73 井戸からの脱出
「そういえば、そろそろだよ」
(何がだ?)
「僕を井戸に投げ入れた人族は、日に一度、ゴブリンを井戸から出すんだ。何をしているのか井戸に残る僕には分からないけど、たぶん進化したゴブリンを見せびらかしているんじゃないかな」
(そうか)
ちょうちょから伝わって来るのも同じだ。
あのナッカとかいう親父が井戸の周りの魔法陣の魔石をどかしているらしい。
大急ぎで穴を掘り、ゴブリンの遺体を埋葬する。
本当は、こんな井戸の底ではなくて、外に埋めてやりたい。だがスライムを連れているため、ゴブリンを抱えて井戸から出ることはできない。
せめて陽の当たる一番明るい場所を選んだ。
大小のスライムはゴブリンに黙祷を捧げる。
「もう苦しまなくてもいいんだよ……」
スライムの小さな呟きが聞こえてきた。
(よし、坊主、井戸から出るから大人しくしていろ)
スーは、触手でスライムを掴もうとして……。
(キャーッ!!)
乙女のような悲鳴を上げてしまった。
ロッドを引き寄せた後、一旦引っ込めていた触手を出した。
無意識に全部の触手を出してしまったのだ。
スーの触手は両脇と頭からの全部で3本。それなのに出てきた触手は5本。
レベルアップにより、触手が2本増えていたのだ。
増えた触手はスーの丸い身体の底から伸びている。
そう、まるで足が出来たみたいに。
便利だと思う。今まで跳ねるしか出来なかったスーは、触手を使えば走ることが出来るようになったのだ。
だが、丸いスイカに両手両足+頭。
余りにも奇怪な姿だ。
愛らしいペットには、可愛らしい外見が必要だ。スーの目指しているのは、キモカワでもブサカワでもない。
絶対に、ぜえぇっ対に、ご主人様に見せるわけにはいかない。
「キモ……」
(坊主、いくら小さいからって、言っていいことと悪いことの区別はつけないとなぁ。喰うぞ!!)
「ご、ごめんなさぁい」
大人げないスーは、小さなスライムに本気で凄む。
せっかくだから、このまま機能を試してみようと、足触手もそのままにしておく。
そして、右手触手の先を二本指のようにして、スライムをつまむ。
「なんでそんな持ち方をするんだよっ」
子猫のように首筋(だと思われる)を持ち上げられたスライムからクレームが来た。
今から井戸から脱出する。そのためにはスライムを触手で持つのではなく、身体の中に収納して移動した方が、両手触手を使えるから機能的だし、スライムを誤って落としてしまったりすることがないからいいのだが……。
(だって、バッチイじゃないか)
土の中に隠れて難を逃れていたスライムは、泥団子のように汚れているのだ。
「失礼なヤツだっ!」
スライムは吊り下げられたまま、プンプンと怒り心頭だ。
ガラン、ガラン、ガラン……。
上から縄梯子が降りて来た。
この井戸は、随分と深かったから、縄梯子は特注だろう。
そんなことをスーは呑気に考えてしまった。
「ゴブリンッ、登ってこいっ」
井戸の入り口でナッカが叫んでいる」
井戸は深いから、人族だったら聞こえないだろうが、スーには聞こえる。
きっと、従魔のゴブリンにも聞こえていただろう。
せっかくだから、縄梯子を使わせてもらおう。
縄梯子が降りてこなかったら、よじ登るしかなかったから、ありがたいことだ。
スーは片触手でスライムをつまんだまま、梯子を登って行く。
両足触手があると、登るのが随分と楽だ。
「うわっ!」
井戸の入り口から、ニュッと頭を出したスーを見て、ナッカが驚いた声を上げる。
スーは、そのままスライムをポイと井戸の外へと投げる。
久しぶりの地上は、暗闇にいたスライムには、さぞ眩しいことだろう。
