第十八話
会見場にした広間に入ってきたフランシスのドレス姿を見て、記者たちは全員が驚きの表情をしたが、すぐにカメラマンたちがたくさんのフラッシュをたいた。
そして、彼女のそばについているのがまだ未成年のギルバートただ一人だったことも、彼らをさらに驚かせた。
日を改めて敏腕の弁護士をそばにつけることをパトリシアは勧めたが、フランシスはそれよりも一刻も早くこの騒動を終わらせたかった。
それに王室専属の弁護士は、フランシスよりもジェイソン国王の顔色の方を気にするだろう。だから、積極的に味方になってくれるとは思えない。
自分の要求はいたってシンプルだし、こちら側に何ひとつ負い目はない。だからギルバート以外に協力者を求める気持ちなどなかった。
だがそれでも精神的に安定しているとは思えないフランシスを心配して、オリバー、ロビン、パトリシア王女、マーサ、そしてショーンは、会見場の隅でじっと見守っていた。
「お忙しい中、急遽お集まりいただいてありがとうございます」
30名ほどの記者たちの前でフランシスは頭を下げ、ギルバートもそれに倣った。
「こちらは私の……」
今回、あえて不安要素を挙げるとしたら、それは最後まで男言葉を使わずに通せるかどうか、ただそれだけだった。できなかったとしても、咎める人は姉くらいしかいないだろうが。
「友人のギルバート・ライアンです。私の補佐をしてもらいます」
そしてフランシスとギルバートは着席し、さっそく本題に入った。
「私は今日国立図書館で、あなた方が書いたここ一ヶ月のマリオン殿下に関する記事を、可能な限り目を通しました。社名、新聞名、雑誌名はすべてメモにとりました。さきほど入場の際に皆様に記入していただいたものとそれらは一致していましたので、間違いなく全社お集まりいただいたようです。心から感謝します」
軽く頷く記者もいたが、全員がまだ黙りこくっている。
「皆さんにお集まりいただいたのは、明日の朝刊、そして次に刊行する雑誌のすべてに、あのマリオン殿下の記事の大半が間違いであるという訂正文と、殿下の名誉を傷つけたことへの謝罪文を掲載していただきたいからです」
予想していたことだが、記者たちは顔を見合わせてざわめき出した。
その騒ぎが静まるのを待ってから、フランシスは続けた。
「まず大きな間違いは、私は決して殿下に無理やり妊娠させられたわけではないということです。逆に殿下は、私の年齢を十分おもんばかってくださいました。むしろ、私の方から彼に要求したんです。あなたの子供を産みたいと」
またひとしきりざわめきが起こる。
「皆さんはご存じだと思いますが、私は、いつか体が男に変化すると言われていました。だから、彼との間に早く子供が欲しかったんです。それを若すぎるとかふしだらだとか思うのは人々の自由です。でも、記事は正確に書いてください。私への取材は一切なく、あなた方はただの憶測でバルトワの王太子殿下の名誉を著しく傷つけた。バルトワは、この小国のアステラを長年に渡って経済的に支えてくださった国です。そして今回、ディアス王国に捕えられた私を、殿下は身を挺して救ってくれた。大金を惜しまずに使ってくれた。そのすべてを正確に書いたうえで、読者に彼の人となりを判断してもらってください。それともあなた方は、バルトワとの同盟が解消され、あの大国を敵に回すことになっても、その責任を取れると言うんですか?」
顔を見合わせて何かを話し合っていた記者の中から、一人が挙手をした。
「どうぞ」
彼らの会話をメモに取っていたギルバートが、補佐の役目を果たすべくその記者の発言を許可した。
「憶測だけで書いたわけではありません。マリオン殿下ご自身が、自分はふしだらな男でたくさんの女性を知っていると発言したという証言を、きちんととっています」
フランシスは少し口角を上げた。
「たくさんって何人ですか?」
