6 2度目のレベルアップ
(ぐわぁぁっ! 身体中が痛いっ。何なんだよっ。どうしたっていうんだ。まさかレベルアップしたのか?)
レベルアップに伴う成長痛が襲って来た。
スーは内側からはじけ飛びそうな激痛でのたうち回る。
なぜだ? なぜレベルアップしたんだ?
スーは自分の身に起こっていることが信じられない。
スライム種が経験値を得られるのは、相手を食べることにより倒した時だけだ。スーはシルバーモンキーを食べてはいない。木の枝で突き刺して倒した。それなのに。
シルバーモンキーの死骸へと視線を向けて気づく。
シルバーモンキーに張り付いたままの触手は、勢いは無くなったが未だに消化液を使ってシルバーモンキーを消化し続けている。微かな音と煙が今も上っている。
もしかしたら己の身体から離れてはいるが、触手の働きがシルバーモンキーを食べていると認定されたのだろうか?
だから経験値がスーに入ってきてレベルアップしたというのか。
身体が変わっていくのが分かる。
身体の中心にあった力の塊が、より大きく強くなっていく。新たに出来るようになったことを本能が理解する。
戦闘で疲れた身体に力がみなぎり、触手を切断されて負った傷が治っていく。
いける。
今までワイバーンを飲み込んだために容量が一杯で出来なかったが、今だったらティナを包み込んで移動することができる。
触手で抱え上げるよりは安定して、移動スピードを上げることができるだろう。
最初からワイバーンを吐き出していればいいことだったのだが、焦っていたために気が回らなかった。
スーはティナを抱え上げると、自分の中に取り込もうとする。
ガササッ。
背後で草を分けて近づいて来る音が聞こえてきた。慌ててティナを元の窪みに隠すように横たえる。
振り向くと、案の定シルバーモンキーがこちらに向かって来ていた。
身体の大きな母親の方だ。
1匹だけにホッとするべきだろうが、先ほど倒した子どものシルバーモンキーよりも段違いに強いことが分かる。
レベルアップをしたスーと同等ぐらいか。
ギャギャギャヤヤヤ!
スーの足元に転がる自分の子どもの亡骸を見て、シルバーモンキーが怒声を上げる。その口は生贄を食べてきたのだろう、赤く染まっている。
スーはティナのことを気づかれないように、ティナを背にして前に出る。
速い!
一気にシルバーモンキーはスーへと襲い掛かって来た。
スライム相手だが、自分の子どもを殺した相手だと認識したのだろう。
何とかシルバーモンキーの繰り出す爪を避け、体当たりを食らわす。しかし避けながらのために渾身の力というわけにはいかなかった。シルバーモンキーを何とか弾くことはできたが、ダメージを与えることはできない。シルバーモンキーは近くの木に飛び移る。
この場で戦闘をすれば、ティナを巻き込んでしまう。なんとか遠ざけなければ。
シルバーモンキーがこちらに飛びかかって来るよりも先に、こちらから向かっていく。
ザシュッ、ザシュッ。
シルバーモンキーが近づいてきたスーへと爪を突き立ててくる。素早い上に何度も繰り出され、必死によける。
木の上での攻防は、枝を掴む足の無いスーには分が悪かった。シルバーモンキーの攻撃を避けはしたが、体勢を崩してしまった。
すかさず爪が襲い掛かる。
カキン!
スーは触手で弾き返す。
(何だ、どうした?)
柔らかい触手は爪により切り裂かれるはずだった。それなのに触手は無事なままで、それどころか弾かれたシルバーモンキーの方に痛みがあったようだ。
(触手の先が硬化している。レベルアップにより能力が上がったんだ)
変化に驚いたスーだが、すぐに襲って来たシルバーモンキーへ触手を叩きつける。
触手は硬化できるようにはなったが、先端の一部分を鉄の棒のような状態にするだけで、触手全体を硬化することは出来ないし、刃物のように鋭くもできない。斬りつけることも突き刺すことも無理だった。
戦いやすくはなったが攻撃が出来ない。このまま防戦一方では、すぐにやられてしまう。
何とか武器を手に入れることができないか。
シルバーモンキーの攻撃を避け、スーは高く飛び上がる。
木の枝を踏み台にして、上へ上へと跳ね上がって行く。
シルバーモンキーも、すぐにスーを追いかけて来る。森で生活しているシルバーモンキーの方が、木を使った移動はお手のもののようで、すぐにスーへと追いついてきた。
スーは2本の触手を鞭のように叩きつける。
シルバーモンキーは爪で切断しようとするが、先端を硬化しているために弾くだけだ。
角度を変えて攻撃するが、シルバーモンキーは素早い上に、周りの枝が邪魔をする。
シルバーモンキーは触手を切断することが出来ないと分かると、今度は掴みにかかる。
とっさに触手を躱そうとするが、シルバーモンキーの動きが早かった。両方とも掴まれて動けなくなってしまった。
(くそっ、放せっ!)
