49 事故報告(アール教頭視点)
王立ザイバガイト学園の入学試験において、試験監督総括をしているアールの元に、次々と調査報告がもたらされる。
第三次試験の中盤、AブロックとCブロックを隔てる結界が破壊された。
不慮の事故によって壊れたのではなく破壊されたのだ。
攻撃を得意とするAブロックの受験生達のことを考え、結界が張られていた。
受験生の魔力が暴走することや、コントロールが狂ってしまうことは多々ある。毎年のことなので学園側も、ちゃんと対策をとっていた。
簡単には壊れない強い結界だったのだ。
それなのに……。
「それで、原因の特定はできたのか?」
「はい、直接の原因はサース男爵家の嫡男ロイトの放った魔法です」
Aブロックの監督官が説明する。
「ロイトはAブロックの三次試験に参加しており、順番を待っている状態でした。それがいきなり暴れ出し、周りの者達が止めようとしましたが、ロイトはCブロックへと向けて魔法を放ちました」
周りの者達は、いきなりロイトが暴れ出したので、慌てて止めようとした。数人がかりで押さえ付けて大人しくさせようとしたのだ。
「ロイトの放った魔法は強力で、ロイトに覆いかぶさるようにして押さえつけていた係員と、受験生の二人が吹き飛ばされて怪我をしました。不幸中の幸いで全員が軽傷です」
今回の受験に係員として関わっている者達は、全員が魔力持ちだ。生徒が放つ魔法ぐらいでは、怪我などは負わないはずだった。
ロイトの魔法は、それほどまでに威力のあるものだったのだ。
「ロイトの魔力がぶつかって結界が壊れたということか?」
「そうです」
「ロイトは、それ程の魔力持ちなのか?」
結界の強さからすれば、受験生一人が魔力を故意にぶつけたからといって、壊れることなどない。
ロイトは規格外の魔力持ちということになる。
「いえ、ロイトの魔力量は三次試験前の魔力測定では、中の上から中の中という程度です」
「ならばおかしいだろう、不可能だ」
「そうなのですが、薬を使っておりました」
「薬?」
監督官はハンカチを広げて見せる。そこにはロイトから押収したのだろう、薬の欠片が乗せられていた。
「まさか、ガーナダル草か……」
薬は草を乾燥させ、荒い粉にしたもので、赤味のある黄色をしているうえに、独特な臭いがあり、すぐにガーナダル草を使ったものだということが分かった。
ザイバガイト王国ではガーナダル草も、ガーナダル草で作られたガーナ薬も、簡単に手に入れることはできない。
服用どころか所持すら禁止されている禁制品に指定されているからだ。
ガーナ薬は毒薬という訳ではない。簡単にいえば魔力を増強するための薬だ。
ガーナ薬と似たような薬効で、効き目は低いが、トレーニングや戦闘時に認められている薬もある。
ではなぜガーナ薬は禁止されているのか。
それは酷い副作用を起こすからだ。
ガーナ薬は持っている魔力を増強する代わりに、身体は元より心までもが酷い副作用に襲われる。
最悪命を落とすこともあるのだ。
「こんな薬をどこから手に入れたのか……」
貴族の子ども達は15歳でザイバガイト学園に入学しなければならないという暗黙の了解がある。
それがプレッシャーとなり、こんな薬に頼ってしまったのだろうか。
ロイトの魔力量は中の上。真面目に試験を受ければ合格することが出来ただろうに。
「ロイトの現在の状態はどうなっている?」
「それが……。どれ程の量の薬を飲んだのかは分かりませんが、大量に飲んだのは間違いないようです。薬を飲んだと思われる時から錯乱して魔法を放ち続け、意識を失って倒れました。キャパオーバーの状態なのに魔法を使い続け、魔力枯渇を起こしたのでしょう。すぐに救護室に運ばれ校医の診察を受けましたが、意識を失ったままで、いつ意識が戻るか分からない状態です」
「そうか」
このまま意識が一生戻らないかもしれない。
自らが招いたこととはいえ、余りにも残酷な結果になってしまった。