「なんでスライムが出てきたんだ? ゴブリンはどうした。餌を喰ってないのか?」
ナッカにはスーの動きが早すぎて見えなかったのか、飛んで行ったスライムもスーから出ている触手にも気が付いていないようだ。
再度スーを井戸の中に突き落そうと、腰に刺していた剣を抜くと、鞘ごとスーへと向ける。
ヒョイ。
スーは身体をずらして剣を避けると、井戸の縁に上がる。
ちゃんと触手は仕舞っている。
ナッカの近くにいるだろうちょうちょにも新しい触手は見られたくないのだ。
「ちっ、すばしっこいな。ゴブリンはどうしたんだ? ほら、お前は井戸の中に戻れ、大人しく餌になっておけ」
またもナッカが剣でスーを小突こうとしたので、右手触手を出して、剣を受け止める。
「うわぁっ、何だこのスライム、何か出したぞっ」
驚くナッカから、剣を奪い取る。
(お前の虚栄心のために、ゴブリンは苦しんで死んだ。お前にも同じ苦しみを味わわせたい。お前の家族を探し出して、お前に無理やり喰わせたいが、残念なことに、俺はそれほど暇じゃない。だから、お前は孤独に死んでいけ)
スーの念話は人族には通じない。
だが、言わずにはいられなかった。
スーは左手触手を出すと、ナッカに巻き付ける。
「うわぁっ、どうしたんだっ、放せっ、放せっ」
ナッカは暴れるが、スーにすれば、どうということはない。
そのままナッカを持ち上げて、井戸へと放り込む。
「うわああぁぁっ」
ナッカの悲鳴が井戸の底へと吸い込まれていく。
(おっと、梯子を回収して……、面倒だから、切り捨てておくか)
スーは井戸の口に括り付けられていた梯子の縄を、触手を刃にして切り落とす。梯子は井戸の中へと落ちて行く。
ついでにナッカの剣も拾って井戸へと投げ入れる。証拠隠滅。
「おいっスー、大丈夫だったのかよっ」
ちょうちょが心配したのだろう、慌てて飛んで来た。
(ああ、心配かけたな、大丈夫だ。それよりもご主人様の方はどうだ?)
いそいそと魔石を元に戻しながら、スーは問いかける。
井戸の周りに施されている、井戸からは出られなくなる魔法陣を、ちゃんと起動させておく。
この魔法陣は、井戸の中の魔獣が騒いでも、外に鳴き声が漏れないように騒音防止も組み込まれているようだ。
これで中に人族が誤って落ちたとしても、見つけられることは、まずない。わざわざ井戸の底まで降りて探す者はいないだろう。
なかなか優秀な魔法陣じゃないか。
スーはきちんと魔法陣が起動するのを確認すると、井戸から離れる。
「ああ、ティナは王子宮にいる。そろそろ支度が終わるから、俺達を呼びにくるぞ」
ステルスを使って、ちょうちょはティナの所に行ってきたようだ。
ステルスは、よほどレベルが高くないと、ちょうちょの姿を見ることは出来ない。
腹が減るというデメリットはあるが、どこでも出入り自由だ。
(支度?)
「ティナはピカピカになっているぞ」
(?)
ちょうちょが何を言っているのか分からずに、スーは頭(上部)を捻る。
「それよりも、早くいこうぜ」
(ああ)
二匹は王子宮へと向かうことにする。
「まって、僕も連れて行って」
スライムが二匹の前にやって来た。
「うわっ、泥の塊が喋った!?」
ちょうちょがスライムを見て驚いている。
(ああ、井戸の中にいたスライムだ。土に潜っていたから汚れているんだ)
「これでスライムなのかよ、きったねーなー……。おい」
(ん、どうした?)
スライムを見たまま、ちょうちょは固まってしまった。
「こいつ本当にスライムなのかよ」
(汚いけど、スライムだろう?)
たぶんレベル1だろう、小さなスライムを見て、ちょうちょは何を驚いているのだろう。
スーは不思議そうにちょうちょを見るのだった。




