32 入学試験・三次試験当日
ティナとスーは妖精の里に一晩泊めてもらうと、次の日の早朝、試験会場側の入り口へと戻ることにした。
もうそのまま学園に行けばいいじゃないかとスーは思ったし、長老や戻って来た族長も、身振り手振りで勧めたが、持っている木札を返さなければいけないからと、ティナは一旦戻ることにしたのだった。
「お世話になりました」
ティナは見送りに出てきた妖精達へと頭を下げる。
本当に妖精達は良くしてくれた。
沢山の果物でお腹は一杯だったし、近くに綺麗な泉があると案内してくれた。水浴びをすることができたのだ。
村を出てからはお風呂に入ることはできず、身体を拭いたり、盥に汲んだ水で髪を洗ったりするのがせいぜいだった。
泉の水は少し冷たかったが、ティナは大喜びした。
寝床も皆が藁を沢山運んでくれたからフカフカだった。ぐっすりと眠ることができた。
「また遊びに来てねー。待ってるよー」
「デブスライムもだよ。約束だよ」
「ティナとデブスライムは、ここに住めばいいのに」
(俺はデブじゃねーって何度言えば分かるんだ。お前ら脳みそ無いんじゃねーか)
妖精達が口々に別れを惜しんでくれる。
「ティナさん、スライム殿、我らを救ってくださって、ありがとうございました。またいらして下さい」
族長が頭を下げる。
ティナには族長の言葉は分からないが、皆が別れを惜しんでくれているのは伝わった。
ティナが学園に無事就職できれば、妖精達とは、また会うことができる。そうなれればいいなとティナは思いながら妖精達に背を向けた。
スーはというと、ティナにまとわりつく妖精達と離れることができるからなのか上機嫌だ。さっさ行こうと言わんばかりに、ティナの隣で跳ねている。
「族長っ、長老っ、お、俺っ!」
今までどこにいたのか、いきなりちょうちょがティナの横顔へとぶつかる勢いで飛んできた。
びっくりしたティナが思わず立ち止まる。
(あー嫌な予感がする。まあ一応聞いてやるよ、どうしたんだちょうちょ)
スーが渋い顔をしながらちょうちょを仰ぎ見る。
心の奥底が繋がっている? らしいからなのか、ちょうちょの考えは、分かりたくもないのだが何となく分かってしまう。
「俺、ティナ達に付いて行く!」
ちょうちょは力を込めて、一気に宣言した。
(だよねー。そんな気がしてた)
スーはウンザリとしながら跳ねるのを止めた。
「何を言っている。この集落から出て行くということか?」
「付いて行ってどうする?」
族長は驚いているが、長老は分かっていたかのようにため息を吐いている。
「俺、考えたんだ。このままじゃ駄目だって!」
「何が駄目なんだ? 集落どころか森からも出て行くつもりなのか? 危険すぎる。ティナさんは我らのことを救ってくれたが、他の人族は妖精のことは利用できる道具としか思っていない。捕らえようと虎視眈々と狙っているのだぞ」
「そんなこと分かってるよ。でも俺は行く。行かなきゃならないんだ」
「止めておけ」
「嫌だ!」
(おーい、もう行ってもいいか?)
族長とちょうちょの言い争いが始まってしまった。とは言っても、ティナには言葉が通じていないため、可愛い妖精達が目の前で何か話し合っているとしか思っていない。
スーに至っては、ペット枠ライバルのちょうちょを見捨てて、さっさと行きたいと思っている。
「俺は妖精喰いが出た時、何もできなかった。目の前で仲間が食われたのに、喰われたことにすら気づかなかったんだ」
「妖精喰いは能力持ちだ、それは仕方がないことだ」
「違う。族長と長老には見えるじゃないか。俺が見えなかったのはレベルが足りてないからだ。それに妖精喰いが見えたとしても、小さな俺じゃあ何もできない。目の前で仲間が食われても、逃げることしかできないんだ」
ちょうちょは悔しそうに握りこぶしに力を入れる。
妖精は生まれてくること自体が稀だが、その分寿命が驚くほど長い。仲間とは長く共にいることになり絆も深い。
そんな仲間が食われたというのに、ちょうちょは気づけなかった。仲間の死を悼むことすらしなかったのだ。
「俺は嫌だ。仲間を守りたいんだ。妖精喰いだけじゃない、仲間を襲う全てのものから守りたいんだっ!」
ちょうちょは叫ぶ。
今から40年ほど前、まだちょうちょが子どもだった頃、人族が妖精を捕らえようと集落を襲ったことがあった。
冒険者崩れの者達だったが、一人強い魔力持ちがいたために何匹もの妖精が捕まった。
手で直接捕まえることができたし、逃げないように魔法を施した籠に入れることもできたから冒険者達は妖精が肉体を持っていないことに気づかなかった。
妖精は魔素の塊であり、他の生き物のように物を食べて生きているわけではない。魔素を吸収し生きているのだ。魔素が溢れる場所にいなければ餓死してしまう。
レベルの高いテイマーにテイムさせればいいと思っていた冒険者達の目の前で、捕らえられた妖精達は、あっという間に衰弱して死んでいってしまった。
幼かったちょうちょは勿論だが、他の妖精達も仲間を助けたくても助けに行くことはできなかった。ただ逃げて隠れて震えていただけだった。
妖精は、それほど非力で攻撃力など皆無な種族なのだ。
「俺は仲間を守る力が欲しい。そのためにはレベルを上げる。レベルを上げて力を手に入れる」
「そんな簡単なものじゃない。分かっているのか、この森から出れば、他の魔素がある場所に行きつく前に死んでしまうぞ」
「それは大丈夫なんだ。俺はいつの間にかティナのペットになっていた。そのせいなのか魔素を取り入れなくても、やっていけるんだ」
「まさか……」
ティナと繋がってはいないと感じているちょうちょだったが、なぜか魔素を取り込まなくても動ける。空腹感も無い。
ティナが果物を食べて、お腹が一杯だと言っていると、自分も力がみなぎる。
これがペットになったということなのか。
(そーいやぁ、そうか)
ちょうちょの話を聞いて、スーも納得する。
スーは食べるためだけの存在といわれるスライムだが、あまり食べない。もちろん食べはするのだが他のスライムに比べれば小食といえる。空腹感があまりないのだ。
もしかしてご主人様からエネルギーでも貰っているのか……。
いや、ちょっと待て。それってばご主人様的にはヤバいことじゃないのか? ご主人様の負担になっていないのか? ご主人様が餓死してしまったらどうしよう!
