので、私やファーガソン邸の全員が、要注意人物とみなされたようです。捕らえられる前に全員を逃がすことはできましたが、お屋敷は焼かれてしまいました」

 そしてビリーはロビンを見た。

「お留守を守るとお約束したのに、力不足でした。申し訳ありません、奥様」

「謝ることなんかないわ。逆に感謝の気持ちでいっぱいです。みんなを逃がしてくださって」

「親戚とか身を寄せるあてがある人たちはそこへ向かったのですが、行くところがない私とジェーンは、無理を言ってここまで連れてきてもらいました」

 庭師のロッドが言った。

「奥様にお会いしたかったですし」

 ジェーンはまた涙ぐむ。

「大変な旅だったでしょう」

 フランシスがねぎらうと、パトリシア王女が笑顔で言った。

「何も気にせず、ずっとここにいるといいわ」

「ありがとうございます」

 ロッドとジェーンは頭を下げた。

「ビリーさんも、ゆっくり休んで」

 ロビンの言葉に、ビリーも頭を下げた。

「ありがとうございます。一泊だけさせていただいて、明日、バルトワへ帰ります」

「それで……ロベルト国王の子供たちはどうなったんですか?」

 フランシスの問いかけに、ビリーはそちらへ顔を向けた。

「ウォートン新国王ではなく、前国王の支持者の方に引き取られたんですか?」

 ビリーの答えづらそうな顔を見て、ロビンは嫌な予感がした。

「そんな騒動があったなら、王宮の様子まで探る余裕はなかったわよね」

 この話題はそれで終わらせてというサインのつもりで、ロビンはビリーに言った。

 しかし、ビリーが何か言う前にジェーンが答えた。

「もう生きてはいないと思いますよ」

 ロビンは息をのみ、恐々フランシスを見た。

 案の定、呼吸も忘れてしまったような青ざめた顔をしていた。

「行方不明だって、アランさんが言ったんですよね。でも絶対、新国王側の人間が殺したんですよ。生かしておいて、反対勢力に担ぎ上げられたら面倒だから」

「いや俺は、革命軍がさらったと思うな」

 ロッドが口をはさんだ。

「あいつらの、王族に対する恨みは半端じゃない……」

「フランシス」

 ロッドの話を遮って、オリバーが荒い呼吸をしている孫の前に歩み寄ってひざまずき、その右手を握った。

「ゆっくり息を吐きなさい。そう、大丈夫。大丈夫だ。私がついているんだから。もう一度息を吸って。そして止める。そしてまたゆっくり吐きなさい。そう。ゆっくりと……」

 過呼吸の発作が起こっているんだとわかり、ロビンはフランシスの背中をさすった。

「どうしたんだ!?」

 ショーンが血相を変えて駆け寄ってきた。

 パトリシア王女とギルバートもそれに続いて周りに集まる。

「大丈夫よ。すぐにおさまるわ」

 こういう時は何よりも本人を落ち着かせ、安心させなければならない。だからなるべく周りを騒がせまいと、ロビンは彼らに笑顔を見せた。

 だが、ひとしきりそんな状態が続いたあと、フランシスは顔を上げずにただ首を振り、やがてオリバーの腕を強く握ったかと思うと、その胸にしがみついてきた。

 その体を抱きしめて背中をさすったあと、オリバーは見守っている人々に言った。

「声が……出ないようだ……」

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