プロローグ②
(な、なんだ、どうしたんだっ?)
スーは自分の身に起こっている衝撃に耐えきれないでいた。
身体の奥が熱い。熱が身体を突き破りそうだ。
スライムは声を発することができないのだが大声で叫びたい。
どうすることも出来ずに、ただただのたうち回ることしかできない。
スーの身に起こっていることはレベルアップに伴う成長痛だ。
スライム種はレベル1からレベル2へとレベルアップする時、本人すら気づかないうちにレベルアップをしている。成長痛なんてものは存在しない。それどころかレベルアップに伴う身体の大きさやステータスに変化はない。
レベルアップの成長痛を、スライム種のスーが体験することは本来ならば無いはずなのだ。
スーは変化していった。
体力も防御力も攻撃力も全てのステータスが爆上がりしていく。
知能も上昇し、スーはおバカを脱却し、賢くなっていった。
今まで本能のままに生きていたスーは “考える” ことが出来るようになっていったのだ。
しかし、中心にかけて濃くなっていく水色のプルプルした身体の外見は、まったく変わらなかった。
ただ、今まで小玉スイカぐらいの大きさだったのが、普通のスイカぐらいまでに大きくはなっていた。
……、……、……。
どれくらいの時間が経ったのか、衝撃が治まっていくと、今までの自分とは違っていることを感じた。
身体の奥底に力の塊がある。何でも出来る、そう思えるほどのエネルギーを持った塊だ。
そして物事を考えている自分に気づき驚愕する。感情の他に思考することができている。
(俺は、このトカゲモドキ……。もしかしたらドラゴン種かもしれないな。こいつを倒したことになって経験値を得たのか? それでレベルアップしたんだな)
スーは魔獣の本能なのか、己がレベルアップしたのだと理解した。
目の前に横たわる死骸をワイバーンだと認識してはいないが納得した。
スーは身体をプルプルと震わせると意識を集中する。
水を1滴たらした雫のような身体つきをしているスーは、その一番太い胴回りの側部から1本の触手を出す。
ニュルリと出てきた触手は、スーの思い通りに動く。まるで人族の腕のように。
(こんなこともできるようになったんだな)
レベルが上がったことにより、自分に何ができるようになったのか本能で分かる。
一通り触手を動かし、問題なく動かせることを確認すると、反対側の胴体からも2本目の触手を出す。
そして両方の触手を使い、目の前に横たわるワイバーンの死骸を自分の中へと取り込みだす。
スイカの大きさしかないスーが、巨大なワイバーンを持ち上げることができることがそもそも驚きなのだが、身体を広げ死骸を難なく飲み込んでいく。
自分の数十倍。いや数百倍の大きさのワイバーンを徐々に飲み込んでしまったが、スーの身体の大きさや形は元のスイカの大きさに戻ってしまった。
今までのスーなら出来なかったし、やろうとも思わなかった。
食べ残しがあっても、お腹一杯になってしまえば興味は無くなる。それがスライムという種だ。
だが今のスーは違う “欲” がある。
ワイバーンを食べるためではなく “収納” するために取り込んだのだ。
スーは思ったのだ。
目の前のトカゲモドキはドラゴン種だろう。
ドラゴン種は貴重で、鱗や血液はもちろん爪の先まで価値がある。
このまま森の中に放置しておけば、人族が見つけて持ち帰るだろう。人族に発見されなくても、獣の餌になってしまう。
お金の種類や使い方は、まだ分かってはいないが、このドラゴン種は売れる。それも高く。
ご主人様のためになるだろう。
そう、ご主人様のために。
ご主人様のことを思うと、身体の奥底にある、溢れるようなエネルギーの塊とは別に、温かい思いが身体を満たしてくる。
ご主人様のことが好きだという心だ。
プルプルの身体を捩りたくなるほどに、ご主人様が好きだ。
いくらレベルがアップし身体能力が爆上がりしようとも、この想いは一切変わることはない。
生まれたばかりのベビースライムの時にご主人様に拾われ、それからスーさんという名前を付けて貰った。
今のスーなら、スーという名前に敬称が付いたものだと分かる。だが、おバカ時代のスーは、自分の名前を “スーさん” だと思い込んでいた。
今更変えることなんてできないから、自分は “スーさん” のままだ。
ご主人様は何時も優しい。
おバカなスーは、何度かご主人様を食べようとしたことがあったが、その度に笑いながら引き剥がしてくれた。
そして優しく身体を撫でてくれる。
早くご主人様の元に帰ろう。
自分のレベルが上がったことを喜んでくれるだろうか? いつものように撫でてくれるだろうか?
逸る心のままにスーは飛び跳ねる。ちょっと気が急いて、力が入りすぎた。
ビヨヨヨ~ッ!!
近くに生えていた木の天辺近くまで飛び上がってしまった。
いくら背の低い木だったとはいえ、ゆうに2メートルは超えている。
(なっ、なんだっ! ちょっと力を入れただけなのに)
そのまま落下する。
ポヨンポヨン、ポテン。
地面で2度バウンドしたが、それだけだった。
これ程高い所から無防備に落ちたというのに、怪我どころか痛みも無い。
(もしかして……)
スーは木に向かって体当たりをする。
さっき跳ねた時ぐらいの力だ。
ベキィッ。
木の体当たりした所に、折れはしなかったが大きなヒビが入った。
(凄いな……。これがレベルアップしたってことか)
実感すると、じわじわと喜びが湧いてくる。
調子に乗って、高く跳ねあがってみたり、近くに生えている木に何度もぶつかって倒してみる。
(ちょっと待て!)
大事なことに気づき青い身体がもっと青くなる。
(よ、よかったぁ。気づいて良かった。いつもの調子でご主人様に抱っこを強請って飛びついていたら、ご主人様が吹っ飛んでしまうところだった。怪我をさせるどころか、もしかしたら死んで……)
スーは恐ろしい考えにプルプルと身体を震わせる。
気づくことが出来て良かった。大惨事になる前に分かって良かった。
安堵の息を漏らす。
そしてまたも気づく。レベルアップしたことで身体が大きくなっている!
大きくなった自分を、ご主人様はいつものように抱っこしてくれるだろうか?
確実に重くなっているだろう。もし抱っこどころか嫌われてしまったらどうしよう……。
死ぬほど辛い。
青くなっていた身体を更に真っ青にしてしまうスーなのだった。