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12 銀貨1枚



次の日、王都が見えてきた。

王都は見渡す限りの高い塀に囲まれており、余りの壮観(そうかん)さにティナは、ただただ驚いて言葉が出なかった。

キャラバン隊と一緒に、何カ所か町や村に立ち寄ったが比べ物にならない。


馬車の進む先には大きな(関所)があり、そこが王都への入り口のようで、多くの馬車や人でごった返していた。

そのまま進んで行くのかと思ったが、あと百メートルほどで門という所で、馬車は道から少し外れ、停車してしまった。


「ねえティナ、聞きたいのだけど、あなた身分証は持っているの?」

「身分証?」

なぜ馬車が止まってしまったのかと不思議がっているティナに、老婦人が問いかけてきた。

ティナは頭を捻る。田舎の村で生まれ育ったティナには聞き覚えの無い単語だった。


「王都に入るためには身分証が必要なのよ。私達は王都に住んでいるから、もちろん持っているわ」

老婦人は手元の巾着袋から掌よりも、やや小さい木片を取り出す。

木片には何かが書かれているが、字の読めないティナには何が書かれているかは分からない。


「無いです。あの……、身分証が無いと、王都に入れないのですか?」

ティナは身分証なんて持っていない。嫌な予感がする。


せっかくここまで来たのに、王都に入れなかったらどうしよう。

村長が紹介状を持たせてくれたのに、就職先に行けないじゃないか。働けないなら生活できない。住み込みの予定だったから、住む場所が無くなってしまう。


ソノイ村に帰るべき?

でも村長からは、成人するまで村には絶対に帰ってくるなと念を押されている。それに村に帰るにしても、どうやって帰ればいいのか分からない。歩いて帰るにはソノイ村は遠すぎる。


「そう、無いの……。それじゃあ銀貨1枚持っているかしら?」

「え、銀貨ですか。いえ、お金は持っていません」

いきなりお金のことを聞かれて困惑する。

荷物をキャラバン隊に置いて来てしまい、何一つ持ってはいないが、元からお金なんて持っていなかった。


「そうよねぇ、どうしましょう。王都に入るのに、身分証が無い人は、保証金として銀貨1枚を払わなければいけないのよ。王都の中に入ってギルドで登録をするとか、勤めに出たりすれば身分証を発行して貰えるから、それから関所で申請すれば銀貨は戻って来るのだけど……。入るためには、まず先に銀貨1枚が必要なのよ」

老婦人が困ったわねと頬に手を当てる。


ティナには銀貨1枚の価値が分からない。

もちろんお金を見たことはあるが、村で見るお金は、せいぜい板銅貨や豆銅貨で、銀貨どころか銅貨すら見たことはなかった。


お金が無いからここで働こうか? ティナは辺りを見渡して思う。

門で検査をしているのか、入るのに時間がかかっているようで、門の周りは大勢の人や馬車でごった返している。

検査待ちの人達相手に出店があるし、物売りも声を上げながら練り歩いている。ティナにもできる仕事があるかもしれない。

どれくらい働けば銀貨1枚稼げるのか見当も付かないが、他に方法も思いつかない。


「私達が銀貨を出してあげられればいいのだけど、持ち合わせが無くて、ごめんなさいね」

「そんなっ、謝らないでください。ここまで連れて来てもらえただけで本当に感謝しているんです」

謝る老婦人にティナは両掌をブンブンと振る。

本当に老夫婦には感謝しかない。こんな見ず知らずの子どもの世話をしてくれたのだから。


「ティナを孫娘にすればいいだろう」

「え!?」

「あなた、何をいっているの?」

今まで黙っていた老人がいきなり会話に入って来た。言葉の意味が分からず、老婦人とティナは困惑する。


「俺達の身分証があるじゃないか」

「そりゃあ私達には身分証はありますけど、ティナの分は持っていないわ」

「だから俺達の孫娘にすれば身分証を使える」

「え、私達の? どうやって……。あらあら、そうね、そうだわね」

老婦人は老人の言っている意味が分かったのか、嬉しそうにパチンと手を叩く。


「よかったわ。私達の身分証が使えるわよ。これで王都に入れるわ」

「え、あの、どうしてですか」

ティナには老夫婦の言っていることが理解できない。


「ティナが私達の孫娘になればいいのよ。そうすれば身分証が使えるわ。ほら見て、表には世帯主である夫の名前が書いてあるでしょう。そして裏、こっちには家族の名前が書いてあるの」

老婦人は身分証を裏返して見せてくれるが、ティナには読めない。


「身分証は数年ごとに更新しなければならないのだけど、更新するためには手数料がかかるの。それがちょっと高くて更新できていなかったの。でも、それが幸いしたわ。裏面の家族欄には嫁に行った孫娘が記載されたままになっているのよ」

ね、分かったでしょう。と、老婦人はティナを見るが、ティナには理解できていなかった。


「だから、身分証に記載されている私達の孫娘にティナがなればいいのよ。そうすれば王都に入ることができるわ」

ティナの手を取って、老婦人が教えてくれる。


「もちろん王都の中に入れば、ティナ自身の身分証を作ることができるわ。私達のことは気にしなくてもいいのよ」

「私を孫娘と言っても、迷惑をかけませんか? 大丈夫ですか? 本当に王都に入れるんですか?」

「まあまあ、泣くことなんかないわ。心配しないで。身分証が使えるって気が付いて良かったわ」

老夫婦の申し出に、ティナは王都に入れるという安堵感と老夫婦への感謝で胸が一杯になって涙が溢れてしまった。

老婦人が優しくティナの背中を撫でてくれる。


「ただ、孫娘は19歳だ……。頑張れよ」

「……はい」

身分証には生年月日も記載されているらしい。

老人の言いたいことが分かった。

14歳のティナは頷くしかないのだった。



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