力を込めてもがいてもシルバーモンキーを振り払うことが出来ない。シルバーモンキーよりも小柄な分、力では押し負けてしまう。
身動きを封じられてしまったが、シルバーモンキーも両手で触手を握っているため、爪を使っての攻撃は出来なくなっている。
両者ともに両手は使えないが、シルバーモンキーはスーへとジリジリと顔を近づけてくる。
これ見よがしに牙を噛み鳴らし、ツルリとしたスーの身体に牙を突き立てようとする。
今だっ!
シルバーモンキーが噛みつこうと胴体へと顔を近づけた瞬間、スーは頭部から3本目の触手を出す。
レベルアップに伴い、両脇以外からも触手を出すことが出来るようになっていたのだ。
シルバーモンキーの顔面に向かって叩き付ける。
流石に3本目の触手まで硬化をすることはできないが、子どものシルバーモンキーの時のように消化液を含ませ、両目を狙う。
ブシュッ!
だが3本目の触手がシルバーモンキーの顔面に届く前に、シルバーモンキーは瞬時に顔を逸らすと、触手へと噛みついた。
(ぐわぁっ!)
触手は食い千切られ、スーに激痛が走る。
触手を噛みちぎったシルバーモンキーの方も、触手の消化液が口の中を溶かしたのか痛みに悶えている。
嘔吐いて何とか触手を吐き出そうとしている。
痛みにシルバーモンキーが触手から手を離した。
スーは後方へと飛び跳ね距離を取るが、痛みにバランスを崩してしまい、木から落ちそうになってしまう。
そこに、痛みから持ち直したシルバーモンキーが攻撃してきて、躱すために木から落ちてしまった。
(うわあっ!)
落ちないようにと枝に触手を伸ばすが、それよりも先にシルバーモンキーが爪でそれを阻止する。
スーは枝を次々と折りながら落下し、何度もバウンドする。
やっとバウンドが治まったと思った瞬間、シルバーモンキーがスー目がけて落下してきた。
(ぐはっ)
全体重をかけられ、スーの身体は大きく凹む。
シルバーモンキーはスーに乗ったまま、止めとばかりに爪を立てる。間一髪でシルバーモンキーを振り払い、凹んだ身体のまま横へと飛ぶ。
ブルブルと身体を揺すると、弾力のあるスーの身体は、何とか元の丸い形へと戻っていく。
だが受けた痛みは簡単には引かない。スーの息は荒い。ツルリとした身体には無数の傷が付いてしまっている。
(中年太りしてんじゃねーよ、くそ重いじゃねーか。内臓が出たらどうしてくれるんだっ! ん、内臓……。ああ、武器があったじゃねぇか。使える武器がな)
悪態をつくスーだったが、スライムに内臓があるのかは知らない。だが身体の中にある物を思い出した。
内臓ではない物を。
ギギャヤヤヤ!
シルバーモンキーが怒声を上げる。スライムごときに手こずっているのが気に食わないのだろう。
高くジャンプをして襲い掛かる。
スーは逃げない。
上空から降って来るシルバーモンキーを、ただ見上げる。
動かないスーのことを、シルバーモンキーは訝しがるべきだった。
なぜ逃げないのか。なぜ見上げるだけなのか。
シルバーモンキーは、スーが長引く戦いで怪我を負ったのか、疲れて動けなくなってしまったのか。そんな見当違いなことを思ったのかもしれない。
爪を突き立てようと、両手を伸ばしスーへと向かって来た。
ザクッ!!
シルバーモンキーの爪はスーの身体を切り裂くことはできなかった。
それどころか、スーの身体に届くことすらなかった。
スーの身体から突き出てきた1本の骨が、シルバーモンキーの身体を貫いたのだ。
そんなに太い骨ではない。だが強靭な骨は、自ら突き進んで行った勢いと己の自重により、シルバーモンキーの身体を串刺しにしたのだ。
シルバーモンキーは、そのまま息絶えてしまった。
スーは自分の身体の中にワイバーンの死骸を収納していたことを思い出したのだ。
とっさに出した骨は翼を支えていた骨なのだろう。他の骨よりも細いが長い。それにいくら細いとはいえ、ドラゴン種の骨は強度で簡単に折れたりなどしない。
骨を突き立てるように身体から出しだが、長い骨の全部を出したわけではない。半分だけ出し、残りの半分は衝撃に耐えられるように身体の中で固定した。
(やったか……)
自分の上に倒れこんで来たシルバーモンキーを振り払う。シルバーモンキーは横たわったまま、ピクリとも動かない。
ピロン。
頭の中で、小さな音が鳴った。
(この音は何だ? 音が小さいし、痛みが走らないからレベルアップではないようだ。じゃあ経験値を得たということなのか?)
だが、シルバーモンキーを倒したが食べてはいない。それなのに経験値が入ったのか?
シルバーモンキーは触手を食い千切っていた。もしかしたら触手はシルバーモンキーの身体の中で消化を続けていたのかもしれない。
子どものシルバーモンキーを倒した時のように、身体から離れても触手の働きによりスーが食べたと認定されるようだ。
戦いが終わり、スーの身体から力が抜ける。
疲労感は残ったままだし頭から出した触手は食い千切られたままで、引っ込めることが出来なくなっている。
だがシルバーモンキーは、あと一匹残っている。
眠ったままのティナをそっと引き寄せながら、スーは気合を入れるのだった。