「え?」
記者は戸惑った顔をした。
「五人ですか? それとも十人?」
「それは……殿下に聞いてみないと……」
「わかりませんよね? わからないならちゃんと本人に取材してから記事にしてください。どうしてそんなあいまいなことを記事にするんですか?」
記者は押し黙る。
「フランシス様」
ギルバートは手を挙げた。
「僕も発言していいですか?」
「どうぞ」
フランシスは微笑した。
ギルバートは立ち上がる。
「僕が今から話すことをちゃんとメモして、必ず記事に載せてください。僕は、殿下がその発言をした場所にいました。あの方がそういう発言をしたことにはちゃんと理由があります。その前後の流れを記事にせず、ただその発言だけを切り取ったら、読んだ人には殿下の真意は伝わりません。あのとき、フランシス様の父君の国王陛下が、結婚前に妊娠したフランシス様のことを叱ったんです。それこそ、『ふしだらな娘』と……。それをかばうために、その言葉を訂正させたいために、殿下はふしだらなのは自分の方だと言ったんです。そして、ふしだらでたくさんの女性を知っているから、フランシス様ほど純粋でまっすぐな女性はいないと断言できると。どこまで誇張で、どこまで本当か、僕にはわかりません。でも少なくとも、どんなにフランシス様を愛しているかはわかりました。記事にするなら、そこまで書いてください。自分を卑下した言葉なのに、僕には最高にかっこよく聞こえました。それなのにあの書き方じゃ、ただ自分はもてると自慢したいだけの、愚かな発言にしか聞こえなくなってしまう」
フランシスは、涙が出そうになるのを懸命にこらえた。ギルバートにいてもらってよかったと、心から思った。
「あの殿下の発言をあなたたちに教えた人の名前を、いま言えますか?」
ギルバートはさらに言った。
「いや、それは言えません」
「でしょうね。わかっています。おしゃべりな犯人をみつけたいわけじゃない。たぶん、その気になればすぐにみつけられる。ここには、読心術が使える人がいますから」
記者たちは、今日一番の驚愕の表情をした。
オリバーが、あえて密告者をあぶり出そうとしない気持ちを、フランシスは理解していた。人間は誰しも、愚かだったり醜かったりする裏の面を持っている。それがよほど困った状況を招かない限り、いちいち暴いていたらきりがない。極力知らんぷりすることが、オリバーがここで穏やかに暮らしていくための処世術なのだ。ここにダニエルを連れてきた以上、オリバーは当分気楽な一人暮らしには戻れないのだから。
おそらく侍女かメイドの誰かだろうと予想はできるが、フランシスもその犯人に興味はない。この話は内密にという命令をされたわけではないのだから、いや、たとえ口止めされていたとしても、おしゃべり好きな人間が第三者に話したくなるのはありがちなことだ。問題は、その密告者を利用する側の方だ。
「僕が言いたいのは」
ギルバートは発言を続けた。
「そういう自分の名前を明かせない人の胡散臭い情報は記事にするくせに、あの記事はでたらめだとちゃんと実名で抗議した僕たちの投書は無視されたということです。つまりあなたたちは、物事の真実より売れるかどうかの方を重視している」
誰も反論しないので、フランシスは問いかけた。
「あなた方がきちんと証言を取ったのは、その件だけですか?」
「いえ」
一人の記者が立ち上がった。
「マリオン殿下にもてあそばれたという女性の証言も、ちゃんとバルトワまで取材に行って取っています」
「その女性は、何が目的でそんな証言をしたんでしょう。その話が本当なら、あなたのような赤の他人になど聞かせたくはないはずだ」
「それは、マリオン殿下に恨みがあって、仕返ししたかったからでしょう」
「だったら、よその国じゃなくてバルトワの雑誌にその記事を書いてもらえばいいのに」
記者は、少しの時間口ごもっていたが、すぐに気を取り直した。
