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最強のプリンセス  作者: 雨宮佳奈子
第一章 森と月光と王子の恋

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第十話

 自分の言葉に酔いそうなくらい高揚していたマリオンの気持ちは、一気にしぼんだ。

(こんなやつ?)

「中傷なんかに負けない。誰かに守ってもらおうなんて気持ち、さらさらない」

 マリオンは唖然としていたが、やがて口元に笑みを浮かべた。いささか強がりではあったが。

(それでこそフランシスだ)

「言いふらしたければ言いふらせばいい」

「だがな、フランシス。お前の跡は誰が継ぐ。王族に生まれた以上、後継者を残すのは義務だ。子供を産むのはお前の方なんだぞ。俺以外に、お前みたいなじゃじゃ馬を誰がもらってくれる」

 この美貌なら立候補する奴は湧いて出るほどいるかもしれないと本当は思ったが、恐らく自分以上に釣り合う男はいないだろうとマリオンは自負していた。

「僕は男になる」

 強い眼差しできっぱり言う妹の横顔を、パトリシアは頬を赤らめて見ていた。見惚れているようだった。

「母上が、いつか魔法は解けると言った」

「じゃあこうしよう、フランシス」

 マリオンは片手を上げた。

「お前が男になったら離縁していい。だがそうじゃないうちは形式だけでも俺の妻になって、バルトワとアステラの結束を固めないか。ディアスの脅威が増している今、それが両国の最善の道だと思う」

「殿下…」

 黙っていた国王が口を開いた。

「フランシスを心配してくださるお気持ちには感謝します。ですがこの子は、まだ14です」

「そうですね。でも僕は、国へ帰ったら父に報告しなければならない。それを嘘で固めてしまったら、最終的に良くない方向に行ってしまうと思うんです。今はまだ承諾してもらえなくても、少なくとも僕の方はフランシスと結婚したいんだということは、父に伝えるつもりです。そのために、あなた方が守ってきた秘密を明かしてしまった。すみません」

 マリオンが頭を下げた時、部屋を飛び出していく足音が響いた。

「パトリシア!」

 娘の名を呼んだ後、王妃は何か言いたげにマリオンを振り向いたが、結局なにも言わずにその後を追った。

「ひどいことをしてしまいましたね。彼女もまた、あなたの娘なのに」

 けれどもマリオンは、王妃の「かたわ」という言葉を聞いてから、どうしても二人に謝罪の言葉を言う気持ちになれなかった。娘の方には罪はないのだが。

「離縁を考えなかったのですか? 陛下」

 不躾と知りつつ、マリオンは聞いた。

 誰が黒魔術師を手引きしたのか、国王も知らないはずはない。だからこそ、幼いフランシスをあの森に隠したのだ。

「やはり、バルトワへの配慮ですか」

「それもありますが、グレースを追い詰めたのは私ですから」

 黙って聞いていたフランシスが顔を上げた。

「後悔してるの?」

 マリオンと国王は同時に振り向いた。

「母上を愛したことを」

 強い口調とは裏腹に、すがるような目が国王をみつめていた。

 国王は、慈しむような眼差しでその視線を受け止める。

「後悔などしていないよ。エレナは私に、お前という宝物をくれた」

 フランシスは泣き出しそうな顔をした。それを隠したかったのかもしれない。駆け寄ってくると、動けない父親の腰に抱きつき、膝の上に顔をうずめた。

 国王は、その柔らかそうな金髪を優しく撫でた。

「だが、お前には悲しい思いばかりをさせるな。フランシス、辛いかもしれないが、マリオン殿下の言う通りお前は女だと公表しよう」

 フランシスは驚いて顔を上げた。

「国民を欺くのはやはり間違っている。一時は好奇の目にさらされるかもしれないが、それはお前が男だと言い続けても同じことだ。むしろ、これから成長してどんどん女らしくなっていくのに男だと偽り続けることの方が、より人々の好奇心を煽るだろう。なに、アステラに初めて、グラディウスの祝福を受けた女性が生まれたと言えばいいのだ。お前を中傷する人間よりも、お前の存在に歓喜する人間の方がはるかに多いだろう。だからお前は今のままでいい。女の恰好をしたり、女の言葉を話さなくてもいい。騎士団に加わって剣の稽古を続ければいい。男か女かなんて、ただの名前だと思えばいいんだ。お前は、お前のままでいいんだよ、フランシス」

 そして国王は、マリオンに目を向けた。

「殿下はフランシスが中傷されると心配してくださいましたが、この国の民は戦の神を何よりも崇めているのです。だからきっと、ありのままのフランシスを受け入れてくれるでしょう。そしてもしいつか、この子が本当の男になれる時がきたら、多少の混乱はあるでしょうが、民はやはり受け入れてくれるはずです」

 マリオンは微笑して頷いた。

「わかりました」

「ですが、結婚はまた別の話です」

 緩んでいた口元をマリオンは引き締めた。

「結婚するとなれば、この子は女としてふるまわなければならなくなる。それを強いるのは、この子には酷なことです」

「陛下、僕もフランシスには、今のままでいてもらいたいと思っています」

 フランシスが睨んできたので、マリオンは動揺して口ごもった。

「いや、実はさっき、着飾ったりダンスをしたり、女の楽しみを味わってみろなんて言っちゃいましたけど…」

 頭をかいた後、マリオンはきっぱりと言った。

「誓って言います。フランシスが嫌がることはさせません」

「バルトワの王子の妃になるなら、そうはいかないでしょう」

「ですが陛下、世継ぎはどうするんですか? 今のままのフランシスを受け入れる男なんて、ぼく以外いませんよ。アステラの王族の血を残さなければ…」

 マリオンの声は徐々に尻すぼみになった。

 じっと自分を見上げているフランシスに見透かされているようで、顔が赤らむのを感じた。

 フランシスに自分の子供を産ませるー想像しただけで、全身の血が沸騰しそうだったのだ。

「いや、すみません、わかりました。僕も急ぎすぎました。もう少し時間をかけて、よく考えましょう」

 そしてマリオンは唇をかみしめた。

(諦めないけど)


 横になったまま眠れずに、マリオンは窓の外を見ていた。月が美しかったので、カーテンは閉めずにいた。

 月を見ると、あの夜のフランシスを思い出す。

 今まで、抱いた女は何人もいる。女の裸など見慣れているのに、なぜあんな未成熟の裸体にこんなにも心を奪われてしまったのか。

「帰りたくない」

 ため息と一緒に、思わず声も出していた。

 さすがに明日には帰国しないとまずいだろう。

(またフランシスに投げ飛ばしてもらって、動けない体になるか)

 そんなことを考えて苦笑した時、扉を叩く音がした。

 マリオンは飛び上がるように体を起こした。

(フランシス!)

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