薬を飲んだ動機や薬の入手経路も分からずじまいになってしまうだろう。
「……しかし、いくらガーナ薬を飲んだとしても、一人の魔法で結界が壊れるだろうか」
アールは腑に落ちない。
ガーナ薬は持っている魔力を二倍や三倍にすることができる。だがそれだけだ。中の上だったロイトの魔力が三倍になったとしても、強固な結界が壊れるとは思えない。
「アール教頭!」
今度は結界を調べていた監督官が報告へとやって来た。
「壊された結界なのですが、結界自体に問題がありました」
「どういうことだ?」
「結界に何者かが細工をしていました」
「なんだと!?」
「結界を張るための魔石にヒビが入っていましたが、ヒビの入り方が不自然でした。故意に入れられたもののようです」
AブロックとCブロックの境に張られていた結界は、天井と床に魔法陣が描かれ、魔石がセットされていた。
その1つが人為的に壊されていたのだという。
「壊されたのは何時のことだ」
「結界は定期的に点検しており、壊れる2時間ほど前に異常はありませんでした」
試験には様々な事柄に細心の注意が払われている。
結界もその一つで、監督官や係員達は結界が安全に保たれているか常時確認をしていた。
「犯人は判明したのか?」
「いいえ、足取りすら分かっておりません。Aブロックは多くの者達がおりましたが、皆は試験に集中しており、結界に注意を払っている者はおらず、目撃情報はありませんでした」
結界が壊れてから、それほどの時間は経ってはいない。
目撃情報が無いとはいえ、Aブロックにいた者全員から聞き取り出来たわけではないだろう。
詳しく調べるのはこれからだ。
「魔石のヒビの程度は? それが原因で結界は壊れたのか?」
「いいえ、ヒビの状態を直接見ましたが、微妙なものでした。何かの衝撃がなければ壊れることはなく、次の点検で発見されて交換されれば、何の問題もなかったはずでした」
「何かの衝撃……」
結界が壊れたのは偶然というべきなのだろうか。
何かのきっかけがなければ壊れなかった結界。
わざわざ薬を飲んでまで魔力を暴走させた生徒。
二つの事件が合わさったからこそ結界は壊れた。
余りにもタイミングが合っている。
ロイトの騒ぎに乗じて魔石にヒビを入れたのか。
それとも魔石の準備ができたからロイトは薬を飲んだのか。
二つの事件が繋がっているのかは分からない。だが、こんな偶然があるだろうか。
しかし結界を壊して何になる? 目的が分からない。
AブロックとCブロックは結界により遮断されてはいたが、別の場所からいつでも行き来はできていた。通行止めになっていたわけではない。
壊れた結界の欠片は、粉々になりCブロックへと飛んで行った。まるで鋭利な刃物が降り注いだ状態だっただろう。
まさかCブロックの誰かを狙ったのか?
アールは頭を振る。そんなはずはない。
欠片は鋭利だが、魔力を持つ者にとっては、そこまで危険なものではない。結界のレベルが低ければ、第一次試験の時のように、気づかない場合さえある。
だが逆に、その場に魔力を持たない者がいれば、最悪命を落としていたかもしれなかった。
今回壊された結界は強固なものだったので、魔力持ちにも危険な物ではあったが、第一次、第二次と試験を合格してきた受験生なら魔力はあるはずだ。
何人かが怪我をしたが、重傷者はいなかったと報告が来ている。
報告では、壊れた結界に一番近くにいた女子の受験生は、全身に欠片を浴びたと思われたが、幸運にもかすり傷一つ負うことはなかったそうだ。
きっと強い魔力を持っていたのだろう。
ロイトの意識が戻ることは望めないのなら、動機が分からないままだ。
二つの事件が関係しているのかを知るために、魔石にヒビを入れた犯人を探し出すしかない。
目的は何なのか。その他にも解明しなければならないことは多い。
アールは、大切な入試試験の最中に起こされた事件を、必ず解決してみせると決心したのだった。