焦ってしまったが、考えてみればスーがご主人様のペットになって、すでに12年が経つ。ティナは元気だ。
「俺はティナに付いて行く。妖精でも強い力を身に付けることができるかもしれない」
「しかし……」
妖精はわざわざレベル上げをしようとはしない。ただ長い年月により積み重なった経験値でいつの間にかレベルが上がっているだけだ。
レベルが上がれば族長や長老のように能力を得ることができる者もいるが、能力を得ることが出来ない者の方が多い。
元々の特性がある分、能力を得にくくなっているようなのだ。
「族長、行かせてやりましょう」
「長老……」
ちょうちょの決意に、それでも族長は反対しようとした。
ちょうちょはまだ若い。そんな死に急ぐようなことをしてほしくはないのだ。それなのに長老はちょうちょを行かせてやれと言う。
「ちょうちょと名前が付けられジョブが変わったのは、仲間を守りたいという思いがあってのことだろう。遅かれ早かれ集落から出て行くことになっただろうから、ティナさん達に付いて行く方が、まだ安全だということだ」
「そうでしょうか……」
「ちょうちょよ、妖精にとってレベル上げは、何かと苦しいことだと思うが、何かあればいつでも帰って来るがいい。それにお前が自分の能力に納得できた時にはジョブも変わっているだろう」
「はい、ありがとうございます」
まだ族長は承諾しかねている様子だったが、長老はちょうちょを送り出す。
ちょうちょも嬉しそうに頭を下げた。
「えー、行っちゃうのぉ」
「寂しくなるよぉ」
「早く帰って来てね」
他の妖精達もちょうちょを見送る。
「分かった。すぐに強くなって帰って来るからな、待っててくれよ」
仲間に手を振ると、ちょうちょはティナの少し前方を飛ぶ。まるで先導するように。
「あら、ちょうちょさんも付いて来るの?」
昨日もちょうちょは学園まで付いて来ていたから、別に不思議にも思わない。そのまま歩き出す。
「そう、ジョブは変わることがあるし、努力すれば変えることができる……」
「どうされたのですか長老」
「いや、何でもない」
長老の呟きが族長に聞こえたが、内容までは聞こえなかったようだ。
スーとちょうちょのジョブは “ティナのペット” だった。
ジョブはその時の職業や状態を表すから変わることがある。本人の努力で変えることができるのだ。
自分のジョブに納得できたら、ちょうちょは集落に帰ってくるだろう。
長老はティナのステータスも見ていた。
ティナに表示されていたのは “ペットの飼い主”。
それは予想していたことだった。もしかして一種の魅了のようなものかもしれないと思った。魔獣や妖精を手懐けるものなのかもと。
だが違った。
それはジョブではなかったのだ。
天恵。
ギフトは神が与えた祝福だ。
持つ者は非常に稀で、長く生きる長老ですら、今までに、たった一人しか見たことはなかった。
妖精の集落が人族に襲われた後、もう二度と襲われないようにと、人族の王族から保護の申し出があった。
魔石を使い、森全体に目くらましの魔法をかけ、妖精の集落に人族が近寄れないようにするというものだ。
目くらましの魔法自体は、それほど強いものではないが、魔法が破られると、それが警報になり、何者かが侵入したことを知ることが出来る。
ただ、広範囲の常時発動魔法になるために魔力の消費が大きく、魔石を使うとはいえ発動し続けることは難しい。
そのために妖精にも力を貸してほしいと、その当時学園に在籍していた王子が王家を代表して族長の元へとやって来たのだ。
その時の王子、今では国王となっているシルベスト=ザイバガイトのステータスを長老は見て知った。
シルベストのステータスに表示されていたのは、天恵 “国を統べる者”。
長老は初めてギフトを持つ者を見た。ギフトというものがあることを知ったのだった。
「ジョブは変えることができる。だがギフトは……」
ギフトの持つ力も意味も、長老は知らない。知りようがないのだった。