「あの国のマスコミは、今さらそんな話に興味は持たないんでしょう。マリオン殿下の遊び人風なキャラクターは、広く知れ渡っていますから」
「でも、アステラのマスコミなら高く買ってくれる」
記者はまた口ごもる。
「その女性……女性たち? 女性たちに即刻伝えてあげてください。殿下に仕返しをしたくてなおかつお金が欲しいなら、直接彼を訴えろと。あなた方にもらった謝礼なんかよりはるかに多くの慰謝料がもらえるでしょうから。その話が本当なら」
「いくらなんでも、王太子殿下を訴えることなんかできませんよ」
「でも、彼女たちの証言が真実だと証明しない限り、訴えられるのはあなた方のほうですよ。名誉棄損で」
記者は黙り込んだ。
「あなた方の会社が訴えられるくらいならまだいい。下手したら、本当に同盟が解消されて、バルトワを敵に回すことになります。私には、その危険を回避しなければならない責任があります。今はまだ、こんなちっぽけな国の馬鹿げた騒動など、相手にする気がなくて見逃してもらえているだけかもしれません。でも、明日はどうなるかわからない。ですから最初にお願いした通り、明日の朝刊と次号の雑誌に、必ず訂正文と謝罪文を載せてください。その要望に応えてくださらなかった会社には、国王代理の権限で制裁をさせていただきます。そんな新聞や雑誌がなくなったとしても何も困らない。まともな記事を書いている会社は、ちゃんとあるんだから」
ひとしきりまたざわざわと記者同士の会話が続いた後、一人の記者が挙手をした。
「王女殿下」
「どうぞ」
記者は立ち上がる。
「殿下の要求には従います。ですが、なくなっても困らないと言われても、まともな記事を書いていないと言われても、私たちは私たちで、どうすれば読者に受けるか、雑誌が売れるか、日々考え、努力し、知恵を絞っているつもりです。殿下にはわからないでしょうが、日々競争なんです。生き残れなければ、生活の糧を得られなくなります。訂正文と謝罪文を載せれば、読者の信頼を失うでしょう。売り上げはガクンと落ちると思います。それを切り抜けるために、新たな戦略を練らなければなりません。殿下から見たら底辺の人間かもしれませんが、我々もアステラの国民です。少しでいいですから、我々が危機を乗り越えるために力を貸してもらえませんか?」
「力?」
フランシスは首を傾げた。
「今回我々がどうしてこのトピックを長々と報道し続けたか、王女殿下も本当はわかっていらっしゃるでしょう? 王女殿下の記事を載せれば、新聞も雑誌も飛ぶように売れるんです。ですから今日、この機会に、我々の取材に応じてもらえませんか?」
フランシスはその記者をじっと見たあと、警戒が残る表情で頷いた。
「いいですよ」
「ありがとうございます。では、いくつか質問をさせていただきます。まず何よりも、本日の王女殿下の装いに、我々はおそらく全員、驚き、感嘆いたしました。ドレス姿を初めて拝見させていただきました。王女殿下の要求を飲めば我々の新聞や雑誌が大きなダメージを受けることを見込んで、その穴埋めになるように、美しいお姿を写真に収めさせてくださったのでしょうか?」
「そうではありません」
機嫌を取ろうとしているようにも聞こえる記者の言葉に、フランシスはにこりともせずに答えた。
「伝わらなかったですか? 私はあなた方に怒っているんですよ」
「失礼いたしました。それはわかっております」
記者は頭をかき、周りからは笑いが起こった。
なんとか自分との溝を深めないように、友好的な雰囲気に持っていきたいのだろうかとフランシスが勘ぐった時、記者は鞄から一冊の雑誌を取り出した。
「では、その装いはこの記事の影響でしょうか?」
その手が掲げたのは、例のマリオンとクロディーヌの笑顔が表紙を飾っている雑誌だった。
前振りの意味を、フランシスは理解した。




